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アルカディア学報

No.810

少子化と退場促進の前をいく
―台湾の高等教育―

研究員  濱名篤(関西国際大学理事長・学長)

 本年7月25日に東京一橋講堂において台湾政府教育部高等教育司の専門委員の賴冠?氏、台中教育大学元学長の楊思偉氏の2人をお迎えし、「少子化時代の高等教育政策~台湾の事例」という公開研究会を開催した。
 これは、科学研究費 基盤A「社会経済の転換期における大学設置認可制度の歴史的検証と国際比較研究」(23H00071研究代表:濱名篤)研究会の一環として、日本より一足早く、少子化による高等教育の規模縮小に取り組んでいる台湾の動向を政府と大学の双方の立場から情報提供してもらうことをめざしてのことである。以下では両氏から得られた知見を整理していく。

1.少子化がもたらす構造的課題

 台湾では、1990年代以降、大学進学率が急上昇し、大学数は2007年に164校に達したが、少子化により2025年には140校まで減少した(教育部統計による)。大学生総数も2014年の130万人から2030年代には90万人前後に落ち込む見通しである。
 特に私立大学が深刻な打撃を受け、定員充足率7割を割る大学が増加している。学費は政府によって凍結され、値上げが許可されたのは10年間でわずか11校に過ぎず、大学とりわけ私立大学は経営状況が極めて厳しくなってきた。学納金収入が増えない一方で、物価上昇や給与改定によるコスト増が経営を直撃してきた。
 一方、国公立大学は定員・収入とともに比較的安定しており、国公・私の格差が拡大してきている。
 こうした状況は教育の質にも影響が及び、複数の大学で授業統合や集中講義、教員の専門外担当などが発生してきた。教育部はこうした事例を「学生の学習権侵害」とみなし、監督体制を強化した。少子化は同時に人材需給の不均衡を引き起こし、半導体・AIなど重点産業で人材不足が深刻化している。

2.政府の政策対応

 教育部は2002年以降、入学定員の総量管理を導入し、新設学科は既存枠内で調整するしかなく、定員増は全くできない中で改組が行われている。学生教員比・施設面積などに基づく適正規模査定制度を設けられ、過剰供給を抑制してきている。
 また、定員を一時凍結・削減し、改善時に回復できる「定員枠留保制度」を導入して柔軟な定員調整を可能とした。その結果、高等教育の定員を減少させることができており、大幅な定員割れは姿を消し、定員を超過する大学も見られず、定員が「守られる定数」となっている点は注目すべきであろう。
 教育の質保証には、2018年に開始した「高等教育振興計画」が中核を担っている。第2期(2023~2027年)には970億元が投じられ、138校が対象。学生中心の教育理念の下、ICT、人文的関心、学際力、自主学習、国際移動力、社会参加の6種類の能力育成を掲げている。学習成果に基づく資金配分と、予告なしの査察制度により、大学に常時の緊張感と改善意識を促しているという。日本の実地調査と違い、警察や検察の強制捜査に近いといえる。
 研究力強化では「特色領域研究センター」や「全校型計画」が設けられ、国立大学を中心に重点支援が進められた。
 さらに、重点産業分野への人材供給政策も進展させてきた。AI、ICT、半導体などの修士課程の定員を拡大し、企業との共同研究学院を設置させてきた。宇宙科学や情報安全など新領域にも領域を拡張している。これらは教育政策と産業政策を結ぶ「戦略的人材育成」の試みであり、大学院の規模拡大は許容されている。

3.大学統合・退出と再生の仕組み

 大学数の削減は国公立大学の統合から始まってきており、清華大学と新竹教育大学、陽明大学と交通大学などの事例が相次いだ。私立大学の統合は利害調整の難しさから遅れており、容易なことではないことが伺える。
 2022年施行の「私立高校以上の学校の退出条例(私立高級中等以上學校退場條例)」は、学生募集率・財務状況に基づく「警戒校」「特別支援校」指定を可能にし、改善がなければ募集停止・廃校命令を行う強制力のある制度が整備された。閉校時の学生転校支援・教職員補償は「私立学校退出基金」が担い、資産は地方や国立大に寄贈される。これにより「無秩序な倒産」を防ぐ体制が整ったとされている。一方で、廃校跡地の地域活用や教育資産の再生は課題として残っているという。

4.社会人・留学生の受け入れ拡大

 社会人教育の拡充は少子化時代の重要な学生数減少の補完策となっている。夜間・在職専班や現職修士課程などを通じ、成人学習者の再教育需要を取り込む。特に「呉宝春条項」と呼ばれる、学歴ではなく卓越した技術を持つ専門職に大学院への入学資格を与える特例措置により、実務経験や社会的評価を学歴と同等に認める制度が導入され、学歴主義の是正と多様な進学機会の保障を進めてきている。
 この社会人への拡大を率先垂範しているのが公務員セクターであり、公務員や教員の大学院進学が奨励され、学位取得によって昇給や昇進が図られ、週1日の通学休暇を公務員に認め、学費支援も行われており、大学院の拡大を公共セクターが推進している点は日本も参考にすべき点であろう。
 また、台湾は少子化による学生減を国際化で補おうとしている。「新南向政策」のもと、ASEAN・南アジア諸国から留学生を積極的に受け入れ、「国際専修部」や産業特別クラスを整備している。入学後、中国語予備教育と専門課程を一貫させ、就業支援と奨学金を提供している。2024年には38校でこうしたプログラム197クラスが設けられ、留学生受入れは制度的整備が進んできている。ただし、語学力不足や生活支援の不備、政治的制約(特に中国大陸出身者)などについて残る課題も少なくない。

5.残された課題と日本への示唆

 両氏は共通して、台湾の高等教育が「規模縮小」「質保証」「産業連携」「国際化」「社会的責任」の五本柱で再構築されつつあると指摘した。
 その一方で、授業料凍結と給与上昇による大学財政が圧迫されていること、国公・私立の格差の拡大、成果主義的評価が強まってきた結果として大学自治に緊張度が高まってきていること、退出偏重で再生策が弱いという現状、留学生支援を行って果たして彼らが定着してくれるのかが課題となってきていること、などを今後に残されている課題だとして挙げた。
 台湾における市場縮小策はある程度成功している側面が多い。定員充足率を尺度として私学補助が増減(8割で満額支給、以下充足率によって減額、5割を割れば停止)という仕組み、定員削減を行いやすくする「定員枠留保制度」といった潤滑的な補完措置の併存があり、ある意味で飴と鞭を強力な国家権力によって推進している。
台湾の退出制度は日本の「入口規制」中心の設置認可制度と対照的であり、少子化時代の大学整理の先行モデルであるともいえる。国家による監督が強い一方、学生保護・財政支援も並行して行われており、「規制と支援の両立」が制度の特徴である。
 他方、大学院をはじめとする社会人市場の開拓を公共セクターが率先して行っている点や、留学生の受け入れ促進策など、新たな学生確保策も並行して行われている。

6.結語

 台湾の高等教育は、人口減少という不可避の現実を前に、制度改革を通じて持続可能性と質の両立を追求している。教育部が主導する統合・退出・質保証・国際化の連動政策は、東アジア諸国の中でも最も体系的であり、日本が直面する少子化対応の先行事例として極めて示唆的である。
 両氏の講演は、大学の数的縮小を単なる淘汰ではなく、社会に開かれた再構築の契機とする重要性を強調して締めくくられた。

【詳しい資料を希望される方は、次のWEBサイトをご覧頂きたい】
https://www.kuins.ac.jp/society/facilities/institution.html