アルカディア学報
「地方×小規模の私立学校法人」の挑戦
~建学の精神と教学理念の具現化によるブランディング戦略~
1.はじめに
10~20年後には18歳人口における私立大学進学者の大半が「大規模の私立大学」の入学定員で満たされる未来が予想される。このような状況の中で「地方×小規模の私立学校法人」が生き残るためには、独自性のある特長とその実績を示す必要がある。
本学園(玉手山学園)は、大阪府と隣県の境にある市域の約3分の2が山間部である自然豊かな環境にある地方都市に位置している。創設から80年余を経ており、大学・短期大学・高等学校・認定こども園を設置している。学生生徒等数は教職員を含めて4千人程度の学園であり、地方の小規模の私立大学法人の一つであるので、この厳しい環境の中で「地方×小規模の私立学校法人」として生き残るために不可欠な建学の精神の現代化とその具現化の課題について述べたい。
なお、現時点の学園の最大の特長は、全設置校が同一敷地内にある「ワンキャンパス」である。キャンパス内には大学生・短大生・高校生・園児が自然と調和しており、連携や異年齢交流を積極的に行っている。このメリットを今後も活かし続けていくとともに、今後の学園の最大の特長を「夢と志(Dreams&Wills)」とすることで、地域に存在する小規模な学園としての未来を切り拓いていきたいと希求している。
2.「感恩」と「夢と志(Dreams&Wills)」
本学園の建学の精神は「感恩(かんおん)」、一言で言えば「ありがとうを大切にする」ことである。この精神を基盤に、感謝の心を持った人材を社会に輩出することを目指してきた。これに加えて、現代の課題に立ち向かえるように、現在の理事長の40年以上にわたる教育人生の中で教職員・学生・生徒・園児・保護者・地域の声から気付かされたことを基礎にして、教職員に発信し続けたメッセージが「夢と志(Dreams&Wills)」という言葉となり、新たに、学園全体の教学理念として掲げることになった。「教育理念」ではなく「教学理念」としている理由は、学生・生徒・園児に学んで欲しい思いの現れである。
「夢と志(Dreams&Wills)」の色・形・大きさ・方向は一人ひとりで異なるものと学園では広く捉えており、学業に限らず個人の価値観や目標に応じて様々な形で表現されるものとしている。そのため、「夢とは何か」、「志とは何か」について固定概念を設けず、自由に捉えられるものとしている。「夢と志(Dreams&Wills)」があれば、夢中になるものが見つかり、実現に向けたモチベーション(活力)が生まれる。その結果、学校生活や人生が充実するだけでなく、実現に向けた努力を通じた人間的成長が期待できる。学生・生徒・園児の「夢と志(Dreams&Wills)」を育てることは、考えてみれば、どの教育機関においても当てはまる理念である。本学園では建学の精神「感恩」を基盤としつつ、その精神を現代において具現化すべき課題として、教学理念「夢と志(Dreams&Wills)」を今後の本学園の最優先の教育の価値観としていくつもりである。「夢と志(Dreams&Wills)」とくれば即座に本学園と各設置校のイメージが想起される状態を目指し、これからの厳しい少子化時代を突き進んでいきたいと考えている。
3.「夢と志(Dreams&Wills)」とその"仕掛け"
学生・生徒・園児が各設置校に入学したら、『「夢と志(Dreams&Wills)」が見つかった!』、『夢中になるものが見つかった!』となる機会に出会えるように、学園及び各設置校では学生・生徒・園児の「夢と志(Dreams&Wills)」を見つけ又は育むことができる"仕掛け"を整えている。「夢と志(Dreams&Wills)」の芽生えや成長を促す「何か」に出会える活動・働き・体験のことを学園では"仕掛け"と称しており、一言でまとめると、"仕掛け"とは、「何かに出会える」又は「体験できる」正課内外は問わない取組みである。
"仕掛け"の例として、大学の「福科大オレンジプロジェクト」がある。ここでは学生が主体となって社会福祉活動を行っている。五感対話法(CF法)というコミュニケーション法を学び、活かして、認知症高齢者や地域住民との交流を深めるために認知症カフェ「Rカフェ」の運営や自転車タクシーによる移動支援などを行っている。学生は学んだことをアウトプットする機会があり、そこで得た手応えや内省が、自身の目標(社会福祉士の取得など)や将来に向けたモチベーションにつながっている。その成果として、本プロジェクトは全国社会福祉法人経営者協議会による令和6年度の「社会福祉学生ヒーローズ賞」を4年制大学で唯一受賞した。
これらの多様な"仕掛け"を通じて、学生・生徒・園児は「何か」に気付き・閃き、その「何か」が「夢と志」の芽生えや成長を促すことを願いながら、学園では多くの"仕掛け"を創り続けていく。
4.「夢と志(Dreams&Wills)」定着への道のり
「夢と志(Dreams&Wills)」を今後の学園の最大の特長とする挑戦には、経営層⇒教職員⇒学生・生徒・園児・その保護者における「インナーブランディング」が重要である。特にその挑戦に共に挑む教職員の理解と実践が最も必要と考えている。
そのために学園では教職員が学園内の全ての活動において、こんな風に学生等に接して欲しい又は教育して欲しいなどの心掛けを「教学姿勢」として定めている。行動規範に近しいものである。内容は建学の精神である「感恩」と教学理念である「夢と志(Dreams&Wills)」及び"仕掛け"に加えて、元気な挨拶をすること、自分の考えを持つことなど、社会人として一般的な事柄を記載している。この「教学姿勢」には学生・生徒・園児も対象者に含まれる。学生・生徒・園児が「教学姿勢」を実践している教職員を見て共感して自らも実践することで、学園の風土を形成し、最終的にはブランドとして定着することを目指している。
学生・生徒・園児には"イメージツリー"(別図)を用いて、教職員から学生・生徒・園児に工夫しながら説明をしている。例として、幼稚園では園児にも「教学姿勢」を理解してもらえるように幼稚園教員が紙芝居や制作活動を通じ伝えている。中長期計画や行動計画(単年度計画)に掲げるだけでなく、令和6年度には、理事長自らが専任教職員一人ひとりと懇談し、教学理念・「教学姿勢」を伝える機会を持っている。
5.おわりに
本学園において「夢と志(Dreams&Wills)」を今後の学園の最大の特長とする挑戦は、始まったばかりである。「認知⇒理解⇒意識⇒実践⇒浸透⇒醸成」からブランドを確立するステップのうち、現在は「認知⇒理解」の段階であり、学生・生徒・園児の認知度も低く、実績もまだ十分ではないなど課題も多くある。まさに「原石」の状態でインナーブランディングに注力している段階である。これは膨大なエネルギーと熱量を要する取組みである。それでもこの教育の価値観が学園の文化として根付けば、学生・生徒・園児・教職員一人ひとりの人生にポジティブな影響を与えることができると信じ、実績を積み上げながら共感者を増やしていきたいと考えている。
最後に、学校法人における教育の本質は、それぞれの学校ごとの建学の精神や理念、行動規範などの教育の価値観を持って子どもを教育し、その理念等を理解した有為な人材を社会に輩出すること考えている。本学園では、建学の精神「感恩」を基盤に、「教学姿勢」を実践しながら"仕掛け"を整え、学生・生徒・園児の「夢と志(Dreams&Wills)」が育つ学校として、未来に向けて挑戦し続けていくことで、「地方×小規模の私立学校法人」として、地域の期待と信頼に応えながらその役割を積極的に果たしていきたいと考えている。