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アルカディア学報

No.720

評議員会は単なる諮問機関か
ガバナンス現況調査から

小林武夫(学校法人産業能率大学元理事)

 評議員会は単に意見を聞くだけの存在なのだろうか。私学高等教育研究所の「私立大学のガバナンスに関する現況調査」(以下、今回調査)は、現行私立学校法(以下、私学法)のもと私立大学(以下、私大)が様々な取り組みを行っていることを明らかにしており、諮問機関とされる評議員会だが、実は経営の実務に深くかかわっていることを垣間見せている。
 今回調査の背景には、昨年文部科学省に設置され年末に意見書を公表した、学校法人ガバナンス改革会議の現状を見ようともしない性急な議論への強い危機感が根底にあり、私大ガバナンスの実状を調査分析しようと実施された。調査結果は、私大ガバナンスの多様性の実相を明らかにする一歩を私大自ら踏み出すことになったことを示している。外部からは見えにくいとされる私立大学のガバナンス。現在では組織の根本規則である寄附行為や理事及び監事の名簿は開示が義務化されて、各私大のホームページで容易に確認することができる。しかし、それら以外の開示は義務ではなく、特にガバナンスが実際どのように動いているのかについては、依然として見えにくいことに変わりはないようであり、今回調査の意義は大きい。
 私大を設置する学校法人には、意思決定機関としての理事会と諮問機関とされる評議員会の二つの重要な会議体が意思決定機構を構成している。しかし、これらの会議がどのように運営されているのか、すなわち開催頻度はどのくらいか、出席率はどうなっているのか、何が議論されているのかなどは、学外からなかなか窺い知れるところではなかった。ところが、今回調査では全622私大を調査対象とし、その4分の3近くの451私大から真摯な回答を得て、これまであまり知られることがなかった実態にまで迫ることとなった。その結果、各私大にとってはこれまでとは違って私大全体の状況と比較しながら、自らのあり方を相対的に捉えることができるようになったのである。
 会議の開催回数をみると、理事会が年10回ほど、評議員会はその半分の年6回ほどである。出席率は、委任状出席を含まない実出席者のみをカウント対象としており、理事会が平均9割、評議員会が8割ほどと相当に高い。理事会は構成する理事の内6割が常勤者であるため高い出席率は当然のようにも思えるが、評議員は半分を学外者が占めるにもかかわらず出席率は理事会にそれほど劣っていない。なお、昨年、オンラインの会議活用が文部科学省により正式に認められ、これが出席のための負担軽減につながることが期待されることもあり、更に多くの実出席者を得て、より広く意見を聞くことに努めることが求められよう。
 では、何が議論されているのだろうか。今回調査で意義深いことの一つは、「理事会と評議員会の審議事項で、実際に2020年度に個別議案として報告、審議、修正した事項すべてをご回答ください」と制度上の報告事項や審議事項ではなく、実際に会議で報告、審議、修正したことを問うていることである。理事会には延べ7000件に近い事項が付され、評議員会は5000件余りとなっている(図表1)。
 設問には予算及び事業計画から入学状況等まで24項目が挙げられており、これを私学法において評議員会への諮問事項として定められている法定諮問事項(予算及び事業計画、中期的な計画、借入金、役員報酬、寄附行為の変更、合併、解散、収益事業・附属事業・関連事業、決算・事業実績の報告の9項目)、法定諮問事項ではないが重要な事項(寄付金募集、役員(理事・監事)の選・解任、評議員の選・解任、所轄庁等への認可申請・届出関係、法人・学校組織の新設改廃、教職員の人事管理・給与等の雇用条件、学内規程の制定・改廃、リスク管理・訴訟対応等、財政状況・資金運用等、校地・施設設備の更新・充実計画の10項目)、日常的経営事項(設置校の関連事項、報告審議された教育活動、報告審議された研究活動、報告審議された地域連携・交流事業、入学状況等の5項目)と3分類にしてみると、会議に付されたのは理事会では法定諮問事項以外の重要事項が最も多く、評議員会では法定諮問事項が最も多いなどの違いがある(図表2)。
 ここでは、会議に付された割合は小さいのであるけれども、あえて日常的経営事項に注目したい。日常的経営事項は、評議員会諮問事項として決まっているものではなく、また理事会の意思決定のチェックというような牽制を効かせようというものでもない。
 たとえば設置校の関連事項や入学状況等というように包括的であり、具体的にどのような議案なのかをみなければその重要性は測りかねるものである。そこには実際に起こっている様々な事象や問題が含まれており、当該私大に係る情報が豊富に存在する。決まりきった重要事項よりも、生きている現実の中で起きているものについて、検討したり、何らかの判断を行うという意味で、経営においてなくてはならない営みとみることができる。
 そのようにみると、これこそが実際の経営ではないかとさえ思えてくる。ちなみに議案の修正がどれくらいあったのかをみると、ここでは紙幅の関係から結論だけを述べるけれども、法定諮問事項では理事会4・5%、評議員会4・1%、法定事項以外の重要事項では理事会2・4%、評議員会2・3%、日常的経営事項では理事会3・0%、評議員会4・3%と全体として修正率はそれほど高くはないものの、日常的経営事項においてのみ評議員会は理事会と比べてかなり多くの修正が行われたことが見て取れる。
 評議員会は諮問機関とされているが、私学法第43条には役員に対して意見を述べることや役員から報告を徴することができるなどの権限が規定され、また第38条では監事選任に際しての同意権が定められるなど、単に意見を聞くだけの存在に過ぎないとは思われないのである。
 その評議員会が、日常的経営事項という私大経営実務の深部にわたる事項について議論し、相応の議案の修正を果たすというような実態の一端が垣間見えるのが今回調査の結果と言える。
 このように、法令は当然に遵守しながら更に制度を自ら活用して大学経営を行う私大の姿がよく反映されていると思われ、理事会と評議員会の運営に限らず私学人には是非とも参考にしていただきたいところである。詳しくは次のURLを参照されたい。
 https://www.shidaikyo.or.jp/riihe/book/(私学高等教育研究叢書『ガバナンス改革の行方』)