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アルカディア学報

No.706

私立大学を巡る動向と諸課題 (上)

主幹 西井泰彦

 少子化と都市集中が止まらない中、私立大学を巡る情勢は厳しい局面を迎えている。ここでは、韓国中央日報社から、日本の私立大学の動向についての質問を受けたので、その回答を整理して、私立大学の現状と今後の方向性について課題を提起したい。

1.私立学校の増加

 Q.日本は少子化が予想される中、私立大学が1955年122校から92年384校、2015年604校まで増えた。その背景を伺いたい。

○進学ニーズの増大
 日本の大学進学年齢である18歳人口は、1966年度の249万人と1992年度205万人の2度のピークとその間の増減をたどっている。近年は120万人を割り込む状況となった。
一方で、大学や短期大学に進学を希望する人数は継続的に増加し、1955年度の17万人から2015年度の68万人ほどとなっている。進学率は10.1%から56.5%までに上昇している。
 戦後の日本の経済成長による国民所得の増大と根強い進学志向によって、中等教育から高等教育への進学率が上昇し、国民の進学要求や女子の進学ニーズに私立大学と私立短期大学が積極的に対応して、大学学部等の設置と規模の拡張を行った。学部学科を多様化するとともに、収容規模を拡大し、私学の比重を増大させてきたのがこれまでの基本的な動向といえる。

○私学の代替
 加えて、国の高等教育政策においても、大学進学人口の拡大期には私学を調整池として活用し、国立大学新増設の負担増を避けた。私学の拡張により、国の予算を最小限として、学生と学生の親の私費負担と私立大学の自己責任(設置者負担主義)に依存することになった。

○大学の増減
 過去の私立大学数の増加は、それぞれの時期における要因によって必ずしも一律ではない。図1に見られる1963~1968年度の急増は、第1次ベビーブームの進学需要を受けた私立大学の新設ラッシュである。第2次の1992年度前後の大学数の増加はそれほどでもない。次に、大学数の2桁の増加を示したのは1998~2007年度にかけてであった。新設校の内容を見ると、短期大学や専門学校の4年制大学への変更が多く、小規模な大学が多く設置された。
 この間の短期大学の増減に注目すると(図2)、2002~2008年度にかけて、毎年10校から15校前後ずつ減少している。1997年の595校から2015年には346校と実に250校近く減少している。そのうち120校前後が4年制大学や大学の学部に昇格したと見られる。
 私立大学数は1992年の384校から2015年の604校と220校も増加した。その半分程度が短期大学からの移行で、全くの新設は100校前後となっている。その多くは、時代や社会のニーズに合わせた看護・保健系、医療福祉系、こども・教育系、心理系、経営・ビジネス系、情報・メディア系、国際系、学際・総合系などの系統の大学新設である。専門学校の昇格、大学院大学の設置なども含まれている。

○自由化と競争環境
 2004年度以降の新自由主義による小泉改革の進行の中で、高等教育政策においても自由化と競争原理が導入された。この時期には、競争的な資金配分、設置基準の準則化、機関認証評価の開始、情報公開の推進、国立大学の法人化、私立学校法改正による管理運営の改善など、総合的な大学政策が実行された。法令違反などの問題のある私立大学等に対する教学面及び経営面における所轄庁の権限強化も順次進められた。
 このように大学設置認可の基準が大幅に緩和され、大学設置が容易となり、少子化が進行する中で大学数が増加した。新規参入を抑制することによって既成大学を保護するのでなく、新規参入を進めることで相互の競争を激化させ、時代や社会変化に適用しない大学の変革を求めたのである。時代の動きに機敏な新設大学を加えた「椅子取りゲーム」をすることによって、保守的な大学の淘汰が加速されることになる。定員割れを起こして経営困難に至った私立大学が高等教育市場から自ら退場する環境を作る方が、募集停止命令等の強硬手段をとることによる国の責任や負担が低減されることとなる。国の護送船団方式による保護政策でなく、私立大学に自己責任と優勝劣敗を求める高等教育政策とみなすことが出来る。私立大学数の増加は、このような規制緩和による市場整理の戦略の結果であると考えられる。

2.地方創生と諸政策

 Q.大学定員厳格化、東京23区の大学新設猶予、学部譲渡、大学等連携推進法人をはじめとする政策を地方創生側面でどう評価するか。

○定員超過抑制の影響
 大学の定員厳格化の政策については、①補助金不交付となる定員超過率の引下げ、②認可申請の基準となる既設学部等の平均定員超過率の引き下げ、③東京23区の定員規制の3つの方策を内容としている。この政策の私立大学の経営に対する影響について、本研究所は2019年度に私立大学にアンケート調査を行った。分析結果を叢書として2020年10月に刊行し、本研究所ウェブサイトで公表している(参照私学高等教育研究叢書「高等教育政策と私立大学の財務」)。
 この中で、定員管理の厳格化について、「大きく肯定的な影響」と「やや肯定的な影響」があると答えた私立大学は132校(41.4%)、「大きく否定的な影響」と「やや否定的な影響」があると答えた大学は91校(28.6%)であった。一方で、東京都23区の定員規制に関しては、「大きく肯定的な影響」と「やや肯定的な影響」が114校(36.1%)、「大きく否定的な影響」と「やや否定的な影響」は30校(9.5%)に留まった。東京都に所在する大学では52校中の22校の42%の大学が否定的な評価を行っている。東京都以外の首都圏3県では否定的な評価は36校中6校と少ない。その他の地域の231校の大学にあっては、否定的な評価は63校で27%の割合、肯定的な評価は96校で42%の割合を占めている。東京都以外に所在する大学では肯定的な評価が多いことに注目される。

○志願動向の変化
 関連して、私学事業団の2019年度の入学志願動向調査によれば、東京都に所在する大規模大学(収容定員8千人以上25校)の入学定員充足率は、2015年度の110.7%から99.8%に下降している。小規模大学(収容定員4千人未満62校)では101.6%から108.8%に上昇している。東京都の大学においては定員充足率の動きに顕著な差異が生じたことが分かる(参照:同書P48)。

○地方創生の成果と限界
 以上のとおり、東京都以外の地域では比較的その効果を肯定的にとらえており、その意味で、定員管理の厳格化政策は地方創生に一定の効果があった。ただし、定員割れ改善の直接の恩恵を受けたのは東京近県などの大都市圏の中小規模の私立大学が多い。地方の大学全体の学生確保に直接プラスに影響した訳ではなく、地域自体の創生に大きく寄与したとは言えない。近年の経済状況の悪化とコロナ禍によって大都市に進学する学生が減少していることは否めないが、地方創生政策の成果と短絡的に結びつけることはできない。

○学部譲渡と大学連携
 次に、学部譲渡、大学等連携推進法人をはじめとする政策が地方創生に及ぼす効果についてである。2018年11月の中央教育審議会の「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」では、18歳人口の減少を踏まえた高等教育機関の規模や地域配置に関して、地域ごとの高等教育機関への進学者数とそれを踏まえた規模への縮小整理が提起された。地域における将来像の議論や具体的な連携・交流等の方策について議論するスキームとして「地域連携プラットフォーム(仮称)」を設置して、国公私の役割や地域における高等教育の在り方を再構築することがテーマとなり、大学等連携推進法人制度の導入などが示された。
(つづく)