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アルカディア学報

No.698

学校法人ガバナンス有識者会議
とりまとめへの危惧・留意点について

私学高等教育研究所主幹 西井泰彦/坂下景子

 令和3年3月19日に文部科学省に設置された学校法人のガバナンスに関する有識者会議により「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性について」の報告(以下、ガバナンス報告)がまとめられた。
 ガバナンス報告では、役員の選・解任、組織活動の監督管理の法的な枠組みの見直し及びガバナンス・コードの充実などが基本認識とされている。今後、同省では、この方向性に沿って、公益法人制度改革の動向を見ながら、私立学校制度や運用の詳細の在り方について学校種等に応じた検討が進められる。

ガバナンス報告の要点

 ガバナンス報告では、中・長期的な教育研究の質の向上をめざす「攻めのガバナンス」の観点と、不祥事の発生を防止する「守りのガバナンス」の観点から、ガバナンスの向上と確保が求められている。主な提言は次のとおりである。
 (1)評議員会・評議員の職務等
  ▽役員の選・解任、重要事項の議決、違法行為差止請求等の評議員会の基本的な職務
  ▽評議員会による役員の選任と解任、理事となった評議員の辞任等
  ▽評議員会の構成見直し、親族関係排除、学内関係者の上限、評議員任命の在り方
  ▽評議員による招集、議題提案等の評議員会の運営
 (2)理事会・役員の職務等
  ▽理事会の実効性評価等のモニタリングの強化
  ▽評議員会による監事の選・解任、親族関係排除等の監事の独立性の強化
 (3)会計監査、内部統制システムの整備等の体制整備
 (4)情報の開示、特別背任等に関する罰則導入等のガバナンスの自律性と透明性の確保
 これらの提言が、これまで歴史的に形成されてきた現在の私立大学を設置する学校法人のガバナンスにどのような影響を及ぼすかを検討するため、当研究所では、大規模及び中・小規模の大学法人各々十数法人を取り上げて、公開されている法人情報や寄附行為から、その多様なガバナンス体制の状況を調査して整理分類を行った。この結果を踏まえて、今後の私立大学の経営に及ぼす影響を考察する。

1.経営組織の現況 

 (1)役員等の構成
理事、監事、評議員の構成員を、首都圏及び関西圏の大規模大学15法人のウェブサイトに掲載された役員名簿で確認した(表1)。
 1法人当たりの理事数を平均すると、学内者14.7人、学外者8.6人、計23.3人で、うち学内が2/3弱、学外は1/3程度の割合である。理事には学長、学部長等の教員が含まれ、学内関係者の比重が高い。しかし、学校運営の業務に直接携わっていない学外理事も相当数含まれている。このことは、理事会自体は学校教育の業務執行機関ではなく、学校長等が主体となり遂行する学校業務を、理事相互及び学外理事を加えた理事体制でチェックして監督する機関であることを示している。
 次に、評議員数の平均は、学内者35.7人、卒業生23.8人、学外者13.4人、計77.2人で、うち学内者が46%、卒業生が31%、学外者が17%の割合である。だだし、評議員の名簿上からはその区分が判別できない大学が4法人ある。学外理事に区分されていても卒業生が含まれていることが多くあり、実際の卒業生の割合はさらに高くなる。大規模大学等の法人では、学内者に卒業生を加えた学内関係者の割合は8割以上となると考えられる。
 この点で、私立大学の評議員会は、外部者で構成される社会福祉法人の評議員会とは全く性格を異にしている。大規模私立大学の評議員会は、過去、現在の学内関係者、しかも教員主体で構成される巨大な会議体である。大学や学部の自治や私学の自由が尊重され、学内組織の論理と内在的な対立構造を含んで運営されており、良い意味でも悪い意味でも閉鎖的で伝統的であり、時代変化への対応が遅れがちな傾向を示しているとも言える。
 このような私立大学の評議員会の構成状況を踏まえると、評議員会の理事及び監事の選・解任の権限や重要事項の議決権限を拡大させていくならば、学内関係者の意向、特に所属する学校や学部等の利害関係や組織間の対立構造の影響を更に受けやすくなることが容易に想定され、現在の大学執行部に対する反主流派の勢力や職員組合等の抵抗を一層招くことになる。また、卒業生の意向尊重は大学の歴史と伝統を重視することにはなるが、大きな政策変更や組織のスクラップ・アンド・ビルドの方策の推進が困難となる場合がある。私立大学が、就学人口の減少や競争的環境の激化の中で持続的に発展するためには、困難や弱点を克服して積極的な経営改善と大学改革が必要である。既存の学部学科等の改組転換や新しい積極的な取組みも期待されている。もはや過去の恵まれた時代における放漫経営や既得権、優遇措置の継続は許されず、赤字部門の整理や痛みを伴う人事給与面の改革も避けられない。
 ガバナンス報告の提言によって、学内関係者が過半を占める評議員会の重要事項の決定権限と、役員への人事権や監督機能が更に強化されることになれば、大学執行部や理事会による抜本的な経営改善方策は内外の反対で否決されるか、遂行できなくなる恐れがある。それどころか、任免権を持つ評議員会によって理事及び監事が解任される場合も生じる。最終的な意思決定機関である理事会の体制が弱体化すると、今後不可欠な経営戦略を実行することが困難となる。
(2)寄附行為
 私立大学は、設立の経緯、規模、立地、教学体制が様々であり、学校法人運営の根幹である寄附行為も極めて多様である。大学ごとの歴史や特性を踏まえて条文化されており、条項の種類や条文の表記が一様ではない。ここでは、大規模大学19法人、中小規模大学19法人、計38法人の寄附行為を調査し、整理した。寄附行為の条文の表記が大学ごとに異なっているため、明確な区分が困難であり、条文ごとに、議決案件、諮問事項、同意案件などの表記をそれぞれ確認した。
 ①理事・評議員・監事の選任(図1)
 理事は、理事会で選定している大学は31法人、評議員会は26法人だった。両方での決定が必要な大学は21法人である。重要事項であるため、大学全体で決定に関わっていることがわかる。
 評議員は、理事会で決定している大学は33法人、評議員会は10法人、教授会等の教員による互選は7法人、その他の選挙などが15法人と様々である。卒業生で構成される組織等の要望を反映させる人選も見られ、大学ごとに設計がなされている。
 監事は、理事会で決定している大学は22法人、評議員会は6法人だった。評議員会で決定している6法人のうち大規模大学は5法人で、中小規模大学は1法人である。評議員会の同意を得ている形の大学は32法人。大規模大学では、歴史的経緯により評議員会に大きな権限が付与されているケースがあることがわかる。
 ②理事・理事長・監事・評議員の解任(図2)
 理事の解任規定は、理事会は36法人、評議員会は31法人、両方の決定が必要な大学は29法人に見られた。法人全体で審議決定していることがわかる。
 理事長の解任規定は、理事会は26法人、評議員会は3法人で、両方の決定が必要な大学は3法人である。決定についての記載がない大学は12法人で、この場合は理事の解任を流用していると考えられる。理事長の解任は重大議案であり、決定には理事会が大きな役割を果たしていることがわかる。
 監事の解任規定は、理事会は33法人、評議員会は35法人で、両方の決定が必要な大学は30法人である。法人全体で解任が決められることになる。
 評議員の解任は、理事会は9法人、評議員会は31法人、両方の決定が必要な大学は3法人である。これは、評議員会が自薦他薦含め卒業生が多く、それぞれの関係組織等の選考で任免が決められているためと考えられる
 ③任期の状況(図3)
 理事長の任期の平均は3.6年であるが、記載ありは7法人である。理事の任期に倣っている可能性もある。一般的には、任期が定められていることは望ましいことである。
理事、評議員、監事の任期の平均は3.3~3.6年、理事と評議員の任期が同じ大学は30法人で、このうち2法人は監事の任期は短い。理事の任期が評議員より長い大学は6法人、短い大学は2法人だった。概ね同じ任期である
 ④監事の親族制限(図4)
 31大学で同族は就任できない。記載なしの6大学のうち5大学は大規模大学である。大規模大学では、創設者一族が経営に携わらなくなった経緯を反映していると見られる。
 ⑤評議員会の開催回数(図5―1、5―2)
 記載なしの大学は26法人と多い。記載ありでは、2回が最も多い。評議員会は人数が多いため日程調整や議事の調整が難しく、予算と決算に関する審議が主な開催理由であることを反映している。特に決算は、監事監査と理事会承認の後となるため、追認となるのが現状である。
 ⑥評議員会の諮問事項(図6)
 令和2年度の私学法改正で、評議員会の諮問事項が追加された。このうち「予算及び事業計画」では6法人が評議員会にも議決権が付与されていた。新たな「中期計画」では4法人が、「借入金及び重要な資産の処分」では9法人が議決事項とされていた。この9法人中の2法人は中・小規模大学で、主に該当したのは大規模大学であった。追加された「理事及び監事に対する報酬等支払基準」では4法人が該当し、全て大規模大学である。
 これまで、大規模大学では歴史的経緯を踏まえて評議員会が議決機関として機能していたことにもよるが、中・小規模大学の大半では、私立学校法と寄附行為作成例に準じた形で評議員会の規定が定められ、諮問機関の役割を果たすことによって学校法人の運営が遂行されている。
 ⑦寄付行為のまとめ
 以上から大規模大学には、その設立経緯から評議員会で重要事項を決定しているケースが多く見られた。一方、多くの中・小規模大学では、評議員会は諮問機関の役割を果たすように寄附行為上で規定されていた。理事会が監事や評議員からの多様な意見を反映しながらも、設置学校等の業務の最終的な決定権限は、基本的に理事会に置かれている現状を示している。
 各法人の寄附行為では実際の管理運営の多様な在り方が定められており、このことは私立大学が自主的、自律的な経営管理を進める根幹となっている。現代社会に求められる多様な人材を輩出する私立学校の業務遂行を管理し、監督する役割を理事会が果たしていると言える。
 ところで、今回のガバナンス報告における評議員会の議決機関化、監督機関化の提言は、年に2回程度しか開催されていない評議員会がどれだけ実質化できるかが不明である。内部事情にくらい外部者に判断を任せても、適切な監督や助言は難しい。一方で、学内の利害関係者に判断を委ねると利害対立とともに混乱を招く。加えて、被雇用者である教員等に理事等の役員の選任と解任権を持たせると、学校法人としての経営責任者として適確な経営方策や人事方策は実施できなくなる。

2.多層構造の理事会

 文部科学省の資料等では、学校法人の構造は、執行機関の理事会、諮問機関の評議員会、監査機関の監事から成るとされる。しかし、学校法人が管理する私立大学は、学長を長とする教学執行部が教学運営を執行している。学校法人の業務の主体が教育研究活動であるとすると、その執行責任者は理事長でなく学長である。理事長及び理事並びに監事が、学長等による業務活動の執行を監督する役割を果たしており、理事会を教育活動の業務の執行主体と捉えることはできない。学校法人の理事会と学校長を中心とする教学組織は重層的な関係にある。教学組織も学部等の複合体となっている。評議員会で理事会を監督すれば済むものではない。
 学校法人の役割は、理事会、評議員会及び監事の3機関が協力し、かつ相互にけん制しながら、業務の主体である学校部門の教育活動を支援し、その運営基盤の整備を進めることにある。教学面と経営面それぞれの内部牽制と協働体制の下で、学校部門と学校法人の管理運営が独善的にならないように相互にチェックされるシステムとなっている。理事長を含む理事会が学校法人の経営改善の方向性を示し、学長及び教学執行部が教学改革を推進し、監事や評議員会等が業務執行状況をチェックすることで、いわば3段階の監督機能が働いているとも言える(図7)。この3つの機能がその機能を十全に発揮して実質化することが適切な管理運営のために必要である。評議員会の理事会に対する過度の監督権限の強化はこのバランスを崩すことになると考えられる。

3.ガバナンス報告に反映された教員系団体の意見

 ガバナンス報告では、他の公益法人との比較で、学校法人の評議員会の位置づけを見ている様子が伺える。例えば、社会福祉法人においては、評議員には被雇用者である職員は含まれていない。この例に倣う場合には、学校法人の教員は評議員の資格外になる。しかし、ガバナンス報告では教員は例外扱いとされるなど、教員側に都合のよい提案が見られる。
 第9回の有識者会議において、教職員組合の連合体から私立学校法の改正案が提出された。私学の特定の不祥事が強調され、これらはワンマン理事長の専断、私物化によるものとされた。加えて、今回のガバナンス改革に反対するものとして、私学経営者団体が批判された。文部科学省に対する組合からの申し入れも行われていた。長く私学経営者側と対立してきた組合としては、今回の評議員会の監督権限強化の動きは、理事会や大学執行部を抑え込む絶好の機会と捉えた。大規模大学の評議員会の多数は、組合を主なメンバーとする教員で占められており、評議員会を通じて大学経営に関与することが可能となるからである。第9回の会議は、各テーマの最終審議の場であり、これ以降は審議のまとめに入った。組合側の提案内容について十分な審議はなされなかったが、最終的なガバナンス報告には組合側の改正案の内容が色濃く反映されている。特に以下の点に注目したい。労使関係の現状を踏まえると、その意図が見えてくる。
 ・評議員会における法人役職員の大多数の選出の禁止、但し教員は対象外
 ・評議員の損害賠償責任の不法制化
 ・特別の利害がある案件での議決における理事・職員の議決不可、但し教員は可
 ・評議員会の議決事項の不法制化
 現在の私立学校法では、評議員に善管注意義務が課されていない。これは評議員会が諮問機関であり、過大な責任を求めることがそぐわないからであるが、令和2年の私立学法改正によって中期計画や役員報酬基準への意見を求められるなど、その役割は格段に強化されている。評議員会が役員の監督権限や重要事項の決定権限を持つことになれば、当然ながら、その責任に応じて特別の義務と損害賠償責任が発生する。教員の評議員に、これを免除することは到底理解できない。権限を認めるならば責任も発生する。利害や立場に拘り続ければ組織はまとまらない。
 私立大学の長期的発展のためには、評議員及び評議員会が、個人の意向や学部学科あるいは出身団体の利害を越え、大学全体及び学校法人として、いかに公正で客観的な観点から適確な経営方針を提起できるかが問われる。評議員会を構成するメンバーの種類、構成比率及び人数について法人ごとに適正な在り方の再検討が必要であるが、最も重要なことは、大学等が進むべきベクトルの方向付けとそれぞれのメンバーの協力姿勢である。

4.役員への親族参加の意義と制約

 2017年に当研究所が実施した「私立大学におけるガバナンス及びマネジメントに関する調査」において、理事長が創設者又はその親族であるかを質問したところ、回答のあった274校中の111校である40.2%が該当しており、理事長が創設者親族である割合はかなり高い状況が示された。ガバナンス会議の報告では、役員・評議員の親族・特殊関係者による評議員就任の禁止が提言されており、創設者一族の大学運営への関与への抑制と制限が求められている。
 しかし、私立学校は、私人の寄附と建学の精神によって創設されており、設立者の意図する人材育成の理念は尊重され、継続することが期待されている。私立学校教育の充実発展と安定した経営基盤の確立のためには、まず理事会がその役割を果たさなければならない。建学の精神の継承の観点から、創設者親族が役員であることの意味は大きい。学校法人に限らず、伝統芸能や地域の小売業、世界的な複合企業体に至るまで、事業の創設者親族が経営を担う事例はどこにでも見られ、その数は少なくない。創設者一族の経営参画が問題であるとは一概には言えまい。逆に、私立学校の創設者親族ほど、建学の精神の継承と学校事業の継続発展を願う者もいないであろう。理事は、一定数の親族制限があるが、監事や評議員からすべて排除することは適切ではない。一族であるかどうかに関わらず、役員又は評議員として、自己又は一族の利害に基づく行動はその責務に反することとなる。
 よって、親族数を含めて役員の選・解任には、各大学法人の歴史や実状を踏まえて、適切な人物を選定して充てる自律的な制度設計が相応しく、親族制限を過重にかける必要はないと考える。
 なお、一族経営の学校法人の中には理事長が学長を兼務し、権限が集中しているケースも見られる。この場合には、経営管理上で問題が生じていないかを理事会や監事及び評議員会において良くチェックすることが重要であり、親族であることのみを理由に適性を排除すべきではない。勿論、経営トップは法人内外の意見を真摯に受け止め、公正で適切な経営管理を行っていることを検証し、社会に発信していくことが重要である。

5.私立大学の発展のために

 今回のガバナンス報告は、私立学校の健全な発展のために進められてきたガバナンス改革の歴史と経緯及び管理運営の実状が十分に踏まえられておらず、私立大学等を管理して監督する機関である理事会と、その理事会を支援しチェックする評議員会等の学校法人の経営組織の形を、私立大学等とは大きく異なる社会福祉法人等の公益法人の仕組みに短兵急に置き換えようとするものである。私立大学の現状の経営体制の問題点や課題を正確に認識して、私立大学に相応しい経営組織の在り方を提起してほしかった。多様な私立大学等の関係者の理解を得て、有効な経営改善を進める方向性を指し示すものとは言い難く、今後の大学改革と経営改善の妨げになることが危惧される。
 仮に、この提言に沿って評議員会の監督権限を強大化し、議決機関化とする法改正が行われるのであれば、教学サイドと経営サイドの対立を深め経営主体の混乱と停滞を招く恐れが大きい。経営組織の牽制機能を強化するだけでなく、特に、大学の組織を担うメンバーの意識や姿勢を点検して、その自覚と経営力の強化を図ることこそが最も重要である。法制度の改正に当たっては、慎重な検討が望まれる。
 他方で、私立大学の不祥事は、一部とはいえ完全になくすには至っていない。私立大学の経営管理の在り方に対する社会の関心は高まってきている。私学関係者は特に次のことについて、十分な注意と努力が必要である。
 ①不祥事への対応とガバナンス・コードの利用
 現在、公益法人改革の見直しが進んでいるが、公益法人においても、前回の改革後も不祥事は発生している。学校法人においても、平成16年、平成26年及び令和元年の3度の私立学校法の大改正を行ったものの、不祥事は根絶していない。
 私立大学等経常費補助金が不交付又は減額となった事例については、日本私立学校振興・共済事業団から毎年公表されている。直近においても、医科系大学の不正入学や不正経理、大学の課外活動における問題事例等が発生した。理事長が辞任したケースもあるし、そうでもない例もある。
 個別の大学法人で不祥事が発生して、その対応措置が不適切だと、あたかも私立大学全体のガバナンスが機能していないかのように社会から見られるが、法令改正をしても不祥事を完全に防ぐことは困難である。これらの発生原因は、制度全体の在り方や組織構成よりも、経営トップや構成員の個々人の資質にあるためである。私学においても、一部の関係者の姿勢が適正ではないことが問題となっている。
 したがって、学校法人の役員の資質の向上や倫理観の確立のため、日本私立大学協会等の私学経営者団体が実施する経営者研修事業などを通じて、公共性を有する私立学校運営への自覚を促すとともに、チェック体制の整備と社会への説明責任が重要となる。公益法人を担う経営責任者として自戒すべき倫理網領などを設置するとともに、経営体として目標とすべきガバナンス・コードを定めて改善努力を自発的に進めることが望ましい。自主性と自律性が尊重される私立大学経営に相応しいガバナンス体制が期待されている。
 ②私立大学の基の確認
 私立大学勃興の歴史は教学の自主と経営の自律を求める闘争の歴史でもあり、特に戦前は、財団法人の体制で基本財産の供託から教授内容まで監督されていた。戦後、政府の統制による教育への反省と、私学の安定した経営基盤を支える私学助成の仕組みの整備が、私立学校法制定の目的であった。その過程で財団法人とは異なる学校法人という制度が成立した。平成16年には理事長の独断で運営されないよう理事会が置かれ、評議員会が基本的に諮問機関として位置づけられ、重要事項の事前の意見聴取が義務付けられた。このように半世紀を超える戦後の私立学校の制度の施行と充実の中で、私立大学の経営管理が適正に行われるように継続して改善努力が進められてきた。
 大規模大学を設置する一部の学校法人では、大学設立時とその後の運営に評議員会が深く関わった伝統が継続しているところも見られる。法人化以前の国立大学では教員主体の学部自治と大学評議会が最高決定機関だったが、これを参考とした評議員会を最終的な決定機関とする私立大学もある。しかし、大多数の私立大学の理事会及び評議員会は、私立学校法と文部科学省が例示した寄附行為作成例に則った構成となっている。公的な役割と責務が期待される私立大学を設置する学校法人が、社会からの期待に応えて適正な経営管理を自主的に進めるとともに、その透明性を確保して、社会に対する説明責任を果たすことが求められている。
 ③ガバナンス報告に見られる経営改善に参考になる提言
 今回のガバナンス報告には、次のように今後の大学改革の参考になる提言も散見される。これらの要請に私学経営者は耳を傾けることも必要である。
 ・理事会の役員選任プロセス・内部通報システム・情報公開等におけるガバナンス・コードの活用
 ・評議員の文科大臣解任勧告対象化
 ・妥当な役員の任期期間(再任可)
 ・監事による理事会議事録の確認
 ・一定規模以上の会計監査の義務化
 ・学校法人解散時の残余財産の帰属先等の仕組み

おわりに

 大学は人材育成を目的としており、社会と密接に繋がっている。今日、社会の変化や時代の転換は急激であり、大学に対する社会からの期待や連携・交流の要請は高まっている。しかし、大学はともすれば閉鎖的、独善的であり、狭い領域に偏り、新しい分野への展開や社会との幅広い交流が不得手であるため、大学の組織運営への外部からの視点が重要となる。しかしながら、外部からの提起が常に正しいとは限らない。内外関係者の参加による、幅広い協議から適確な方向を見出すことが大切である。

 企業においては、ガバナンス・コードが先行的に実施されており、comply or explainから、comply and explainへと、更なる説明責任が求められる段階となっている。一方で、私立大学の情報公開は大学にとって区々であり、未だ十分ではない。学校法人から公表されている役員や評議員の名簿一覧を見ても、氏名のみの記載に止まり、現在の職業や卒業生であるかも不明のケースが少なくない。私立大学は、その立地する地域において地域に有能な人材を供給することで地域に貢献している。このため、大学情報の積極的な公開によって、地域社会への貢献と連携を強く打ち出すことが望まれる。
 社会の側においても、地域を支える知的水準の高い勤勉な中間層を養成する私立大学との連携を更に強化することは地域の未来にとって重要である。AIや自動化技術が進展する未来社会では、変化に対応して的確な行動を自ら選択できる人材が求められる。地元の私立大学の存在意義を再確認してほしい。
 私立大学が競争環境の中で長期的に発展するためには、教育研究活動の一層の充実を図らなければならない。活動基盤を整備するためには学校法人としての経営改善の努力を継続することが必要となる。教職員にとって身を切る判断はしづらいが、大学が経営破綻した場合、最大の被害者は学費を支弁する学生本人及び保護者であり、それを保護するシステムはない。
 最悪の事態を招く前に、自助努力で的確な大学経営を立て直すことが必要である。そのためにも、理事会、理事、監事そして評議員会がそれぞれの責務を認識し、連携してその役割を果たすことが求められている。

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