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アルカディア学報

No.694

私高研の発信力
アルカディア学報の20年

研究員 山崎慎一(桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群准教授)

 私学高等教育研究所は設立20周年を迎え、本紙の「アルカディア学報」の第1号は、当時の私学高等教育研究所主幹である喜多村和之氏によって執筆された「私学高等教育研究所の発足にあたって」(2000年6月28日)であり、以降、私学高等教育に関わる種々のテーマについて専門的な知見を発信し続け、2020年12月16日時点において686号の記事が公開されている。「アルカディア学報」は、教育学術新聞のコンテンツの一つとして、高等教育に関する時事的な課題について、私学高等教育研究所の主幹や研究員らによる論説を示す場となっている。学会などの学術団体における発表よりも、研究者の研究成果やその知見を社会に広く還元することが可能であり、私学高等教育研究所の研究成果と社会を繋げる重要な媒体である。
 本稿ではこれまで発表された「アルカディア学報」の686号分の記事タイトルのテーマ分類を行い、アルカディア学報という媒体を通じ、私学高等教育研究所がこれまで何を発信してきたかに焦点を当てる。テーマは筆者により13種類に分類されており、ここでは頻出の4テーマである「評価」、「行政/政策」、「経営/管理運営」、「教育」を対象とする(表)。なお、私学高等教育研究所の主幹の時代別の「アルカディア学報」の発表に関する分析や、「私学高等教育研究叢書」などの他の成果物に関する考察は、私学高等教育研究所20周年に制作された冊子に記載している。
 アルカディア学報の開始当初は、「評価」と「行政/政策」が重点的なテーマとして扱われている。例えば「第三者機関の発足と私学(喜多村、2000年9月13日)」や、「自己評価と第三者評価―私大はいずれの路線をとるのか(喜多村、2001年10月10日)」、「私大政策の点検・評価―助成と規制(市川、2000年10月4日)」などが挙げられる。当時の私立大学を取り巻く環境としても、学校教育法における自己点検・評価の義務化(2002年)、認証評価の義務化(2004年)に加え、グローバル化や国際競争の中で高等教育に対する国家の関与が強まり、教育への投資に対する成果を評価するトレンドが生じ始めた時期である。2005年から2014年は、「大学改革と規制改革―規制改革答申への疑問(瀧澤、2005年11月2日)」や、「大学改革「質の時代」への転換大学教育部会「審議まとめ」を読んで(瀧澤、2012年6月27日)」など、「行政/政策」に関するテーマを中心に幅広いテーマが「アルカディア学報」の中で扱われるようになっている。私学高等教育研究所の研究成果を発表する公開研究会の場においても、中央教育審議会答申や審議まとめに関するレビューが度々行われている。この時期は、中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像(2005)」をはじめ、「学士課程教育の構築に向けて(2008)」、「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて(2012)」などが矢継ぎ早に示され、政策的アプローチによる高等教育改革が積極的になされている。同時期に「経営/管理運営」をテーマとした記事にも増加傾向がみられ、この背景には文部科学省(2005)「経営困難な学校法人への対応方針について」をはじめ、経済同友会(2012)による「私立大学におけるガバナンス」、中央教育審議会答申(2014)「大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」、さらには関連の制度改正を伴う私学法の改正(2004、2014、2020)などがある。先に示したいわゆる新自由主義的な教育改革の動向に加え、18歳人口の減少と少子高齢化に伴い、私立大学に対して効率的な管理運営が求められ始めた時期であり、以降今日に至るまで「経営/管理運営」は「アルカディア学報」の中で重要な課題となっている。なお、「教育」をテーマとした記事については、毎年一定程度発表され、2000年代は初年次教育や導入教育を中心とした学士課程教育に関する記事が中心であり、2010年以降は授業改善やアクティブラーニングが主要なトピックとなっている。
 ここまで「アルカディア学報」にて発信されてきた記事のテーマを見てきたが、2000年からのこの20年間は、時に「改革疲れ」と称されるほどに様々な改革策が施行された時代である。私立大学や高等教育機関だけでなく、多くの教育関係者にとって、「評価」、「行政/政策」、「経営/管理運営」の3つのテーマは重要課題であり、「アルカディア学報」の中でこれらのテーマが中心となっていたことは極めて妥当と言える。「アルカディア学報」における情報発信は、教育関係者を中心とするニーズに即したものであり、今起きている高等教育改革を理解し、的確な改善策を実践するための示唆や意見を提示してきた。政策課題などの困難な課題を、研究者だけの理解に留めるのではなく、「アルカディア学報」を通じて社会に広く発信をしていくことは、研究活動と社会の関係性を適切なものとする上でも重要な取り組みである。
 しかしながら、日本私立大学協会附置私学高等教育研究所の活動の一環として「アルカディア学報」を見た時、加盟校をはじめとした私立大学に対してどの程度貢献が出来ているかという点については、まだ検討の余地があるように見える。686のアルカディア学報の記事タイトルのうち、明確に私立大学や私学高等教育に焦点を当てていると判断できるものは108本、全体の15%程度に留まっている。また、内容面で見ても、例えば教育政策に関する記事などは、どちらかといえば国立大学や首都圏を中心とする一部の大規模私立大学に関係する内容が多く、中小規模の私立大学の実態や実情を踏まえた記事は少なくなっている。
 私学高等教育研究所の設立時の講演において、当時の喜多村主幹は、私学セクターの拡張や国公立機関の私学化など、私学高等教育研究の重要性を訴え、私学の立場と目線からのアプローチが日本の高等教育の発展のために不可欠であると述べている。日本私立大学協会の付属機関ではなく、附置された研究所として独立性を有している位置付けを踏まえれば、私学高等教育研究所の研究活動成果の1つである「アルカディア学報」においても、より私学に焦点を当てて発信していくとともに、時には建設的な批判を展開し、日本の私立大学と、私学高等教育研究の発展に資することが求められているのではないだろうか。