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アルカディア学報

No.693

コロナ禍における初年次教育
その事例と想起させられた問題

藤本元啓(初年次教育学会会長、崇城大学教授)

はじめに
 新型コロナ感染症の猛威のなか、大学は学内での感染防止、学生の健康・生活・メンタルヘルスの支援、遠隔授業運営と教育環境整備に追われた。一方、多くの大学で学生の実態調査が昨年5月頃から複数回にわたって実施され、気がつかなかった学生目線での不安や不満が露わになってきた。これらのデータや対応事例は、大学・文部科学省・学会等のHPやオンラインセミナーなどで報告されている。本稿では大学教育適応支援を促進する初年次教育の取り組みと、それによって改めて思い起こされた問題について述べておきたい。
初年次教育の取り組みと成果
 昨年度の新入生は、対面式の入学式・ガイダンスの中止に遭い、キャンパス閉鎖で友人をつくる機会を喪失し、本来の授業・学修を経験することもなく、毎日長時間PCやスマートフォンの画面を見続けた結果、身体的・精神的な疲労の蓄積に苦しみ悩んだ。これまでの報告によると、新入生が抱いたことは、①友人ができない、孤独感、生活にメリハリがないなどのコミュニケーションとメンタルヘルスに関する不安、②遠隔授業の不慣れ、通信環境の不備、学修での知識やスキル修得の懸念、課題の多さ、教員とのコミュニケーション不足などの学修に対する不満である。
 筆者の所属する初年次教育学会では、昨年11月に前学期を対象とする「コロナ禍で生まれた初年次教育の取組」とパネルディスカッション「ポストコロナにおける初年次教育の課題と展望」をオンライン開催し、学会誌(第13巻)では「コロナ禍における初年次教育」の特集を組んだ。その主たる関心は先述と同じく、①メンタルヘルスを中心とした支援と②新入生にとっての有効な授業形態とにあった。
 ①については、(1)感染対策を講じた対面型の9月入学式(今年度改めて実施する大学もある)や新入生歓迎会、オンライン交流会、(2)SNS・Web会議システム・メールを活用した悩みの把握と相談受付、(3)学生ピアサポート(一人暮らしのアドバイス、課題やレポート作成の取り組み方、サークル紹介など学生目線での情報提供)などを実施し、不安の解消に努めた大学が多い。また教員だけではなく、総長や学長が直接あるいはオンラインで語りかけて新入生に寄り添い、これに保護者の参加を促す大学もあった。
 ②については、(1)新入生の対面授業の優先実施、(2)学生の意思を尊重した学びの保証(対面と遠隔授業の自由選択)(3)PC操作講習会、(4)担任やチューターの修学指導、定期的なオンライン面談(健康状態・学修状況の把握、学生間のコミュニケーション促進など)、(5)オンライン授業の工夫(オンタイム型、オンデマンド型、ハイブリッド型〈ブレンド、ハイフレックス〉、予習はオンデマンド型、オンタイムでは学生同士の教え合いやSA・教員による指導)など、可能な限りの支援がなされた。
 以上の事例は初年次学生と大学とをつなぐ工夫が凝らされた有益な修学生活支援と授業形態であり、学生と教職員との協働体制がうまくいった例である。いずれも初年次教育の新たな手法を示唆するとともに、新入生への連絡漏れ防止や授業外でのコンタクト機会を設けるなどの配慮が尽くされている。また、なかには前年度と比して学修意欲の促進や成績の上昇を示すデータや、学生調査データをとおしたコロナ禍における初年次学生の現状把握と大学が取り組むべき課題などを挙げた論考もあった。
 一方でこれらは、初年次教育に潜在化する諸問題を顕在化させたといってもよい。コロナ禍以前の授業運営に様々な改善が加えられたことが、それを示している。次に求められることは、多くの制約のなかで初年次学生に向き合うことができたこと、できなかったことの検証と、今後につなげる準備と実行である。そして成功事例だけではなく、失敗事例の共有も忘れてはならない。
 なお今次の難事を契機に、自分事(当事者)として授業運営の改善に主体的に取り組まれた教職員が多くいたことは、初年次教育のみならず、大学教育界にとって大きな成果であった。この姿勢と方向性の継続が、大学教育のさらなる向上を進めていくはずである。
想起させられた問題
 昨年度前半の初年次教育は多様な遠隔授業(首都圏の大学ではほぼ1年間)で実施され、有益な工夫や成功事例も多いが、思い知らされた大学教育の本質に関わる問題を挙げておきたい。
 一つ目は高校まで50分の対面授業で学んできた新入生にとって、大学授業の経験がないまま90分、しかも遠隔授業に適応できたかである。適応できる学生とできない学生との二極化、結果として自主性と自律性との確立に大きな格差が生じたとみられる。さらにPCの操作に慣れず、同級生とのコミュニケーションがとれないことも重なり、学修が深まらなかった可能性もある。これが上級学年とは異なる点である。「ネットでつながればよい、と思い込まないで」と訴える学生の声が耳に痛く残るものの、対面授業と同様にオンライン授業でも、学生同士や教員とのコミュニケーションが可能でアクティブな方略をもって、主体的な学びに誘う工夫が最低限必要である。
 二つ目は成績評価の問題である。コロナ禍においては甘い評価になりがちだったかもしれないが、想定を超えた多くの不合格者に対する緊急避難的な措置として、評価基準の引き下げ、評価点数や出席回数の積み増しが安易におこなわれた事例を側聞した。しかしそれは、大学教育が目指す教育の質保証と成績評価の信頼性とを放棄し瓦解させたといわざるをえないし、教育的配慮であるはずがない。困難な環境下で懸命に学修して合格した学生に、どのように弁明するのか。そして何よりも新入生に対して、大学の成績評価とはこのようなものか、と誤解させてはならない。かつてあったような情実的な単位認定への先祖返りだけは、何としても回避すべきである。
 三つ目は、学生から「課題地獄」と酷評される課題量の多さである。これまで課題を課す科目が少なかったためか、あるいは今般教員が学修効果を高めようと張り切ったためかもしれない。しかし課題作成の時間数は単位制度(1単位45時間)の趣旨に則ったものでもあり、「課題地獄」の根本的な要因は履修科目数の多さにある。これを解消し授業外学修時間を確保するには、1学期あたりの履修単位数を減じる必要がある。単位制度にもとづくと、年間50単位・学期25単位の場合、月~金曜日の5日間(土・日曜日は私事)の授業は18・75時間、授業外学修は37・5時間となり、実時間で1日平均11時間を超える。これが現実的であるはずもなく、単位の実質化は単なる御題目となっている。コロナ禍で身につきつつある授業外での学修習慣を継続・向上するためにも、適正な履修単位数を定めるCAP制度を再検討すべきである。個人的には多くとも学期あたり18~20単位が限度と考えており、そうでなければ単位制度そのものを見直さなければならない。
 以上述べたアクティブな双方向授業、厳格な成績評価、単位の実質化は、従前からの問題であり決して解消しているわけではなく、今回改めて考えさせられた。教育そのものを支える基盤自体が「ことばあそび」にならぬよう、この機会に再度、そして強く認識して実施すべきである。
おわりに
 各大学では実施した学生調査をとおして満足度の分析をおこなっているが、質保証や学修成果測定などについての検証はこれからというところである。次はそれらをもとに、内部質保証としての教学マネジメントや学生支援体制の再構築に向かうことになる。そのためにも、各大学の調査項目やその結果については可能な限りの公開が望まれ、全国的な収集整理と分析とが必要となろう。そこに新入生と上級生、学部学科、大学の規模と地域性などを因子とする共通事項や特異事項を見出すことができると考える。それは初年次教育のみならず、大学教育の新たな視点での仕組みづくりへの序章であり、ひいては大学設置基準の見直しにも迫っていくものとみられる。