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アルカディア学報

No.729

修学支援新制度における
情報公開の現状と課題

研究員 白川優治(千葉大学大学院国際学術研究院准教授)

 2020年度から「高等教育の修学支援新制度」(以下、新制度)が実施され、本年で3年目を迎える。この新制度は、「大学等における修学の支援に関する法律」(以下、修学支援法)に基づき、授業料等の減免と給付型奨学金によって、学生への経済的支援を行うものである。この新制度の創設により、日本学生支援機構の給付型奨学金の受給学生数(給付人数)は、2019年度の3万6577人から、2020年度に27万6870人に拡大している(日本学生支援機構『JASSO年報 令和2年度版』)。また、新制度の効果検証も進められており、低所得層の進学促進に一定の効果があったことが指摘されている(小林雅之・濱中義隆「修学支援新制度の効果検証」『桜美林大学研究紀要 総合人間科学研究』第2号、2022年、52―68頁)。
 他方、この新制度に対しては、制度創設時から、後述の「機関要件」が設定されたことに対する批判や支援対象となる学生の範囲のあり方などの制度上の課題や、周知が十分ではないという運用上の課題などが指摘されてきた。新制度には様々な論点があるが、本稿では、新制度に組み込まれている情報公開の仕組みとその現状を取り上げることとしたい。
 新制度のこれまでの奨学金制度と異なる特徴は、周知の通り、対象となる学生の要件だけでなく、対象となる機関の要件も法令で定められていることである。具体的には、各機関がその条件を満たしていることを文部科学大臣等(修学支援法7条1項により、機関の設置者・学校種により確認者は異なる)が「確認」する手続きが制度内に組み入れられていることにある(機関要件の確認)。この機関要件の確認は、「大学等における修学の支援に関する法律施行規則(以下、施行規則)」によって、すでに過去に確認を受けた機関においても、「更新確認」として、各機関の設置者は毎年6月末までに、文部科学大臣等に必要事項記載した「更新確認申請書」を提出することが必要とされている。更新確認申請書の必要事項は、確認申請書に記載した事項についての直近の情報と前年度の授業料等減免対象者及び給付奨学生の数、授業料等減免対象者としての認定の取消しを受けた者、給付奨学生認定の取消しを受けた者の数等の情報として定められており(施行規則5条3項)、その提出書式は、更新確認申請書として、施行規則において様式(様式第1号、第2号の1から4)が指定されている。そして、この様式2号の1から4の内容は、各機関がインターネットの利用により公表することとされている(施行規則7条2項)。つまり、新制度の対象となる機関は、法令要件として、指定された共通情報を、共通書式により、インターネットを通じて公開することが定められている。このことについて文部科学省は、「高等教育の修学支援新制度に係る質問と回答(Q&A)」の資料17において、「学生・保護者を含め、制度の運用状況に関して社会への説明責任を果し、制度の適正性を確保するため、各大学等ごとに支援の状況を公表する」とその趣旨・目的を説明している。
 この情報公開の制度枠組みの観点から、新制度の経過を見ると、2020年度(制度初年度)の学生に対する支援を対象とした機関要件の確認手続きが2019年度中に行われた。そのため、2020年度以降は、すでに前年度に確認を受けた機関は「更新確認」の対象となった。そして、2020年度より新制度が実施されたことから、2021年度に行われた更新確認においては、前年度である制度初年度の2020年度の支援対象者の数等の情報を含む「様式2号の4(別紙)」(以下、別紙)が、各機関の更新確認申請書に含まれることとなった。
 このような制度構造を背景に、筆者は、2022年3月から5月にかけて、各機関の公開する2021年度の更新確認申請書を網羅的に収集することを試みた。具体的には、文部科学省の公表する「高等教育の修学支援新制度の対象機関リスト(全機関要件確認者の公表情報とりまとめ)」に掲載されている全3154機関(2022年2月25日時点)を対象に、全ての大学・短大・高専・専門学校のウェブサイトにアクセスし、各機関が公表している2021年度分の更新確認申請書又は確認申請書を収集した。各機関の公表情報から、新制度による支援実態を明らかにすることを目的に取り組んだ作業であった。しかしながら、この資料収集を進めるなかで、指定様式による情報公開が法令要件とされていても、2021年度の更新確認書をウェブサイトで掲載していない機関もあることが明らかになった。特に、(別紙)として「前年度の授業料等減免対象者及び給付奨学生の数等」の情報をウェブサイトに掲載していない機関が少なくなかった。その結果を示したものが「表1 2021年度「更新確認申請書」公表状況」である(なお、全体の合計数は、3154機関から2022年度新設校を除いた3149機関となっている)。
 「別紙」を含む、法令の指定様式の全ての内容がウェブサイトに掲載されている機関は1777機関、全体の56・4%であり、4割以上の機関で情報公開が適切に果たされていない状況であった。未掲載の機関の内訳をみると、学校類型では専門学校の掲載率が相対的に低く、設置形態では公立の掲載率が低い傾向がみられた(専門学校では国立の掲載が著しく低い)。未掲載の状況の内訳をみると、21年度の更新確認申請書は掲載しているが「別紙」の掲載がない「別紙なし」が全体の3割となっていた。「別紙」は、前年度の在籍学生の受給実態を示す内容であり、21年度から公開対象に含まれたものである。未掲載の機関は、この「別紙」の掲載・公表の必要性を失念、錯誤しているのか、また、「別紙」という名称から公開の必要性のないものと判断したのか、在籍学生の受給実態を示す情報を公開することを忌避したのか、その理由はわからない。しかし、看過できない状況といえる。他方、設置形態により公開状況に差があることの背景には、確認者が異なることが要因として推察できる。修学支援法では、表2のように、学校種と設置形態によって異なる確認主体が指定されており(修学支援法7条1項)、表1から文部科学大臣が確認者である対象機関とそれ以外では、公開状況に差がみられるためである。また、確認者の違いの影響は、次のような例からも推察できる。私立専門学校の確認主体は各都道府県知事であるが、情報公開状況を都道府県別にみると大きな差がみられたためである。ある県では私立専門学校の9割が別紙を含めた情報を公開していたが、別のある県では別紙を掲載している学校は0校であった。また、同一法人の運営する専門学校であっても、学校設置場所(都道府県)によって公開状況が異なるケースも複数みられた。
 他方、更新確認申請書を公開している機関には問題がない、というわけでもない。各機関のウェブサイト上の公表場所は、不統一で、多様である。多くの機関は、「情報公開」の一部として更新確認申請書を掲載していたが、学生支援・奨学金制度の説明箇所で掲載する機関もみられた。また、学校のウェブサイトで公開するケースもあれば、法人(設置者)ウェブサイトで公表しているケースもみられた。掲載時の資料名称も、「○年申請書」「機関要件申請書」など機関によって異なっていた。そして、単年度分のみを公開している機関もあれば、過去分も整理して掲載している機関もみられた。要するに、機関によって対応状況がばらばらなのである。また、これは施行規則の書式の問題ではあるが、施行規則で指定された様式には、対象年の記入箇所がないため、その書式のみをそのまま載せている機関では、資料をみただけではいつの情報かがわからないケースもみられた(特に、単年度分しか載せていない機関において)。このような状況は、指定様式に沿って公開している機関にとっては必要最低限の義務を果たしているということになるが、全体としてみると情報公開の制度趣旨の観点からは課題が多いと言わざるを得ない。
 新制度は、政府全体の政策として政治的・社会的に注目度も高い。法令要件である情報公開が十全に実現されていない状況は、新制度の制度運営の信頼を毀損するとともに、高等教育全体の社会的信頼にも影響しかねない。本稿執筆時(2022年7月末)には、2022年度の更新確認申請書の提出期限も経過し、各機関は新年度分の情報公開を進めている。それにあわせて過去分の掲載情報を整備する機関もみられる。この制度の情報公開の状況が高等教育機関に対する新たな規制や要請の口実とされないように、各機関のみならず、大学団体等の関連団体による自主的な対応が望まれる。