アルカディア学報
「学長はどのように育つのか」に込めた思い
2019年に『学長リーダーシップの条件』を刊行したとき、私が知りたかったことは、「優れた学長とはどのような人たちなのか、どのような条件のもとで学長リーダーシップは成立しうるのか」という問いであった。当時、学長のリーダーシップを発揮させるために、学長の権限を強化するガバナンス改革が進められていたが、それが必ずしもよい手段だとは思えなかったためである。
全国の学長調査やインタビューを通じて見えてきたのは、優れた学長には共通するリーダーシップの特徴がある一方で、「権限を強めれば大学改革が進む」という単純な話ではないということであった。リーダーシップは大学の置かれた状況や改革課題に応じて使い分けられるべきものであり、学長個人の能力だけで説明できるものではなかった。
しかし、その研究を終えてから、新たな疑問が残った。では、そのようなリーダーシップは、どのように身についていくのだろうか。就任した時点で、学長はすでに完成されたリーダーなのだろうか。それとも、学長になってから経験を積み、試行錯誤を重ねながら成長していくのだろうか。この問いに答えたいと思い、本書『学長はどのように育つのか』を書いた。
この本を書くきっかけになったもう一つの経験が、2018年から続けてきた学長セミナーである。私はこれまで8年余りにわたり、少人数の学長が率直に語り合える場を継続してきた。大学改革や教学改革、学生募集、理事会との関係、教職員とのコミュニケーションなど、毎回さまざまなテーマが議論される。
そのなかで印象的だったのは、継続して参加する学長たちが、会うたびに次なる課題や悩みを抱えながらも、学長就任後も成長し続けている姿である。悩みを語り合い、「明日からまた頑張ろう」と互いに元気をもらって帰っていく。また、議論のなかで、経験豊かなアドバイザー学長や他の参加学長から発せられる問いかけや示唆のすばらしさにも、何度も気づかされた。学長という立場は、大学のなかで最も孤独な仕事の一つと言われる。最終的な意思決定を担う一方で、本音を安心して話せる相手は決して多くない。他大学の学長と率直に語り合い、「自分だけが悩んでいるわけではない」と感じられること自体が、大きな支えになっているという声を数多く聞いてきた。
こうした経験を重ねるうちに、学長は「選ばれる」だけではなく、「学長をしながら育っていく存在なのではないか」という考えを強く持つようになった。本書は、その仮説をさまざまな角度から検討したものである。
第1部では、経歴の異なる4名の私立大学学長を、学長就任直後から約4年間にわたり継続的にインタビューし、就任後の歩みを追跡した。管理職経験を積んで学長になった人、行政や他大学での経験から学長になった人、管理職経験が乏しいなかで選挙により学長になった人、他大学から移ってきた人など、背景は大きく異なる。それぞれがどのような課題に直面し、何を考え、どのように判断や行動を変えていったのかを、一人ひとりの物語として描いている。
今回は、学術的な分析だけでなく、時間の流れに沿った「ストーリー」を大切にした。私たち自身、半年に一度話を聞くなかで、大学を取り巻く環境の変化や、学長たちの行動力に驚かされた場面も少なくなく、調査はとても楽しい時間であった。そのため、研究書でありながら、一人ひとりの学長が何に悩み、何を学び、どのように変化していったのかを、読み物としても楽しんでいただける構成を意識した。
第2部では、学長セミナーそのものを振り返った。なぜ少人数なのか。なぜ講義中心ではなく対話を重視したのか。企画者として8年余り試行錯誤してきた設計思想や、実際にどのような学長が参加したのかをまとめるとともに、アドバイザー学長や参加学長による座談会を収録した。また、アメリカの大学における学長育成の仕組みも紹介している。
日本では「学長研修」というと、何を教えるかに関心が向きがちである。しかし、本書を執筆するなかで私自身がたどり着いた結論は、少し異なっていた。重要なのは知識を教えることだけではなく、安心して経験を語り合い、互いに学び合える環境をつくることである。学長セミナーは、学長を教育する場というよりも、学長を支える環境の一つとして考えるべきではないかと思うようになった。
第3部では、独自に実施した全国規模の学長調査、私立大学理事長調査、教員調査などの実証データを用いて、学長リーダーシップを分析した。そこから見えてきたのは、大学改革に万能なリーダーシップは存在しないということである。財務改革、教育改革、研究改革では求められる行動は異なり、大学の規模や歴史、理事長との関係、組織文化などによっても、有効なリーダーシップは変わる。また、理事長や教職員との信頼関係が、学長のリーダーシップを大きく左右していることも明らかになった。つまり、学長リーダーシップは個人の能力だけで語れるものではなく、大学という組織や人間関係のなかで形づくられるものである。
本書を通して私が最も伝えたかったことは、「学長を育てる」ということは、個人だけの問題ではないという点である。学長は経験を通じて育つ。しかし、経験を積めば自然に成長するわけではない。経験をどう意味づけるか、誰と対話するか、どのような環境で振り返るかによって、その後の成長は大きく変わる。経験、省察、そして人との関係性が重なり合うことで、学長のリーダーシップは少しずつ形成されていく。学生が大学で成長するように、教職員も成長する。そして学長もまた、成長していく存在である。そのように考えると、「学長を育てる」ということは、「学長が育ちうる大学をどうつくるか」という組織の課題でもある。
少子化、大学改革、国際競争、財政制約など、日本の大学を取り巻く環境はますます厳しくなっている。そのような時代だからこそ、「どのような学長を選ぶか」だけではなく、「学長が育ち続けられる大学とはどのような組織なのか」を考えることが、これまで以上に重要になっているのではないだろうか。本書が、その議論のきっかけとなれば、著者としてこれほど嬉しいことはない。
