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アルカディア学報

No.701

ニューノーマルにおける高等教育のDX
~ミネルヴァ大学の「挑戦」

客員研究員 土持ゲーリー法一(京都情報大学院大学副学長・教授)

はじめに

 政府の教育再生実行会議は、2021年6月3日第12次提言「ポストコロナ期における新たな学びの在り方について」をまとめ、ニューノーマルにおける高等教育の新たな在り方を実現するため教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を主軸とした方策を提言した。高等教育段階においては、従来の定員管理を中心とした質保証の仕組みから、学生の学修成果によって質を保証する仕組みに転換するとした。これは量的評価から質的評価への「パラダイム転換」を示唆するものである。
 文部科学省も「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」で教育環境にデジタルを大胆に取り入れることで質の高い成績管理の仕組みや教育手法の開発を加速し、大学等におけるDXを迅速かつ強力に推進することでポストコロナ時代の学びにおいて質の向上の普及・定着を早急に図る必要があると述べている。すなわち、「学修者本位の学びの向上」を促進するための教育方法の具体化を促し、質の確保のための教授法の改善を促している。

高等教育におけるDX

 拙稿「戦後私立大学政策の検証と新たな単位制の展開」(日本私立大学協会附置私学高等教育研究所創立20周年記念『私立大学研究の到達点』(2021年3月)において、DXを活用した新たな単位制や、DXは3段階で起こることなどについて言及した。例えば、大学教育においては、オンライン講義やデジタル教科書はDXの第1段階である。これにコラボレーションのためのチャット機能やファイルの共同編集機能、成績の自動付与機能などが加わると第2段階に進む。さらに、「科目」が大学から切り離され、学生が複数大学から自由に科目を選択し、自分にオンリーワンの学位が取得できる仕組み(高等教育のアンバンドリング)ができたら第3段階である。DXを活用した新たな単位制を導入することで「マンネリ化」した大学の起死回生につながればと期待している。

DXとは何か

 DXという概念が未だ確立されず、一人歩きしているところもある。総務省は「現在」と「将来」を比較する上の図表で説明している。
 図表からも、デジタル化によってシームレスに「つながる」世界が明らかである。さらに「個」が中心に描かれている。これは文科省の「学修者本位」とも軌を一にする。このように「個」を起点に動くことが、教育の質の保証につながると考えられている。

何が大学教育を「ダメ」にしたか

 筆者は単位制の形骸化が大学教育の質を低下させ大学を「ダメ」にした、と本紙(令和3年1月13日号)『新制大学の終焉~大学はどこへ行こうとしているのか~』で述べた。単位制の危惧は、1949年の新制大学発足時の「ボタンの掛け違い」に端を発し、約70年の間に改善されることなく悪化の一途をたどった。
 対面授業でも単位制の基本となる教室外学修時間の確保が不十分なのに、オンライン授業では大丈夫なのか。先行き不透明である。問題は単位制についての理解が欠如していることにあると考えられる。旧制大学にはなかった単位制は、新制大学の花形として登場した。単位制「擬き」ものは散見されたが、従来の学年制に「付け足し」たに過ぎず、単位制の「混乱」を助長することにつながった。言うまでもなく、単位制は「講義」と「教室外学修(予習・復習)」から構成される。重要なのは、後者が前者の2倍の時間(ウエイト)で、単位は学生の「学習量」によって測定されることである。旧制大学では「講義」が中心で教室外学修は手薄であった。この点がアメリカと日本の大学教育の質の違いを決定づけていると筆者は考えている。
 すなわち、教室外学修時間をどのように確保するか。これは教員の頭痛の種であり、特効薬はない。原因は単位制と学年制が混同されているところにある。両者はまったく別もので、切り離して考えるべきである。

単位制の基本とは

 単位制は学生が移動しながら単位を履修することで学問の流動性を生み出すとのアイデアから派生した。したがって、単位制の基本は「選択科目」に、そのメリットは「互換性」にあると言うことができる。必要な選択科目を教室から教室へ、大学から大学へ、そして国から国へと渡り歩いて取得できるのが単位制の考えの「根底」にある。古今東西の学問の歴史を紐解けば、学者が知を求めて世界を放浪したことから明らかであるように、新たな発見や学びは外にあるとの考えが学問を普遍的なものにした。
 また、単位制は、汎用的能力を培う教養教育と密接なつながりがある。新制大学における単位制の「ボタンの掛け違い」は、アメリカのリベラルアーツ教育についての欠落から生じた。旧制高校の教養教育を新制大学に「統合」したとき、単位制の理念が十分理解されなかったのである。汎用的能力は、専門を「縦割り」で学ぶ専門課程では育ちにくいから、学問を「横断的」に学ぶ前期課程で培う必要がある。これはFDでも然りで、初年次教育などを担当する教員には「汎用的能力」を育成する責任があると言っても過言ではない。
 単位制は、教室外学修を促すだけでなく、単位が認定されることで編入・転学を容易にし、アメリカにおける学問の発展に寄与してきたのである。

ミネルヴァ大学の「挑戦」

 ミネルヴァ大学(Minerva Schools at KGI)は、カリフォルニア州サンフランシスコに本部を置く総合私立大学である。実験的高等教育機関であるミネルヴァ・プロジェクトが、Keck Graduate Institute(KGI)をパートナーとして開校された4年制総合大学として、オンラインで授業を受講する。創設者ベン・ネルソンは伝統的なアメリカの大学に「反旗を翻し」、新たな世紀に通用する大学を模索した。既存の、とくにエリート大学への「挑戦」でもあった。したがって、その設立には「賛否両論」もある。
 2014年9月、少人数型教育のオンライン化を徹底させることに挑戦して開学したのがミネルヴァ大学で、校舎を持たない次世代型・全寮制大学として知られる。世界各地の7都市を渡り歩きながら学びを深めるフィールドワーク型カリキュラムを採用している。たとえば、1年次にはサンフランシスコの学寮に滞在し、この都市のプロジェクトに参加する。2年次の前期はソウル、後期はハイデラバード、3年次の前期はベルリン、後期はブエノスアイレス、4年次の前期はロンドン、後期は台北...という具合である。この授業スタイルがコロナ危機前から実践されていたことは注目に値する。そこではアメリカの大学で置き去りにされたゼネラルエデュケーショナル・カリキュラムの「復活」を試みている。7つの都市を集団で渡り歩くことを通して物事を観察し、考える能力を身につけることは、まさに「汎用的能力」の育成であり、ミネルヴァ大学の教育の核心と言える。

汎用的能力を育むミネルヴァ大学

 2021年5月23日、京都大学松下佳代教授科研プロジェクト・シンポジウム「汎用的能力を捉え直す―ミネルヴァ生との対話を通して」がオンラインで開催された。松下教授は、冒頭で「大学における汎用的能力の概念とその育成について再考する機会にしたい」と述べた。また、「ミネルヴァにおける高等教育のイノベーション」についても紹介。(1)オンラインAL授業:徹底した反転授業、(2)都市をキャンパスに:世界7都市を移動しながら学ぶ、(3)リベラルアーツ:実践知を育むカリキュラムの体系化などである。
 松下教授は、「汎用的能力」を、分野や場面を問わず、広い適用性をもつ能力と位置づけ、代表的なものとして4Cs(Critical thinking,Creativity,Communication,Collaboration)をあげた。
 ミネルヴァ大学の特徴で特に注目しているのは、1年次に成績を出さないで、4年次に決まるシステムであり、質の高い成績管理の仕組みといえる。なぜなら、「アセスメント(形成的評価)」から「エバリュエーション(総括的評価)」を導きだす卓越した方法であるからである。さらに、Time Travel Gradeは教室外学修時間を重視した単位制のデザインで、ユニークな制度である。

おわりに

 DXを一過性のものに終わらせてはいけない。そのために何ができるか考える必要がある。DXをデジタル化だけでなく、そのアイデアを汎用的に広める必要がある。たとえば、教授法や単位制などマンネリ化した大学教育の活性化にDXのアイデアが応用できるのではないかと考えている。
 最後に、国立国会図書館デジタルコレクション公開について紹介する。これは、占領軍民間情報局教育課長マーク・T・オア博士から筆者に彼の生前に寄贈された米軍「降伏勧告ビラの貼り込み帳」をデジタル化して2021年5月27日から公開されているものである。10数年も長い間、日の目を見なかった「貼り込み帳」がデジタル化によって蘇った。このままだと劣化して見えなくなる貴重な史料が、デジタル化によって多くの人に見る機会を与えた。まさしく、デジタル化の「恩恵」である。これは、デジタル化して別の形にトランスフォーメーションしたという意味で、国立国会図書館占領期資料のDX変革ということができる。
 詳細は、以下のURLを参照。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11670422