アルカディア学報
学問中心地の現在
エポニミー型とWUR型の比較 ―下―
これに対して、後者は大学をトータルに把握する視点を強調して指標達成水準に照準する計測方法を重視するから、各種指標の計測結果を表す個人名発表は皆無である。だがその種の条件が作用するとはいえ、個人の研究生産性や学問生産性の多寡が、大学や国家のランキングを左右する重要な基礎条件になりかねない。
次の「世界の大学別ノーベル賞受賞者数ランキング」のごとく世界型の上位に名を連ねる大学は、概してノーベル賞受賞数や受賞者スカウト数の傾向が多いのはその証左である。「ハーヴァード(121)、ケンブリッジ(104)、シカゴ(98)、コロンビア(87)、UCバークレー(83)、MIT(77)、スタンフォード(54)、プリンストン(53)、カルテック(52)、オックスフォード(50)」。この世界トップ・テンは米英のみに偏し、THEWURのほぼトップ・テンに偏している(Frishberg,2026)。このことは、研究生産性が学問中心地の基底に憚りなく現存している証拠である。
第三は、経済大国と経済小国。エポニミーとWURの大きな相違は、地域型(アジア)から世界型(米欧)への上昇移動傾向が窺える事実である。上記のごとく西洋諸国は中世大学時代から今日までのCOLを独占して久しい。その理由は中世大学を欠くアジア諸国などは出遅れた末に、世界型に匹敵する経済力を欠如したからである。成功した中国は「地域型」から「世界型」への脱出を始めた。
第四に、世界型と日本型。経済大国日本はアジアを牽引中だったが「失われた経済」の30年間に中国に抜かれ世界型への接近にも見事に挫折した。GDP世界2位から5位まで転落した現在は危機脱出の糸口すら見出しかねている。
だが概して欧米の国々が世界型の上位層を占めているのに、上昇移動に失敗中の国々は日本を含めて、冒頭で言及した地球存亡の危機に対する発言の機会が訪れそうにない。今後シンガポール、香港、韓国など躍進中のアジア勢に加え、インドやインドネシアなど人口大国などが経済力向上の追い風を受けて躍進に転じると、劣勢を余儀なくされる日本の上昇移動が懸案となるに違いない。
第五に、競争移動と庇護移動。競争移動社会の典型である世界型は、市場原理の渦巻く大学市場において容赦なく上下移動に拍車をかけている最中である。タテマエ的には同様の市場原理を標榜しつつ上昇移動を志向中であるかの様相を呈しながらも、日本型は明治時代以来推進した「庇護移動」特有の逆機能によって辛酸を舐めているのではなかろうか。
その点、COLの計測方法が、エポニミーからWURへと変遷を遂げたのに伴い、「地域型」(アジア型、日本型など)から「世界型」(西洋中心)へ向かう上昇移動が惹起される段階に入り、最近ではアジアがその旗手となった印象は否めず歴史的に画期的である。
この点に鑑みれば、日本が地域型から世界型への進出に立ち遅れた背景には、ターナーの提唱した「庇護移動」から「競争移動」への転換の未達成状態が存在するのである(Turner,1960)。換言すれば「普遍主義」志向の世界型の対極に位置する「特殊主義」志向の日本型を温存してきたことが時代錯誤を来しているのである。
西洋列強の植民地化の危機に直面して、「富国強兵」「殖産興業」を標榜し強国を構築するためには、重点化、独占化、寡占化、固定化を伴って絶大なる特権と権威を擁する大学設置が急がれた。帝国大学中枢に法科大学(法学部)を据えて官僚養成の要衝を構築する必要があった(寺﨑、2007)。帝大もその後継の東京帝大も政府のお墨付きの下に庇護されて高級官吏登竜門と化したし、抜群の給料、権威、出世、偏差値などの特権が付与された(橘木、2009参照)。かくして日本一の地位を保証する「庇護移動」と相俟って「選択と集中政策」が戦前戦後に成功裏に国策的に履行された。それが「卓越研究大学」の選定政策にも通底していることは旧帝大と+アルファの特定大学選定の仕方に窺える。
だが世界型の市場原理が作動しておれば、戦前戦後の150年間を通じてトップの下降移動が皆無という奇妙奇天烈な事実は起こるはずがない。またトップ大学には「国立大学法人運営費交付金」の貸与額が国立大学法人(86校)の中で飛び抜けて巨額(10%前後)を交付されてきた経緯は、政府による手厚い庇護移動の典型例を示すのでその真逆の競争移動は起こりようがない。世界型に貫徹している市場原理の競争移動方式に敢然と対峙するこの種の日本式作戦は、蟷螂の斧の域を出ないのは自明である。
現状では世界型の頂上に聳えるオックスフォード大学を凌駕するほどの実力を涵養しておらず、その見込みすら乏しい。実際、世界型トップの実力は正真正銘の競争移動の所産なのであって、最近の10年間1位に在位中(2017~2026)の当該大学は、記録の残る6年間(2011~2016)を通じて2~6位に位置しており首位に固定化していた形跡は全然ない(THEWUR2026)。地域型の大学が世界型の大学と同じ土俵に上がって勝負する以上、それを見込んで平素から庇護移動ではなく競争移動を作動させるべきである。
おわりに
エポニミーとWURの異なる方法に依拠して、「世界型」と「地域型」を比較すると、両者の普遍主義志向と特殊主義志向の開閉度には乖離が窺われるし、その点で アジア諸国は西洋諸国の後塵を拝した。とりわけ日本は当初中国をリードしながら最近20年間では先を越された背景には同様の原因が横たわる。
特に市場原理を標榜して競争志向を追究している様相を皮相的には呈していながらも、それはタテマエ上機能していると見える疑似体制であって、現実には明治以来開始された庇護移動が成功裡に作動する中で、大学の固定的序列や権威は競争移動を伴う新陳代謝の招来を阻止する方向へ作動しているのである。
2003年以来開始された世界型は、基本的に市場原理と競争移動のシステムで動いているのは、その中枢に米国的原理が貫徹しているからである。つまり1920年以来世界大学ランキングの「米国版」を予行練習的に開始して豊富な訓練を積んだ筋金入りの米国大学が、上位を独占中なのである(有本、1981)。そこでは競争力に富む大学選出は専ら自由競争重視の方式を採用し、特定大学選出を想定した「選択と集中」方式を採用してはいない。
日本は採用して失敗した(豊田、2019)。上位校の伸び悩みと中堅以下校の壊滅をもたらした。日本型と世界型の仕様にはこの種の乖離がある限り、例えそれが日本型トップを選出しても世界型上位へのランクインを実現しそうにないと憂慮される。
上位進出には日本型から世界型への革新、庇護移動から競争移動への改革、市場原理の導入、等が欠かせず、旧来の特殊主義が色濃く刻印された「地域型」の特性を放棄して普遍主義が刻印された「世界型」の特性への政策的かつ戦略的同調を果たすほかあるまい。
(おわり)
参考文献
有本章(1981)『大学人の社会学』学文社。
有本章編(1994)『学問中心地の研究―世界と日本にみる学問的生産性とその条件』東信堂。
有本章(2022)
『学問生産性の本質―日米比較』東信堂、2022。
Ben David,J.(1977)Centers of Learning:Britain, France, Germany, United States. McGraw Hill.
Frishberg,A.(2026)「Universities with the Most Nobel Prizes」.
Raffner J. A.(ed.)(1977)Eponyms Dictionary Index, Gale Research Company.
Turner,R.H.(1960)"Sponsored and Contest Mobility and School System", American Sociological Review,25(9)855-67.
Shils,E.(1975).Center and periphery:Essays on macrosociology. University of Chicago Press. pp.3-16.
橘木俊詔(2009)『東京大学 エリート養成機関の盛衰』岩波書店。
THEWUR2026(2025)Times Higher Education World University Ranking.
豊田長康(2019)『科学立国の危機―失速する日本の研究力』東洋経済。
寺﨑昌男(2007)『東京大学の歴史』講談社学術文庫。
