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アルカディア学報

No.727

私立大学の運営方策
日本と韓国の理事長対談から

研究員 尹敬勲(流通経済大学教授)/坂下景子(私学高等教育研究所)

 コロナが急激に広がる中、韓国の漢陽大学校の金鐘亮(キム・ジョンヤン)理事長と日本の大阪商業大学の谷岡一郎理事長・学長の対談がオンラインで行われた。今回の対談は、学生の確保に困難な状況が続いている私立大学の生き残り策として収益事業に対する2人の理事長の見解などを伺うことが趣旨であった。それでは、2人の理事長がどのような話を行ったのか詳しく見てみよう。
 学齢人口の減少により大学の定員を確保するのが困難な中、授業料収入に依存する大学の収益構造は崩壊しつつある。特に、韓国の私立大学は、半額授業料政策が10年間実施されており、入学金の徴収も禁止されている。また政府の評価に基づく「大学のリストラ」が進むことで、より厳しい状況に直面している。このような状況の中、漢陽大学校はどのようにこの危機に対処しているのだろうか。
 漢陽大学校の場合、ホテル、証券、病院など多様な分野ですでに収益事業を展開している。そして、最近の収益事業の動向を見ると、コロナ禍において証券事業、医療事業(病院)などは成果を上げているが、ホテルは休業状態に陥っている。このように漢陽大学校の収益事業は業種により明暗が分かれるものの、多様な形態を展開しているが、まだ大学の収益の最も大きな割合を占めているのは学生の授業料収入である。では、漢陽大学校は半額授業料政策等の展開と学齢人口が減少する中、どのように授業料収入を確保しているのだろうか。
 漢陽大学校が選んだ方法は外国人留学生を多く誘致することであった。韓国の場合、外国人留学生は入学定員の枠に含まれていない。つまり、定員の上限がないということを意味する。そのため、漢陽大学校は外国人留学生を誘致する上で海外大学との提携を進めながら、韓国文化及び産学連携に基盤を置いた多様な短期プログラムを用意し、外国人留学生を多く確保することに成功した。
 そのほかの収益を生み出す方法として漢陽大学校が選んだ道は、長期的な投資の視点から学内スタートアップ企業の育成に力を注いだことである。漢陽大学校は産学連携事業を通じて学生たちの起業を促し、大学自らがエンジェル投資家としての役割を担い、学生主導のスタートアップ企業への投資を行っている。さらに、漢陽大学校は、大学のキャンパス内に地下鉄駅があるという地理的利点を活用して、キャンパスの施設を貸す事業を行い収益を確保している。
 一方、大阪商業大学はどのような収益事業を展開しているのだろうか。大阪商業大学も漢陽大学校と同じくホテルを経営している。また、同学校法人傘下の神戸芸術工科大学においてはアニメ制作関連会社を設けている。特に、大阪商業大学の収益事業の中で最近注目されているのは、コロナ禍のなかインバウンドの観光客が減っているホテルの一部を大学の女子寮及び貸し会議室として運営していることである。特に、ホテルを女子寮とすることは厳しい状況にある収益事業のビジネスモデルを変え、ホテルの付加価値を高めている。
 一見、コロナ禍という状況においても収益事業を順調に進めているように見える両大学だが、金理事長と谷岡理事長の対談の中で収益事業をめぐる環境が日本と韓国の間に違いがあることが明らかになった。詳しくいえば、日本の場合、私立大学が収益事業を推進することはあまり望ましく思われない風潮があるということだ。特に、最近発生したある私立大学の学校法人の理事長の不祥事によって、大学の収益事業に対する社会の目は厳しくなっており、収益事業を積極的に展開することをさらに難しくしている。一方、韓国の場合、大学への公的な経常費補助金がほとんど出ていないこともあり、産学連携や起業を促す政策によって、大学が産学連携に基づく収益事業を展開することに関しては社会的に歓迎する雰囲気である。
 但し、日本と韓国の両国の大学が共に収益事業を展開する上で困難な要素として挙げているのは、大学内部の構成員の収益事業の必要性に関する共感が得られていないことである。つまり、収益事業を展開しようとしても、大学構成員の中で、大学がお金儲けに走ることへ反感を抱くケースが多く見られるからである。このように大学内部での収益事業に関する共感を得ることが困難な中、両理事長は収益事業を展開しながら、まずできることから進めていくという姿勢で、学部学科組織の再編を推進している。
 大阪商業大学の場合、学部学科再編の1つとして「公共学部」を設立した。谷岡理事長は、公共学部を設立した理由としてスポーツに専念してきた学生の働き先を確保するために、地域社会と連携した学部づくりをしたという。つまり、大学運営において、大学が地域社会と共存する道を模索することが、大学の使命でもあり、厳しい状況だからこそ大学の役割を果たすことが重要であると判断したからである。
 一方、漢陽大学校は学部学科を再編する中で、第4次産業革命時代に注目されている学科を集めて「ダイヤモンド7学科」と名づけ、集中的な投資を進めている。漢陽大学校が力を入れているダイヤモンド7学科とは、融合電子工学科、エネルギー工学科、未来自動車工学科、コンピュータソフトウェア学科、政策学科、行政学科、ファイナンス経営学科である。それでは、漢陽大学校は、ダイヤモンド7学科に対してどのような投資を行っているのだろうか。漢陽大学校は、単に研究費と運営費の支援の枠を超え、7学科のほぼすべての学生に奨学金を支給している。大学の重要な使命が時代の変化に対応する人材を育成という側面からみた時、未来を担う学科への積極的投資は重要であると判断したからである。
 最後に、金理事長は、コロナ禍の中で漢陽大学校が力を入れている分野について説明した。漢陽大学校が力を入れている分野とは、大学間の連携に基づくオンライン教育に基盤を置いた「共有大学(Sharing University)」である。元々、漢陽大学校は「漢陽サイバー大学」を設置し、10年以上前からオンライン授業を展開してきた。実際、生涯学習や働く人々を中心に漢陽サイバー大学に在学する人が多かったため、漢陽サイバー大学は順調に収益を上げていた。そんな中、コロナウイルス感染症が蔓延したことで大学授業が対面から非対面に変わったとき、漢陽サイバー大学のノウハウはオンライン授業においても質の良いコンテンツを提供することを可能にした。加えて、私立大学が手をつないだ「共有大学(Sharing University)」というフラットフォームの活用がある。これは、大学がそれぞれ自負する良いオンライン講義を1つずつ出し合うことから始まったのだが、参加大学の学生に良いオンラインコンテンツを提供するものであり、新たな収入源として期待されている。すでに、漢陽大学校の共有大学は、韓国の46の大学とコンソーシアム協定を結んで約3万人の学生に講義を提供しており、特に、兵役で大学を休学している人々が軍服務中にも単位取得ができるため利用が増加している。これにより授業料収入が年々増えている状況である。
 一方、大阪商業大学は新聞社と連携し、起業家育成を促す高校生のビジネスアイデアコンテストを開催する産学連携プログラムを推進し、大学のブランド力の向上を図っている。この取り組みは大学の事業を展開するときに大学のブランドを活かすことができるので、事業の拡大の土台を作る上で重要な意味がある。
 両大学の理事長は私立大学がこれから生き延びるためには、外部との協力が避けられない時代を迎えているという共通認識を示しつつ、国の枠を超えて日本と韓国の私立大学が共有大学を実現させていくことができるという期待を示していた。実際、英語などの外国語をはじめとする共通科目の場合は、互いに質の良いオンライン授業のコンテンツを共有することでグローバルな授業を体験できると考えていたのである。
 厳しい状況の中、漢陽大学校と大阪商業大学はなぜ守りに入ることなく、収益事業に積極的な姿勢を示しながら前向きに大学運営を進めているのだろうか。それは、先代から受け継がれている大学をどんな状況でも発展させたいという強い意志の表れだと思う。日本もそうだが、韓国では大学設立者の2代目、3代目になると世間的に否定的な目で見られる傾向がある。そのような厳しい批判の視点を納得の視点に変えるには、建学の精神に基づくリーダーシップで大学のための厳しい決断を下していく必要がある。経営学者のドラッカーも話しているが、危機を乗り越えて成長するには、経営者が同族か、世襲か、という問題ではない。個人が組織のためにどう貢献するかが大事であると述べている。その意味で、両理事長の大学経営は、個を超え、大学という組織に全てを捧げている経営の哲学に基づいているからこそ、危機的状況でも大学が成長し続けられる土台を築いているからだと思われる。