アルカディア学報
学問中心地の現在
エポニミー型とWUR型の比較 ―上―
1.はじめに
21世紀の四半世紀を経過した現在、国内外には気候変動、AI制御不能、パンデミック、民主主義後退をはじめ、地球存亡とかかわる難問が山積している。知識社会の現在、各種難問解決を図るには「学問の府」たる大学への社会的期待がいやが上にも高まらざるを得ない。
国家主義や権威主義などハードパワーによるソフトパワー圧迫が強まる現今では、「学問中心地」からの発言力向上が期待される。その点、その中枢を長年独占してきた欧米大学のマンネリズムを是正するには、学問中心地の中枢に学問周辺地から輩出された大学数が、欧米大学数に比較して少な過ぎるのではないかとの疑問が生じても不思議ではあるまい。
かかる視座にアングルを据えると、学問中心地の欧米偏重、研究生産性と学問生産性、他地域(アジア)の台頭、日本停滞の理由、等々の詮索が必要であろう。
2.学問中心地とは何か―世界型と地域型の存在
COLの起原・特徴・限界
学問中心地はベン-デービッドが提唱したCOL(Center of Learning)に起原をもつ概念である(Ben-David, 1977)。日本語訳の「学問中心地」は「学問生産性」の集中する地理的・制度的中心地を意味する。例えば中世のパリ大学、オックスフォード大学、近代のドイツ大学、20~21世紀のアメリカ研究大学などの中心地制覇の偉業を遂げた諸大学は、仏・英・独・米の大国が輩出したのである。
ちなみに現在の100傑は、米(35%)、英(11%)、独(8%)、中(7%)、豪(6%)、蘭、香港(各5%)、仏、韓(各4%)、加、スウェーデン(各3%)、スイス、日(各2%)、シンガポール、ベルギー、デンマーク、オーストリア(各1%)と僅か17か国が輩出中(THEWUR2026)。上位5か国は67%(米35%、英11%、独8%、中7%、豪6%)と過半数を占めており、COL制覇国の米・英・独・仏(63%)も同じく過半数を占め、現覇者の米(35%)は寡占状態の猛威を奮っている(同上)。8年前(2018年)に2校で米英に続き3位を占めた日本は、現在も2校留まりのまま12位へ降下し低迷している(THEWUR2018)。
瞥見した通りCOLでのトップ制覇の大学や国家は、一箇所に固定せず変動するとともに専ら米欧に集中し、周辺地の他地域を完全に締め出した状態を呈しているのである。
世界型と地域型
学問中心地は基本的には世界に1箇所だけ存在し、唯一無二であるが、シルズはこれを学問中心地としその対極の学問周辺地(periphery)から区別した(Shils,1975)。だが周辺地であってもその地域や国には固有の学問中心地が存在することを勘案すると、分析的には一箇所とは限らず「世界学問中心地」と「地域学問中心地」(アジア学問中心地、日本学問中心地など)に区別できる。ここでは便宜的に前者を「世界型」、後者を「地域型」(アジア型や日本型)と呼称することにしたい。
世界型(COL)の発展は、中世から今日まで実に気の遠くなるほど長い年輪を重ねており、タイプ的には中世型、近世型、近代型、現代型を経由して現在は未来型へ向かう途中に位置する。中世の「教育中心」から近代の「研究中心」への移行過程において、中世大学で比重を占めた「教育生産性」のための計測方法は発達しなかったのに対して、17世紀科学革命以後に「宗教の肩の上に乗って」台頭した科学主義は、研究主義や研究生産性などの発展を導く導火線と化し「科学の科学」「研究の研究」を帰結し、ひいては研究に比重を置く「研究生産性」(research productivity)の発展を促した。
研究単位は個人の扱う「知識」であり、その発見、伝達、学修、応用などを対象とした研究、教育、学修、社会サービスなどは、分析的には研究生産性、教育生産性、学修生産性、社会サービス生産性などに区別できるし、包括的概念は「学問生産性」(academic productivity)である。
研究生産性の重視
ラフナーは、研究生産性を重視して最先端の発明発見者をエポニム(eponym)、発見物をエポニミー(eponymy)と「冠名」で呼称した(Raffner,1977)。その結果、エポニミーの生みの親のエポニム達はCOLの中枢を担う主役として有名を馳せたし、彼らを輩出した国々も威信を高めた。だがラフナーの限界は、「研究の研究」を対象にした計測方法開発に成功した反面、次段階の「学問の研究」を対象にした計測方法開発に成功したのではないことに見出される。
その点、筆者が学問を対象に文字通り『学問中心地の研究』を上梓した20年後の時点でも大同小異の状態であった。冠名に即した研究生産性を俎上にのせて、COL中枢国(仏・英・独・米)の変遷過程を検証するのが関の山であったからである(有本編、1994)。しかし約半世紀後の現在(2026年)では、学問中心地(世界型)は研究対象から学問対象へと明らかに一変したと言ってよい。
3.エポニミー型とWUR型
世界大学ランキングは、上海交通大学が2003年から「世界大学学術ランキング(ARWU)」を開始した後、2004年から英国のタイムズ誌が「世界大学ランキング」(THEWUR)を開始して2010年以降ではQ5と袂を分かつという経緯を辿った。
本稿はこの中の本流とも言えるTHEWURに具現した世界型と地域型の動向に注目しつつ、エポニミー型からWUR型への特徴の変化に焦点を合わせて比較的考察を試みる。両者は研究生産性検証で同じ視座、学問生産性重視で違う視座にそれぞれ立脚している。
第一は、個人中心と大学中心。上述したようにエポニミー型はエポニムとエポニミーなる冠名を付して偉大な発見者とその偉大な業績を顕彰し、基本的には個人単位(集団化はあり得る)の研究生産性を対象にした。他方、大学ランキング型は、大学所属の個々人の集合体が産出したアウトプットを計測して優劣を評価して個人単位よりも大学単位の比較を重視した。それは大学がエポニミーからWUR(THEWUR:Times Higher Education World University Ranking)の時代への、さらに研究者個人の研究力(研究生産性)よりも大学集団の学問力(学問生産性)に依拠する時代への軸足移行を指す。
大学や国家の評価主体たるロンドンタイムズ(THE)は、個人の研究生産性より広範な大学の学問生産性を対象にした診断データを見える化し、ラフナー当時とは様変わりした。
つまり研究生産性対象の視点を脱出して「教育」(Teaching)、「研究」(Research Environment)、「研究品質」(Research Quality)、「産業」(Industry)、「国際展望」(International Outlook)等々の「指標」の総合力(Overall)を対象にした視点に到達した(THEWUR2026)。それは、学問生産性の広範なアウトプット計測へ収斂中の動きであるばかりか、「研究生産性」より広範な「指標」の計測戦略が、世界型の実力評価に定着した確かな証拠だと言えよう。
事実、年々改良された指標は、教育力を深掘りした観点から日本の大学の格付けまで進化を遂げて未来志向傾向の一端を示唆すると同時に、筆者が強調してきた「R―T―S ネクサス」の展開方向へと向かいつつある(有本、2022)。
第二は、第一と関連するが、個人・国家と大学・国家。前者は冠名の個人名もその所属大学名も表面に出ない一方で、エポニム(特にエポニミー)の多数輩出国ランキングを帰結している。その点、ラフナーの物理学の領域を事例にすれば、「17世紀は英仏が台頭、18世紀は英の沈滞と仏の伸長、19世紀前半に英が持ち直して英・仏・独の三強時代を迎える。だが、19世紀後半にそれが崩れて仏英が衰退して独米が進出、さらに20世紀には米が躍進」といった展開になる(有本編、1994、54頁)。
(つづく)
