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アルカディア学報

No.816

都市圏大学の定員規制政策の課題と今後
―地方小規模私立大学の社会的役割と持続可能性の観点から―

安部雅隆(学校法人九州文化学園 法人本部長)

はじめに

 我が国の高等教育は、少子化と人口減少の進行により、大学の教育・研究・管理運営の在り方が根本的に再検討される段階に入っている。1975(昭和50)年に私立学校振興助成法(私学助成法)が制定されてから、ちょうど50年が経過したことになるが、その私学助成法第4条は「国は、大学などを設置する学校法人に対し、教育または研究に係る経常的経費について、その2分の1以内を補助することができる」と規定している。
 しかし、現実の補助は2分の1という目標から大きくかけ離れ、10分の1を下回る状況だ。その結果、学生の負担は、国公私立と設置形態が違うだけで格差が生じている。私立大学は、日本の高等教育を支え、進学率を押し上げ、教育の機会均等に貢献してきた。果たして私学助成法の趣旨は活かされていると言えるのだろうか。
 また、地方に立地する小規模私立大学は、18歳人口の急減、若者の都市志向の強まり、地域経済の停滞といった複合的要因の影響を強く受け、その存立は地域社会の将来像とも密接に結び付いている。
 さらに、地方小規模私立大学の縮小や撤退は、単に一教育機関の問題にとどまらず、地方・地域における人材供給や知的基盤の弱体化、教育機会の不公平を招く可能性がある。
 こうした状況を背景に、2018年に「地域における大学の振興および若者の雇用機会の創出による若者の修学および就業の促進に関する法律」(以下、本法)が施行された。本法は、都市圏への学生集中を是正し、地方創生を促進することを目的としている。本稿では、本法に基づく都市圏大学の定員規制政策を中心に、その効果と限界を整理した上で、地方私立大学の社会的役割と持続可能性の観点から私学助成の課題を明らかにし、地方小規模私立大学の運営者としての私見を述べる。

都市圏大学定員規制等の政策の構造的課題

 本法の中核的施策の一つが、東京23区内の大学等における入学定員増を原則として抑制する措置である。この政策は、都市圏大学の量的拡大を制限することで、相対的に地方大学への進学を促すことを狙った施策として位置付けられる。
 しかし、高校生の進学先選択において、生徒や保護者が重視する要因は多様であり、立地条件のみならず、教育内容、大学の社会的評価、卒業後の進路可能性などが総合的に考慮される。都市圏大学の定員を抑制することが、首都圏近郊や郊外は別にしても直接的に地方私立大学への進学増加につながるまでには、未だ至っておらず、その効果は限定的と言わざるを得ないと考える。従って地方私立大学が直面する本質的課題は、依然として残っている。地方私立大学の多くは、教育の質的向上、地域との連携強化、特色ある人材育成の確立といった課題に積極的に取り組んでいるが、本法は、これらに対する直接的かつ恒常的な支援が十分に伴っていない。その結果、地方私立大学は構造的に不利な条件の下で競争にさらされ続けており、都市圏大学の定員規制による効果も限定的なものにとどまっていると考えられる。
 また、同様の構造的課題については、例えば「大学・高専機能強化事業」において考えると、高等学校段階における生徒の文理選択比率が依然としておおむね7対3で推移しており、理系進学者の大幅な増加には至っていない。結果として、理系大学進学に関する進路選択の構造は大きく変化していないのが現状である。このような現状において少なからず本学においても、文科省所管の「女子中高生の理系選択支援プログラム」に参画し、地域の小・中・高等学校を対象とした「リケ女」育成の取組等を通じ、理系選択者の増加を図っているが、短期的に大きく理工農系大学進学者の増大を見込むことは困難である。さらに、少子化の進行に歯止めがかからない中で、大卒理系人材の就職先拡大の見通しも必ずしも明確ではない。こうした状況下において、理工農系学部を約250学部増設するという文科省の施策は、理系進学者が増加しない現状の中で、限られた進学者の奪い合いとなり、地方私立大学にとって真に「可能性ある未来」につながるのかについても、都市圏大学の定員規制と同様に慎重な検証が求められる。

時限措置がもたらす政策的不確実性

 さらに、定員抑制措置は2028年3月末までの時限措置とされている。この点は、地方私立大学にとって、中長期的な教育改革や経営戦略を構想する上で大きな不確実性要因となっている。仮に規制が撤廃または緩和された場合、都市圏大学が再び定員拡大に動く可能性は高く、その影響は地方私立大学に少なからず及ぶと予想される。このような期限付きの規制政策は、地方私立大学を安定的に支援する制度とは言い難く、結果として地域における高等教育への機会そのものを不安定化させるリスクを内包している。
地方私立大学の多面的な社会的役割
 地方私立大学は、単なる高等教育機関にとどまらず、地域社会において多面的な役割を果たしている。
 第1に、医療、看護、福祉、保育、教育等の分野において、地域を支えるエッセンシャルワーカーを継続的に輩出してきた。これらの人材は地元出身者が多く、卒業後も地域に定着する傾向が強い。
 第2に、地方私立大学は、自治体や地元企業、医療・福祉機関等と連携し、地域課題の解決に取り組む「知の拠点」として機能している。地域固有の課題に根差した研究や実践は、地方私立大学ならではの社会的価値を形成している。
 第3に、地方私立大学は、経済的・地理的制約を受けやすい若者に対し、地元で進学できる機会を提供することで、高等教育への進学率向上にも貢献してきた。これはアクセス(教育の機会均等)の観点から極めて重要であり、地方私立大学の衰退は、若者の進学選択肢を著しく狭める結果につながりかねない。

おわりに

 以上の考察から、本法の2028年3月末での都市圏大学入学定員規制の撤廃は、都市圏大学の自由度や競争力を高める側面を有する一方で、地方私立大学の経営環境および地域社会の持続可能性に間接的ではあるがマイナスの影響を及ぼす可能性を内包している。
 本法の趣旨である地方創生を真に実効性のあるものとするために必要なことは、地方私立大学や地方公共団体に対する直接的な支援の強化と考える。地方私立大学の社会的役割を正当に評価し、教育の質、規模、アクセス(教育の機会均等)維持の為に、恒常的かつ中長期的な直接支援策を講じることが不可欠である。地方私立大学は、地域の人材基盤と知的基盤、経済的基盤を支える公的存在であり、その存立なくして持続可能な地域社会の形成は実現し得ない。地方の小規模私立大学運営者として本法の慎重な評価と対応及び効果的で直接的施策の策定を期待する。