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アルカディア学報

No.748

大学設置基準の改正から
公的質保証を問い直す

前田早苗(千葉大学名誉教授)

 中央教育審議会大学分科会質保証システム部会による「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について(審議まとめ)」(以下、「審議まとめ」)が2022年3月に公表され、これに基づき同年9月に大学設置基準の大改正が行われた。本稿では、同部会の臨時委員として参加した筆者が、設置基準の改正の主要なポイントを確認しつつ、とりわけ公的質保証の観点から、そこにどのような課題があり、また何が期待されているのかを、認証評価に長くかかわってきた経験をも踏まえて考察する。

「審議まとめ」が目指したもの

 「審議まとめ」は、公的な質保証システムは大学教育の多様性・先導性を向上させるために改善・充実されるべきとして、①学修者本位の大学教育の実現と②社会に開かれた質保証の実現の二つの検討方針を示した。①の「学修者本位」は、これまで繰り返し言われてきたことではある。ただし、ここでは、学位プログラムが大学教育の質保証の単位であり、各大学における内部質保証は学位プログラムを基礎として行われるべきとして、内部質保証による教育研究活動の不断の見直しを求めている。②の「社会に開かれた質保証」では、大学による適切で積極的な情報公表によって大学自身が質保証を行うことを強調している。
 その方針のもとに立てられたのが「客観性の確保」、「透明性の向上」、「先導性・先進性の確保(柔軟性の向上)」、「厳格性の担保」の4つの視座である。中でも、「先導性・先進性の確保(柔軟性の向上)」の記述が多くなっていて、そこから設置基準の緩和へと論が展開されている。公的質保証システムのあり方については、最低限の水準を厳格に担保するとされていて、同様の表現は何回も登場するが、それ以上の具体的な言及はなされていない。
 「審議まとめ」は、質保証システムは単に大学を評価するものではなく、大学の自主性・自律性に基づく自己改善を促進させるためのものであるとしている。こうした考え方には基本的には賛成である。しかし、改正された大学設置基準を見ていくと、いくつかの課題が見えてくる。

大学設置基準の改正への懸念

 「審議まとめ」を受けて改正された大学設置基準で最も注目されているのが、基幹教員制度である。従来の専任教員より柔軟な教員配置を可能とするもので、これまで一つの大学でしか専任教員となれなかった制度が大きく変わる。「審議まとめ」は、複数の大学や学部で基幹教員となることや、民間からの教員を基幹教員として登用することで、新たな専門領域を開拓し学部・学科、学位プログラムの設置を可能とすることを基幹教員制度の本旨としている。
 これを受けて改正された設置基準第8条の基幹教員の定義は、一読しても理解しにくい複雑な条文であるが、別表第一と合わせると大きな改正が見えてくる。必要教員数に変更はないものの、その4分の1については、当該学部の授業を1年に8単位担当すれば基幹教員であると定義されるのみであり、基幹教員制度導入の趣旨とは異なる採用が可能となってしまう。経営上の理由から安易に基幹教員制度を活用することも考えられ、大学の自律的な質保証に委ねるのみでは危ういのではないだろうか。
 単位の計算方法についても大幅な変更がなされた。従来の講義・演習、実験、実習といった授業方法による区別が削除され、1単位45時間の範囲で大学が自由に設定できることになった。
 授業方法ごとに単位計算の方法を規定するのは日本独特のようである。コロナ禍にオンライン授業が拡大し、授業内外の学習時間の考え方も見直さざるを得ない状況があることから、単位計算方法の見直しは時宜を得ているとも言えるだろう。しかし、授業の目標への到達や授業外学修時間などを考慮せずに単位の設定が安易に行われないとも限らない。
 さらに、これだけ大きい変更が文部科学省に届出るだけでできてしまうのである。
 このように、教員数や単位計算といった重要事項について大学の裁量幅が拡大する中で、「最低水準の厳格な担保」というときの「最低水準」とは何で、だれがどのように確認するのか、といったことについては、部会でもう少し議論を深めるべきだったようにも思われる。
 これまで認証評価ではどの評価機関も、専任教員については設置基準上必要な人数は厳格にチェックしてきたが、学位プログラムと専任教員の適合性などはほとんど確認してこなかったし、授業科目ごとの単位については、設置基準を逸脱しているはずがないことから、全くチェックしていなかっただろう。
 大学の自主的・自律的な改革を推進することは大変重要ではある。それだけに、制度改正の趣旨に基づいた改革を実施し、教育の改善向上につながっていることを、大学自身の情報公表のみに任せるほど大学の自律的な質保証が定着しているとはいえない。大学の質の改善・向上の状況を外部から確認することは、公的質保証としての責任ではないだろうか。認証評価の果たす役割はさらに大きくなるはずだ。

質保証における各機関の役割の不明確さ

 近年、アドミッション・カリキュラム・ディプロマの3つのポリシーの設定をはじめ大学には次から次へと質保証への取組が課せられている。その道筋は、ほとんどが中教審答申等を起点として、文部科学省による省令等の改正、認証評価機関による評価基準への反映である。大学はというと、次に何が降ってくるのかと身構えていて、それをただ受け入れるしかないといってもよい。大学や大学団体からの意見が吸い上げられることはほとんどない。
 そして、今や学習成果が質保証の中心に位置づけられようとしている。しかし、その学習成果については、中教審答申「学士課程の構築に向けて」(2008年12月)で、国が中心となって学習成果の評価に関わる研究開発を促進するとしていながら、そうした研究が行われないまま今日に至っている。ルーブリックやディプロマサプリメントなどについても、海外の取組として中教審答申等の用語解説で紹介されるのみで、それ以上のことは組織的にはほとんどなされていない。
 日本の高等教育全体の質の保証と向上のための研究・開発はどういう組織が行うのか、公的質保証においてその役割が明確ではないまま、質保証のための仕掛けだけが提示される状況である。一部の意欲的な大学や人的に余裕のある大学が工夫しながら独自の学習成果把握・測定の取組を行っているのが実情である。こうした個々の大学の取組がそのまま質保証としての社会的・国際的通用性を持つのだろうか。

大学による内部質保証を支援する仕組が必要

 認証評価受審にあたり、質保証への取組を何もやっていない大学はほとんどないだろう。
 しかし、内部質保証の仕組の確立と称して、ほぼ同じメンバー構成の委員会が増えるだけであったり、ルーブリックを全科目に導入するといった上意下達の形式的な仕掛けづくりが進行しているケースもあるようだ。大学の構成員はその意義も見いだせないままにあきらめから従うといったこともある。なぜならそうしないと認証評価で合格にならないからだ。
 次から次へと課せられる内部質保証施策の形骸化を招いている矛盾を解消しなければならない。ただ義務を課すだけではなく、多様な大学がその特徴を維持しつつ、無理なく活用できるような内部質保証のための具体的な情報を提供したり、学習成果把握のためのツールの収集・開発といった、大学を支援する仕組みが今からでも必要である。
 そのためには、認証評価機関による連合組織(単に大学を評価するだけでなく、質向上のための組織)や大学団体の果たす役割は大きいのではないだろうか。そうした組織や団体が、大学の声を拾い上げ、高等教育政策に現場からの声を活かしていくことを願うばかりである。