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アルカディア学報

No.683

コロナ禍と世界の私学
国際共同研究による命題の提示

研究員 米澤彰純(東北大学国際戦略室副室長・教授)

コロナ禍と私学

 2020年初めに東アジアから始まったコロナ禍は、あっという間に世界中に広がり、現在も猛威を振るい続けている。各国政府がこの危機にどのように対処し、大学や高等教育がどのような影響を受けているかは、日本でも様々な形で紹介され、また、日本の情報も限定的であるが世界に発信されている。
 では、私学高等教育に対しての影響は、どのように考えればよいのだろうか。日本国内の状況については、私立大学の間でどのような影響がでているかについて、本アルカディア学報などで日本私立大学協会の調査結果が示されていると同時に、文部科学省も設置者別の動向を発表してきている。ただし、これは当然ながら、目の前で起きている教育上のリスクにどのように対処するかという現実的な課題解決を主目的としたものであり、その意味では私立と国公立の間に本質的な違いは見えにくい。
 コロナ禍が及ぼす影響には、もちろん、私学高等教育と国公立の間には大きな違いが存在する。それが特に現れるのは財政面であり、政府からの財政支援がどのように行われ、また、留学生を含めた学生獲得と学費収入のあり方とそこへのコロナ禍の影響は、当然ながら、私立と国公立の間で大きく異なる。
 世界的に見れば、日本を含めて、過去数十年にわたって私学が大きく拡大・発展してきた背景には、各国で大規模に拡大し続ける高等教育への進学需要に公共セクターの高等教育が対応しきれずに生じた需給ギャップに私学が積極的に役割を求めてきたことがあることが知られている。このような、進学需要の吸収を担うことを主要なミッションとして拡大してきた(すなわち、受入れること以上には強いミッションを持たない)私学は、「需要吸収型」と呼ばれている。なお、私学高等教育のミッションはその出自においても多様であり、また、発展・拡大の過程で単なる需要吸収以上の多様な形での役割を獲得し、その魅力を増してきたことは言うまでもない。米国のハーバード大学やスタンフォード大学のような州立大学を上回るエリート的な地位やそこまでに至らないでも国公立大学と入学者選抜において肩を並べるセミエリート的な地位を確立している私学もあれば、特定の宗教を設立背景にもつもの、さらに、営利やオンラインのものを含めて労働市場の需要に合わせた職業人材育成への志向を極めることで国公立にはない独自の魅力を生み出している「職業人材育成型」の私学もある。

国際共同研究

 上記のような私学高等教育の国際的な動向や比較を20年間にわたって共同研究してきたのが、ニューヨーク州立大学オルバニー校のダニエル・レヴィ教授をリーダーとするPROPHEと呼ばれる国際ネットワークに基づく研究グループである。このネットワークは、初めからEメールやウェブサイトなどオンラインを積極的に活用して共同研究を行ってきたことから、今回の世界的なパンデミックで研究者の物理的な国際移動が不可能になった中でも国際的な緊急対応が可能になった。レヴィ教授の呼びかけに応じて世界の研究者が協力し、2020年7月という比較的早い時期に、『コロナ禍によって私学高等教育は特に高いリスクに晒されているのか否か:進行中の世界的な探索における初期の観察と命題』と題する暫定的な報告書がまとめられた。同報告書には、アルゼンチン、カナダ、チリ、中国、エチオピア、フランス、インド、イスラエル、日本、メキシコ、ポルトガル、トルコ、米国の13カ国の動向が簡潔にまとめられ、日本については私が担当した。この報告書は、ウェブサイト上で無料で公開されている(https://www.prophe.org/cache/2254169_WP22-PROPHE-COVID.pdf)。現在は、さまざまな自動翻訳サービスが無料で利用可能になっていることから、お読みいただければ幸いである。
 報告書の冒頭では、レヴィ教授による全体的な分析がなされている。これに続く各国の事例からは、コロナ禍に対して各国の私学高等教育がどう対応したかがわかるほか、上記の、例えばアフリカや西・南アジア、ヨーロッパなど、日本では比較的なじみが薄い地域でも、私学高等教育が多様な形で発展・展開してきている姿が読み取れる。
 報告書によれば、日本が少数派の事例として大衆化の過程で私学を拡大させた50年前の世界とは対照的に、現在は約10カ国を除く世界中のすべての国が私学高等教育を擁している。世界の私学高等教育人口は2000年から2015年までに2700万人から7000万人へと成長し、世界の高等教育人口の32%を占めるに至っている。なお、私学高等教育の発展は、主に発展途上国や新興国に集中しており、日本を含むアジアが世界全体の半分を超える4200万人の学生を擁する巨大な存在となっている。なお、学生数のシェアでは、ラテンアメリカが地域の半分強の学生が私学で学んでおり地域間では最もシェアが高く、より少ない地域であるアフリカでも20%、中東地域で16%、ヨーロッパでさえ14%の学生が私学高等教育に在籍している。コロナ禍にみまわれたのは、このように、大きく変貌を遂げた、世界に広がる私学高等教育なのである。

18の命題

 以下では特に、レヴィ教授が同報告書で世界的な動向をまとめる中で暫定的に提唱した、18の国際的な「命題」を紹介したい。
 私学高等教育の研究成果をCOVID―19の影響分析に適用した命題
 1.すべての国の事例において、私と公に関わる問題が重要であることは明白である。
 2.しかし、(システム全体の政策や影響を含む)私と公の類似点も、すべての国の事例に見られる。
 3.私と公との問題がどのように、また、どの程度生じているかは国によって異なり、私と公に関わる既存の制度的な区別や類似性と強く関連している。
   4.上記1~3との顕著な類似点は、私学セクターの内部にも存在する。
 5.各国の公共セクターの間には顕著な違いがある。同様に、公私の区別の程度と形態は、公共部門が相当程度の私的な性格(例えば、実質的な授業料、政府からの自律性、ビジネスへの関与など)を持っているかどうかによって規定される。
 6.家庭や企業に対するコロナ禍の経済的影響によって、国公立よりも私学高等教育の方が直接的で重い影響を受けている。
 7.私学高等教育の学費は、家計に対して継続的に主要な負担を課すことになるが、これはコロナ禍によって致命的なものになり得る。
 8.前述の7は特に「需要吸収型」の私学高等教育で顕著であり、私学高等教育の地位、正当性、学生の志願動向のランキングにおいて、平均的には私学高等教育の公共部門に対する劣位が極端に現れることになる。
 9.一方、セミエリート型、宗教型、職業人材育成型の私立大学(特に先進国や、近隣の学生を送り出す国々よりも先進的な発展途上国の大学)は、コロナ禍の影響を受けやすく、留学生の受入れに遅れが生じている。
 10.政府の私学への財政支援は平常時においてもはるかに低いが、このことは、コロナ禍にも継続している。
 11.先進国では一般的なように、私学高等教育に対しての政府の緊急援助は、国公立と同様に行われる可能性は低く、特に早期に打ち切られる傾向がある。
 12.しかし、多くの点で前述8の裏返しであるが、多くの私学は単なる需要吸収型の大学よりも魅力的であるだけでなく、(コロナ禍であっても)選択のためにお金を払う余裕のある多くの学生にとって、多くの国公立よりも魅力的であることが多い。
 13.セミエリートを始めとして、大多数のタイプの私学はまた、それがコロナ禍のためではなかった場合、留学を予定していた国内の学生を惹きつける上で、国公立全体と比較して競争上の優位性を持っている(そして、国際的なブランチキャンパスについても同様のことが展開される可能性がある)。
 14.これらの同様のタイプの私学は、専門的な経営管理、そして、迅速な変化のための意志と柔軟性の両方で多くの国公立の高等教育よりも利点を持っている。しかし、資源の確保は、対処のために不可欠であり、この点において国公立の高等教育はしばしば平均的には有利である。
 15.コロナ禍のポイント前述13の単一の最も明白で重みのある例は、オンライン配信である。
 16.通常は専門的または革新的なマネジメントに欠けている需要吸収型の高等教育機関であっても、特にスタッフやインフラにはるかにコストのかからないことから、危機に合わせて予算を調整する上で国公立の高等教育機関よりも柔軟性を有している。
 17.コロナ禍の政府予算への影響は、高等教育の私学セクターよりも国公立セクターの方が大きい。
 18.これらの財政的な負の影響は、公共の質、地位、秩序に影響を与え、魅力ある私学高等教育にとって間接的に有益なものとなる可能性がある。

国際的な視野を

 以上、やや言い回しとしてわかりにくいところもあるが、これらの国際的な趨勢の命題から改めて日本の私学が置かれている今の状況を鑑みると、どのようなことが言えるのだろうか。
 レヴィ教授は、私学高等教育セクターの多くが、相当程度の(例えば、政府の資金や規制を受けている点で)「公共性」を有していること、他方で、国公立の高等教育セクターの多くが部分的に民営化を進め、(例えば、より多くの民間資金を引き出し、標準化された公共政策からより大きな自律性を獲得することなど)「私」としての性格を付加してきたことを指摘している。私学内部においてもその目的やあり方には大きな多様性が認められ、今回のコロナ禍の影響の現れ方についても私と公という単純な二元論は意味を持たないし、また、すべての私学に対して同じような処方箋をあてはめることができないことは明白であろう。
 ただし、その中で、日本の私学高等教育が政策上どのような位置づけに置かれやすいかを検討した上で、今後の短期、そして中長期の展望を考えていくことは、私学の存続・発展を考える上でも、また、私学が担う多様で幅広い高等教育機会の提供によって我が国や世界に貢献していくあり方を考える上でも極めて重要である。
 日本では、国立大学に対して経営上の戦略性や自律性を高めていく議論が現在進行中であり、同時に、いよいよ本格的に実施に移された低所得層を中心とした高等教育無償化政策や、今回のコロナ禍における学生への給付金に見られるように、従来から見られた高等教育への公的助成が機関への助成から個人への助成へと転換する方向が顕著である。
 このなかで、私学高等教育セクターと国公立の高等教育セクターの間の違いは、高等教育の政策上も、あるいは大学の経営行動のあり方においても曖昧になり、重なりが増えてきている。ただし、そうはいっても、私学が一般的には国公立に比較して緊急時の公的支援において不利な立場に置かれることは多いだろうし、逆に、それだけに自らの魅力で学生が獲得できる限りにおいて経営上柔軟に対応していくこともできるかもしれない。ただし、景気動向が不透明ななかで、進学をあきらめたり、進学の費用面に対してよりシビアな判断を迫られる家庭が増加すれば、高等教育無償化政策の開始にもかかわらず、今後進学需要が冷え込んだり、機会の不平等が拡大することも十分あり得るだろう。
 他方で日本の私学として注目すべきことは、命題13に示されている、学生の国際流動性との関わりである。世界的にも日本においても、私学は私費を中心とした留学生の獲得に大きな役割を果たしていると同時に、留学に至らないまでも国際的な教育経験を希望する学生たちの学習ニーズへの対応において、潜在的に高いキャパシティを有している。さらに、世界的には、営利やオンラインの高等教育が特に顕著であるが、複数の国にまたがって教育提供を進めることが珍しくなくなってきている。
 今回のコロナ禍を契機として、改めて日本の私学高等教育のあり方を世界の私学高等教育の一部として位置づけ、国際的な連携・協力も視野に入れながら考え直していくことの意義は大きいのではないか。