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アルカディア学報

No.754

大学を動かすために必要なこと

客員研究員  岩田雅明(新島学園短期大学学長)

 大学という組織は

 大学を経営していく際に必要なこととして、適切な戦略をつくるということがある。どのような大学をめざすべきか、そのためには何をすべきかといったことが明確になっていないと、教職員の思考や行動の方向性が定まらず、組織としての統一した活動を展開することができないからである。これまで、大学経営コンサルタントとして、そして短期大学の学長として業務を遂行する際には、いかにして効果的な戦略を策定するかということに力を注いできた。
 もちろん、そのことの重要性は変わらないのであるが、最近、痛感していることは、策定した戦略を、着実に実行できる組織づくりの重要性についてである。当たり前のことであるが、どのような優れた戦略であっても、それが実行されないならば、成果には結びつかないのである。そして私の限られた知見ではあるが、大学は考えることは得意であるが、実行することは苦手であるという傾向が強いように感じている。
 このような問題意識から、昨年、大学を動く組織とするために必要と考えられることをまとめて、「今、求められる大学の『組織開発』」という本を出版したのである。この中で、健全な組織をつくること、成果を挙げられる組織としていくこと、そして学習できる組織になることが大切であるということを書いたのであるが、今回は、その続きとして、協奏できる組織をつくることが、これからの大学づくりにおいては重要なことではないかという、問題定義をしてみたいと思う。
 大学を動かすために最も必要なことは、適切なマネジメントの存在であると思う。リーダーシップとマネジメントの関係については、いろいろな考え方があるが、私は、例えて言うならば、「あの山に登ろう」と目的地を示すことがリーダーシップで、その山にどのようにして登ることが効果的かつ効率的かということを考え、実行していくことが、マネジメントの領域であると考えている。組織を動かすためには、もちろん両方が必要となるのであるが、策定された戦略を着実に実行するという、本テーマに関することでいえば、マネジメントの領域になるからである。

 関係性のマネジメント

 組織内でマネジメントを担当するのは、通常は管理職ということになる。そして「管理職」という言葉が表すとおり、課長、リーダーといった部門の責任者になると、部下を管理することが求められることになる。大学を取り巻く環境が恵まれていた時代においては、日々の業務や行事を、つつがなく処理すれば事足りていたので、管理のない、放任のような状態でも支障はなかったといえる。
 それが、大学を取り巻く環境が厳しくなり、きちんと計画を立て、その計画をきちんと実行することが求められるようになると、部下をきちんと管理することが求められるようになってきたのである。そして大学内にも、目標管理制度などの評価制度が取り入れられるようになり、数値化された目標を達成することが求められるようになってくると、管理する対象は、どうしても結果ということになりがちであるが、結果を管理するようになると、目標数値を達成することが最優先となり、部下への圧力もおのずと高くなることになる。そうなると部下もストレスを感じることになり、部署の雰囲気も好ましくないものとなってしまうことになる。
 マサチューセッツ工科大学組織学習センターの共同創始者である、ダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」(図)というものがある。それによると、成功へ至るサイクルを回すための起点は、「関係の質」を高めることであると言われている。「関係の質」を高めることで、安心して何でも言える環境がつくられ、その中からいいアイディアが生まれるなど「思考の質」が高まることになる。関係性が良いので、協力してことに当たることができるので「行動の質」が高くなり、それが「結果の質」につながることになる。そして結果が良いと、さらに「関係の質」が良くなるということになり、好循環(グッドサイクル)が生まれることになる。
 逆に、前述したように結果を管理するマネジメントということになると、「結果の質」を高めることが起点となるので、部下への強制が多くなり「関係の質」が悪くなることになる。そして関係性が悪いと、対話も減ることになるため「思考の質」、「行動の質」とも悪くなり、そのため結果が出ないという、悪循環(バッドサイクル)に陥ることになるのである。
 では、好循環の起点となる「関係の質」を高めるためには、どうしたらいいのであろうか。人間関係でいえば、相手に関して知っていることが増えるにしたがって、親近感も増すと言われている。このため、良い関係性を築くためには、まずは相互理解という状態が必要になることになる。そして、お互いが理解し合うためには、日々のコミュニケーションが不可欠となる。それも、仕事のことだけに限定されない、広い領域にわたるコミュニケーションが有効であると思われる。なぜならば、相手について知ることのできる範囲が増えるからである。
 一緒に働いている人同士でも、広い領域にわたるコミュニケーションの機会というのは意外と少ないものである。私の短大で研修会を開催した時のことであるが、最初にアイスブレイクということで、ペアになって自己紹介を行ったのである。すぐに終わるかと思って見ていると、各ペアとも大変盛り上がっていて、うれしそうに話し、聞いているのである。それを見たときに、普段は業務以外のコミュニケーションの機会が、ほとんど無いのだなということを感じたのであった。

 対話の場

 日々のコミュニケーションにより、ある程度、相互理解が進んだならば、次は考えていることを自由に話し合えるような対話の機会を設け、増やしていくことが必要となる。「関係の質」を高めることで、安心して何でも話せる環境がつくられると述べたが、そのためには、最適解を求めるために理論的、効率的な話し合いの展開が優先される会議の場ではなく、自由に話せる対話の場が必要となる。ここでの留意点は、相手の足らないところではなく、強みに注目することである。それぞれの強みを活かすことで、はじめて組織の成果が生まれるということを意識する必要がある。
 また、それぞれ異なった価値観を持っているということを当然の前提とし、それぞれの発言の良し悪しでなく、それぞれの価値観や体験から生じた発言として、尊重することが大切である。考えていることを自由に言えない理由は、こんなことを言ったら笑われるのではないか、無能だと思われるのではないか、反対されるのではないか、といった思いがあるからであるので、そのようなことのない場をつくることが必須のこととなるのである。
 私が以前いた大学で、定員割れからの回復を担ったチームは、週に1度、終了時間を決めずに、これから何をしたらいいかについて自由に話し合う場を設定していた。チーム編成のために新しく採用した職員も多かったので、最初は様子を見ている感じであったが、相互理解が進むとともに話し合いも活性化し、そこで出てきたアイディアが功を奏したことも少なくなかった。新規採用者は、皆、異なる業界の企業からの転職者ということもあったため、最初から多様性を認め合う雰囲気もあり、それが何でも自由に話せる場づくりに貢献していたように思う。
 日本を代表する名経営者の1人である、稲盛和夫氏が率いていた京セラでは、本社、工場ともに大広間があり、頻繁にコンパと呼ばれる飲み会が開かれているという。それは、全く仕事を離れての純粋の飲み会というものではなく、仕事のことも熱く語り合う場である。お酒を飲みながらの場であると、自分の意見を臆せずに言いやすいということもあり、相互理解と対話の場になっていると思われる。このコンパは、稲盛氏が日本航空を再建した際にも導入されていて、それが再建のエネルギーになったとも書かれている。
 遠回りのように感じられるが、「関係の質」高める試みが、大学を動かす原動力になるのではないかと感じている。