加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.705

大学の組織開発(3)
―大学を機能する組織とするためには

研究員 岩田雅明(新島学園短期大学学長)

貢献意欲を持つためには

 組織が備えるべき要素の2つ目は、組織に対して貢献したいという意欲を持った人の集まりだということである。貢献意欲のある状態とは、構成員が組織の成果を上げるために、やる気を持って働いているという状態のことである。では、やる気とはどこから生じてくるのだろうか。私の仮説としては、やる気、意欲は欲求が満たされるときに生じると考えている。
 アメリカの心理学者A・マズローが提唱した「欲求5段階説」というものがある。欲求には階層があり、低次の欲求が相当程度に満たされると次の欲求が生じてくるというものである。これによれば、まだ相当程度には満たされていない欲求が満たされるときに、意欲は生じるということになる。今、我が国の組織においての欲求充足状況は、どのようなものであろうか。
 食べる、水分や睡眠をとるといった生命を維持するための「生理的欲求」は、ほぼ満たされているといっていいと思う。次の安全に暮らしたいという「安全欲求」についても、程度の差はあるが、ほぼ満たされているといえる。3つ目の「所属の欲求」はどうであろうか。これについても、ほとんどの人が家庭を持ち、職場にも帰属していることを考えるならば、満たされていると考えていいと思う。
 問題は、4つ目以降の「承認の欲求」と「自己実現の欲求」についてである。「承認の欲求」とは、自分の存在や、自分のしていることを周りの人に認めてもらいたいという欲求である。そして「自己実現の欲求」とは、自分の使命を達成したい、夢をかなえたいという欲求である。この欲求は他の欲求と異なり、自分自身の努力によるところが大きいので、組織との関係で考える際には、組織が自己実現を支援しているかどうかということになる。
 前回、我が国の職場においては、組織の構成員と組織がお互いに相手のことを思いやるエンゲージメントの度合いが極めて低いと書いたが、それを測るための質問は、ほぼすべてがこの承認欲求と成長の支援に関するものなのである。したがって、エンゲージメントの度合いが低い我が国の職場においては、「承認の欲求」と「自己実現の欲求」は、あまり満たされていないと判断してもいいと思われる。

満たされていない欲求を満たす

 まずは「承認の欲求」について考えてみたい。この欲求が満たされない理由の1つとして、日本では昔から、感じていることを素直に口に出すことについて、あまり「良し」としない文化があることが挙げられる。「言わぬが花」とか、「阿吽の呼吸」などといった言葉が表しているように、口に出さないコミュニケーションの方を美徳とする傾向がある。これが日本人は何を考えているかわからないと、外国人から批判される所以でもある。
 したがって、職場で部下が優れた仕事をした場合であっても、心の中では褒めているが口には出さない、口に出さなくてもわかるだろうというコミュニケーションになってしまっているケースが少なくないのではないだろうか。しかし通常の関係であれば、口に出して褒められないということは、評価されていないと理解してしまうことになると思われる。また、給与を払っているのだから、やって当たり前、うまくできて当たり前ということで、働く人のモチベーションを高めるという意識が、経営陣に不足していたという事情も少なからずあると思われる。
 このような状況を改善し、構成員の意欲を引き出すためには、存在や行動を承認するメッセージの発信を心掛けることが大切である。適切な行動や成果に対しては、必ず評価すること、そしてその人の存在を認めることになる気遣いや声掛け、きちんとした挨拶といったことを、励行することである。きちんとした挨拶には、「あなたは私たちの大切な仲間ですよ」という、相手の存在を認めるメッセージが含まれているといわれている。また、情報の共有を漏れなく図るといったことも、存在を無視していないというメッセージとなることである。そしてこのような言動は、構成員の意欲向上といったことに加えて、職場の風土改善にも資することになるのである。
 「自己実現の欲求」を支援するという点については、どうであろうか。自己実現を支援するためには、構成員の成長を図ることが不可欠であり、成長を生み出す主な活動は、教育である。組織における教育には、OFF―JT(現場を離れて行う、研修など)とOJT(現場において業務を遂行しながら行われる教育・指導)の2つがあり、日本の組織ではOJTの比率が高いといわれている。評価制度が採用されている組織においてOJTが成り立つためには、部下を育てるという利他的な行動に対して、一定程度の評価が与えられることが必要であるが、目に見える形での成果のみが評価の対象となりやすいため、人を育てる仕組みに支障が出ている状況もある。
 人件費といわれているように、構成員の給与は経費とみられているケースが多いが、構成員の成長を図っていくためには、投資としてみるという発想の転換が必要である。構成員の働きぶりをきちんと把握し、その状況にあったチャレンジの機会を与えることで成長を支援していく。このような対応をしていくことで、構成員の満足度向上と組織の業績向上という、Win―Winの関係をつくっていくことが可能になると思う。

組織内のコミュニケーション

 組織におけるコミュニケーションには、三種類のものがあると考えている。最も多いものは、真面目に真面目な話をするというコミュニケーションである。これは大学でいえば、教授会や各種委員会といった会議の場でのコミュニケーションである。これは組織を動かしていくためには必要な話し合いの場であるので欠かすことはできないものであるが、定型的なテーマに関しては審議の合理化を図り、これ以上の時間を費やさないようにする工夫も求められる。
 2つ目は、気楽に気楽な話をするというコミュニケーションである。これは、飲み会での会話とか普段の雑談といったものである。これも職場の人間関係を良好にするためには欠かせないものであるので、適切な頻度、比率で行えるような状況を整えることが大切なこととなる。
 そして3つ目は、気楽に真面目な話をするというコミュニケーションである。私は、取り巻く環境の変化がますます厳しくなる大学組織において、これから最も重要になるのが、このコミュニケーションではないかと考えている。飲み会の席、雑談の場でも、これから我が大学はどうしたらいいのかといったことが話題になるような、そのようなコミュニケーションができる組織が強いと考えている。
 気楽に真面目な話をする組織となるためには、その大学の目指すべき姿が明確にされていて、それが教職員に共有されていること、そしてそのような姿を実現するためには、何をしたらいいのかといった問いが、教職員に常に与えられ続けているといった状態であることが求められることになる。これが、気楽に真面目な話のできるベースとなるのである
 これまで述べてきたことからわかるように、組織の3要素は、それぞれ独立したものではなく、それぞれが関連し合って組織を機能させているものである。つまり、どれが欠けても、組織としての機能を充分に果たせないことになってしまうのである。この3つの要素を、いつも備えていられる組織としていくことが組織開発の目的といえよう。
(おわり)