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アルカディア学報

No.767

公開研究会
「寄附行為変更上のポイント」

研究員 山崎慎一(桜美林大学准教授)

 日本私立大学協会附置私学高等教育研究所は、令和6年1月19日に「寄附行為変更上のポイント」と題したオンライン公開研究会を実施した。改正私立学校法の令和7年4月の施行に向け、文部科学省が発表した「寄附行為作成例」及び「私立学校法の改正に関する説明資料(令和5年12月12日更新)」を参考に、各学校法人は寄附行為の変更を検討している。私学高等教育研究所では2023年11月~12月の5回に亘り、加盟校数十法人の理事長等を対象に「経営情報交換会」を実施し、理事や評議員の選任方法、構成等の個別の改正点や今後の寄附行為変更認可申請のスケジュールなどの共通の課題について討議した。この結果を踏まえ、本公開研究会では関係者を招いて寄附行為変更上の留意点を中心に協議するに至った。
 その背景は、近年大学の経営環境の厳しさが急速に増していることが挙げられる。実際に大学の経営破綻や統廃合、あるいは大学のガバナンスに起因する問題など、大学に関わる様々な出来事を新聞報道等で見かけるようになっている。大学のガバナンスの欠如による私学助成の不交付や減額など、大学運営の在り方自体も問題になっており、今回の私立学校法の改正とそれに伴う寄附行為の変更もこうした問題を一因としている。しかしながら、人口減少や労働生産性の向上、地域間格差の是正、さらには国境を越えた人材交流の推進など、この不確実かつ困難な社会において、私立大学の果たすべき役割はむしろ大きくなっている。また、私学の根幹ともいえる寄附行為を改めて問い直すことは、大学改革の方向性を決める上でも肝要である。ただ単に文部科学省の提供する作成例をなぞるのではなく、寄附行為の変更を通じて、私学の社会における存在意義を明確にし、その特性や個性を教育研究活動や社会貢献活動に落とし込めなければ、今後私立大学が生き延びていくことは難しくなってくる。私立大学の生命線は建学の精神と創設者や創立者の意思である。寄附行為の変更の中で、改めてその想いを見直し、次の時代に繋がる私立大学を築いていくことが求められている。
 公開研究会は、文部科学省高等教育局私学部私学行政課の神山弘課長より「寄附行為変更について(認可申請スケジュール、法解釈など)」と題した講演から始まった。主な内容は、寄附行為の変更に関する説明や、加盟校の方々より寄せられた意見や疑問をもとに、私学高等教育研究所が取りまとめた質問への回答である。その後、名川・岡村法律事務所の渡邉迅弁護士より、「寄附行為変更の留意点~令和5年改正私立学校法に対応した機関設計」について、私立大学の在り方や立場を法律や関連する実務経験を踏まえた上で講演がなされた。
 パネルディスカッションは、文部科学省高等教育局私学部私学行政課の片見悟史課長補佐、俵法律事務所の植村礼大弁護士、日本福祉大学の丸山悟理事長、産業能率大学の小林武夫評議員、私学高等教育研究所の西井泰彦主幹により行われた。主な内容は、寄附行為変更上のポイントとして挙げられた寄附行為の改正に至るまでのスケジュールと、理事会や評議員会の在り方に関する事項である。スケジュールについては、各大学における理事や評議員の任期によって状況が異なるため、それぞれの任期の確認の必要性や、私学を取り巻く現状を鑑みれば、寄附行為の改正以外の大学改革や大学運営に関わる案件は数多くあることから、予定通りに進まない可能性も考慮した上で適切な対応に関する意見が出された。理事会については、従前より注目を集めていた理事選任機関の件を中心に、理事の資質やその解任要件に関して議論がなされた。評議員会は、学校法人の中の一意思決定者として重要な役割を担い、その選任方法や資質能力も問われるようになることが見込まれている。その一方で、意思決定プロセスの複雑化に伴い、本来目指すべき大学改革の鈍化への懸念も示され、理事会や評議員会の在り方は引き続き重要課題となっている。
 最後に司会の立場から本公開研究から得られたことを以下に述べていきたい。寄附行為の変更は私学の存在意義に関わる重要課題であるが、本研究会は適切なバランス感覚をもってこの課題に取り組むことが出来ていたのではないかと考えている。文部科学省高等教育局私学部私学行政課の片見課長補佐においては、本来の予定にはなかったにも関わらず、パネルディスカッションに参加をし、パネラーとの丁寧な質疑応答に加え、自身の寄附行為の改正に関する意見や考えも共有している。ただ単に一方的に私立大学を擁護したり、経営側や労働者側のどちらかに寄ったり、文部科学省の政策批判に終始したりといったことではなく、様々な利害関係者の参加のもと、私学の根幹にかかわる寄附行為について、理念と実務の両側面からこの国と私立大学の発展を目指して議論されていた。
 学校法人における大学の在り方は多様であり、その規模、位置付け、性質は各大学によって異なり、それゆえその個性を発出している。そのため、寄附行為の改正に関する議論も、シンプルな答えを導き出すことは困難であり、各大学の事情に応じて個々に考えざる得ない部分も多々ある。しかし、私学の独自性や多様性を考えれば、これは極めて自然なことであり、各大学が自主性と自律性に基づき、寄附行為の改正を通じて社会への存在意義を問うべきである。渡邊弁護士は、私学の自主性と寄附行為の変更について講演をする中で、衆議院の附帯決議を引用しつつ、私立学校の建学の精神を侵すことのないよう留意することや、私立大学の自主性と公共性について指摘するとともに、寄附行為の作成例の注意点としても学校法人の事情の考慮と画一的な扱いをしないよう留意する点を強調している。
 私立学校の特性と自主性に基づく寄附行為の変更において、本公開研究会がその一助になれば幸いである。なお、本稿は司会者から見た雑感であり、発言の趣旨や意図は必ずしも発表者の意図を汲んでいるわけではない点はご留意頂きたい。