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学園草創期編

学園草創期編

学園草創期編では、各大学の草創期に想いを馳せてみましょう。創立者の偉大な意志、建学の精神に至るまでの想いのほかに、知る機会の少ないエピソードを募りました。創立者の横顔から、今ある大学の横顔を連ねてみると、これまで知らなかった学び舎の奥深さが見えてくるかもしれません。

京都ノートルダム女子大学

シスター・ユージニアと日本での教育

シスター・メリー・ユージニア・レイカーが京都に是非カトリック校を設立してほしいという日本からの熱望に応えて、当時のアメリカ・セントルイス管区の管区長マザー・エヴァンジェラおよび3名の同僚のシスター達と日本に到着したのは昭和23年11月28日であった。今日と異なり、アメリカから日本への空の旅もそのころはプロペラの飛行機で、ウエーキ島などで給油しながら30時間ほどかかった。
 写真は、初代理事長、初代小学校校長、初代中・高校長、そして初代大学学長を務めたシスター・ユージニアが、日本へ赴いた時に使用した「トランク」である。
 【整理箱】
 第一陣の荷物箱として運ばれた約70個あまりの木箱の板を利用して、押し入れ用の整理箱や戸棚に加工して使用した。第一陣のシスターが来日時、日本は極度の貧困と荒廃の中から立ち上がろうとしていた時期で、食料品、物資は入手することが難しかった。木箱は、日本人に迷惑をかけないようにと約2年間分の食料その他の生活物資を、厚さ2センチの頑丈な木箱約70個に詰めてアメリカから船便で送られてきたものだった。
 食糧にはドライエッグなどの乾燥食品や小麦粉などがあり、皿やスプーンから簡易浴槽まで予想されるすべての生活用品が送られていた。すべての箱には「SSND」の刻印と手書きの整理番号が書かれている。
 【チョーク】
 教育活動に必要であろうと、アメリカより持参したものの一つがチョークだった。近所の方々を集めた英語のレッスンや日曜学校でも使用された。当時、カラーチョークは貴重品の一つだった。