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アルカディア学報

No.707

私立大学を巡る動向と諸課題 (下)

主幹 西井泰彦

 この方向性の背景には、地方における18歳人口の減少が予想される中で、地域の進学予想者数を越えて過大に設置されている私立大学における同種の学部を統合し、集まらない学部を整理するために学部の譲渡を容易にする意図がある。国立大学を中心として国公私の教育研究活動を協同化することで、国立大学の文系又は理系の資源を有効活用して、私立大学の整理統合を進めようとしているとも見られる。

○連携の困難性
 しかし、この方策を円滑に実現することは極めて困難である。各地域において定員割れを起こしている私立大学の学部等をそのまま受け入れる大学はありえない。競合関係にある私学間においては、建学の理念を異にする競合校に屈服し、自大学の整理につながる連携には踏み込むことは非常に困難である。
 加えて、国公立大学間の統合はまだしも、私立大学と国立大学では、組織運営、人事給与、教育体制、財務条件などの格差や相違が厳然としてある。連携した場合の国私の負担割合について、国費が多く投入される国立大学とは異なる私学には厳しい。連携する場合の費用負担の調整も必要である。経営面、財政面での連携は容易ではない。確かに、私立大学間の学部譲渡や国公私間の連携の事例は一部には見られる。しかし今後、経営困難が進行すると予想される地域において、私立大学間や国公私間で真に有効な連携と整理を実行するために克服すべき経営管理上の課題は少なくない。

○連携への条件整備
 地域の高等教育機関の整理に際して重要なことは、各私学がその必要性を認識することであり、取組みをリードする主体を形成することである。利害が相反する場合には外部の公正な仲介者やアドバイザーも必要となる。国の適切な支援やチェックも求められる。地方自治体や経済界の関係者が中立的な立場から参画することが望ましい。そのためにも、平時から地域の関係団体やメンバーが私立大学の経営管理や教育研究活動に適切にコミットしつつ、人的交流を活発化させ、整理統合に際して可能な限り協力する体制を構築することが肝要である。

○地域貢献と国立定員増
 地域において私立大学は様々なニーズに応え、地域に残る人材を供給している。地域の知的基盤を充実させなければ地域創生も実現できない。最近、地方国立大学の定員増が計画されているが、これは、先の中教審のグランドデザイン答申で提起された地域ごとの18歳人口の減少を踏まえた高等教育機関の規模と再配置の方向性と逆行するものである。国立大学の学生の地元への定着率はそれほど高くなく、地域の人材の供給は中間層を含めて地元の私立大学と短大及び公立大学が大部分を担っている。国立大学中心の拡張では、地域の多様な高等教育機会を提供して知的水準を向上させるためには十分な成果を上げることにはならない。

3.私学の未来

 Q.日本の私立大学は2006年以降約4割、2016年以降約3割が入学定員未充足校であるが、これから大学経営等の未来をどう考えるか。

○大学全入と定員割れ
 確かに、日本の私立大学の定員割れは3割から4割もある。大学を選ばなければどこかの大学には入学が可能であり、「大学全入時代」とも言われている。しかし、これは大都市圏の大規模大学等の定員超過によって二極化が生じたためである。全私立大学の大学定員充足率の平均は、2020年度においても102.6%であり、一部の定員超過をある程度抑えれば、定員未充足は生じなくなる。
 過去、文部科学省は、1992年の2回目の18歳人口の急増期に向けて、私立大学の入学定員を一時的に増加させる方策(臨時定員増)を1986~2004年度にかけて実施した。途中で、臨時的な定員の半分を2000年度以降に恒常化した。この結果、学生を確保できない定員割れの大学が更に増加し、二極化を激化させることになった。

○定員の見直し
 私立大学においては、極めて困難な認可申請を通じて確保した入学定員については、定員が一部割れても、定員縮小又は募集停止等をすることを避ける傾向がある。定員減は届出で可能だが、定員増は認可申請が必要であり、定員の振替によって学部等の改組の届出が比較的容易にできるためでもある。しかし、どうしても回復困難な場合には定員減を選択することになる。事実、最近では定員を減らす私立大学や短期大学が少なくない。このため、少子化の激化につれて定員割れが増大して進行する訳ではない。

○定員割れの再増加
 一方では、最近では、(図3)のとおり、大手私大の既存学部の入学定員超過率について、設置認可上では1.05未満、補助金交付上では1.10倍未満になるように、2016年度から2019年度まで段階的に定員管理が厳格化された。この結果、2015年に579校中250校、43.2%の割合の大学が定員割れとなっていたが、最新の2020年度では593校中184校で、36.1%の割合が定員割れとなり、一見改善されている(図4)。しかし、この定員管理の厳格化の措置は2019年度で終了しており、1.05倍未満に抑えた大手大学では今後定員増又は学部学科増を申請することが可能となる。入学者確保の競争と二極化が激しくなることは必至である。
 今後は、18歳人口が更に減少する中で、大学への高校卒業者の大学志願率がそれほど上昇せず、また、社会人や留学生の進学が増加しなければ、大学への入学者は減少せざるを得ない。定員超過校の超過幅は縮小するとともに、定員割れとなる大学が再び増加すると予想される。

○学生減少と財政悪化
 入学者が減少すれば、学生総数も漸減する。私立大学の財政は、学生からの納付金が大学の事業活動収入の7割前後の割合を占めている。国の補助金が出ているものの、国立大学とは学費1人当たり平均で13倍もの格差がある。国立大学の学費は一律であるため、私立大学の医学部などの理系の学費はさらに開きが生じている。学生数が増えない以上、納付金の単価を上げなければ収入は減少する。一方の支出面では、教員及び職員の人件費、教育研究経費等の物件費が大部分を占めており、その他、施設設備の維持更新、借入金返済などの支出もある。大学の施設設備費は、全額国費で支弁される国立大学に比べ、私立大学では「設置者負担主義」によって学校法人自らが負担しなければならない。これらの支出総額を収入の範囲に抑えなければ、収支は確実に悪化する。各学校部門を設置する学校法人全体には、過去からの蓄積もあるが、収支のマイナスが続けばいずれ財政的にも困窮し、大学の永続的な発展充実は出来なくなる。あらゆる収入の増加と支出の抑制の努力が不可欠となる。これまでの拡大志向を転換し、大学の諸活動を縮小しつつ均衡させ、コンパクト化を図ることが経営の優先課題となるだろう。

○高校・幼稚園の先行例
 参考までに、少子化の関連で、私立の高校と幼稚園の過去の動向を補足する。高校は15歳入学なので、大学の3年ほど前に少子化が始まった。幼稚園は更に前で12年前であった。少子化の波はそれぞれ先行して襲ってきた。私立高校においても、私立幼稚園においても、生徒や園児のピーク後の減少期には収入が伸び悩んだ。支出の抑制が困難であるため、収支差額の比率が10%以上も落ち込んで余裕を失った。今ではわずかな収支差額で施設や設備を維持しなければならなくなってきている。
 私立高校の平均生徒数の人数はピーク時から3割から4割ほど減った。一校平均が1223人から2020年度には770人弱と、63%程度に縮小している。しかし、全国の私立高校数は1989年度には1311校、現在は1326校と、殆んど変わりがない。高校が3割以上も潰れた訳ではない。私立幼稚園も園児数が3割ほど減っているが、それほど廃園してはいない。ただし、最近では、こども園への移行が顕著となっている。

○縮小均衡への課題
 つまり、少子化が進行する中では収支も悪化するが、縮小均衡することによって生き残ることが可能ということを示している。収入を越える支出が生じた場合には蓄えがあれば一時的に補填することができるが、蓄えがなくなると収入の範囲に支出を強制的に抑えざるを得なくなる。このコントロールができなければ私学経営は永続できず、破綻することになる。寒冷期においてはエネルギー消費を抑えることが、生き物である私立学校にとっての今後の重要な課題となる。
(おわり)