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アルカディア学報

No.681

日本の大学はコロナ禍を成長と発展の再起点にできるか
オンライン授業を超えて

客員研究員  飯吉透(京都大学高等教育研究開発推進センター長・教授)

オンライン授業への突貫的移行を経て

 今年度前期は、世界的なCOVID-19の感染拡大が続く中、日本の大学の約9割が授業をオンラインで提供することを余儀なくされた。開講予定であった授業がどの程度をオンライン化できたかは、各大学や各授業科目によって異なったものの、オンライン授業への移行に要する対応や支援については、大学・教職員各々のレベルで、様々な努力や苦労があったに違いない。
 筆者の所属する京都大学高等教育研究開発推進センターも、3月下旬からオンライン授業支援サイト「Teaching Online@京大」(https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/connect/teachingonline/)や、20回近く開催した各種の学内講習会・相談会を通じ、教育・研究に関連するICT環境の運用・支援を行っている情報環境機構と共に、全学の教職員や非常勤講師に対して、オンライン授業実施のための教育的・技術的な支援に尽力してきた。このように、教育面・技術面をサポートする2つの全学的支援組織が緊密に連携・協力を図り、車の両輪のようにバランス良く各部局・教員に必要とされる支援を継続的に提供できたことに加え、今回、学内の多くの学部・研究科等において、教育支援組織や教職員による支援グループが自助的に活動・機能したことにより、トップダウン・ボトムアップの双方向からの支援の相乗効果が図れたことは幸いであった。
 約8年半前に日本に帰国するまで、筆者はアメリカに約20年間在住し、財団や大学で高等教育の進展・振興にかかわる研究開発や実践、特にテクノロジーを活用した高等教育のイノベーションに携わっていた。その経験を踏まえて、日本の大学におけるテクノロジーの利用やその浸透は、欧米に比べると約10年は遅れており、おそらくもう20年間以上、その差はほとんど縮まっていないという認識を持っているが、その中で、このような半ば強制的なオンライン授業への移行という事態を日本の多くの大学が受け入れざるを得なかったことについては、正直なところ、非常に複雑な心境である。
 この半年間を振り返ってみれば、「オンライン授業によって、大学生・大学院生の学びを継続させられた」、「教職員や学生は、無理矢理ながらも、教えたり学んだりするためのICT利用のリテラシーを身に付けられた」、「工夫しながらオンラインで授業を行う中で、対面で行う授業に比べ、教授・学習の観点からより効果的な側面も見出せた」など、ポジティブなことも多々あった。その反面、「オンラインでは実施できない授業(特に実習・演習系)が取り残された」、「オンライン授業では、課題が過剰に出される傾向がみられ、学生の精神的負担・疲労感が高まった」、「オンライン授業間で、教育的な質や学生の理解度・満足度に格差が生じた」、「キャンパスに来られない学生(特に初年次生)の孤独感が高まった」など、幾つもの障碍や今後克服すべき課題も明らかになった。
 言うまでもなく、「授業をオンラインで行うこと」は、手段であって目的ではない。しかし、コロナ禍下における今年度前半、止むを得なかったとは言え、多くの大学では、「授業をオンラインで行うこと」が目的化してしまっていたのではないだろうか。急転直下する状況の中で、「授業をオンラインで行う」という目的を達成するために、十分に検討・準備する余裕も与えられないまま、教職員も学生もオンライン授業に突入せざるを得なかった。そのような強行軍的な進み方の犠牲となり、無念にも減ぜられてしまった教育の豊かさや質も少なからずあるだろう。私たちはそれらを今一度省みつつ、今後オンラインやICTという手段を教育にどのように有意義に活用していくべきかを検討し、どのような局面・状況でも、学生一人ひとりのために、教育の効果や多様性を最大化する努力を惜しんではならない。
 今年度後半、全ての授業を対面で行うという大学はおそらく少数であろう。多くの大学においては、このような今年度前半の経験と反省を踏まえ、本来的な教育プログラムや授業の目的・意義を見据えつつ、ハイブリッド型(対面とオンラインの混合型)・オンライン型・対面型を、どのように「手段」として組み合わせ最適なバランスで提供できるかの正念場となる。さらに、オンライン型とハイブリッド型の授業を、固定観念に囚われず、継続的に鋭意改善していくことも忘れてはならない。

大学教育のさらなる拡充と進展に向けて

 このように、多くの日本の大学において、この度のオンライン授業の急速な導入・普及は、いわば突然の暴風雨に襲われた中での緊急避難・対応的な側面が少なからずあり、その中で「オンライン授業の質保証」という問題もクローズアップされている。現在筆者は、中央教育審議会大学分科会の質保証システム部会委員を務めているが、そこでも「オンライン授業の質保証も大事であるが、その一方で、『ハイブリッド型も含めたオンライン教育を活用することで、高等教育システム全体や大学教育プログラムの質をどのように向上させ、さらに拡充していくか』も、より重要な課題であり、そのレベルにおける教育の質保証の観点・枠組みについても検討していくべきだ」と提言している。
 例えば、MOOC(大規模公開オンライン講義)は、ここ数年で世界的には着実に拡大を続けており、CLASS CENTRALの調査報告によれば、昨年の時点で既に900以上の大学から約1万1400の講義が提供されている。さらにMicro Credentialsと総称されるMOOCの新たな活用も進んでおり、学士プログラムや修士プログラムの授業科目を一部MOOCで代替し、Micro BachelorsやMicro Mastersと呼ばれる、主として初年次に履修する授業科目群の評価・修了認定を行う仕組みも作られている。Micro BachelorsやMicro Mastersは、提供元の大学・大学院に入学することなく、誰でも世界中のどこからでも安価に履修・修了することができ、その後、当該の大学・大学院への入学が認められた場合には、通常の対面通学時の半額かそれ以下の授業料を納めることで、正規の取得単位として認定してもらえるようになる。また複数の大学間で単位互換の仕組みがあれば、それを利用して、MOOCの提供元とは異なった大学においても取得単位として認定してもらうことも可能だ。
 これは、高等教育におけるオンライン講義の活用方法の一例にしか過ぎないが、このような活用を各大学の創意工夫や連携を通じて拡げていくことで、「海外や国内の他大学との授業レベルでのバーチャル留学」、「授業科目の共通化による自大学の教育プログラムの拡充」、「国内外の社会人学生の呼び込み」等も推進・促進することができるようになる。肝要なのは、日本の各大学が、自分たちが現在直面している、もしくは今後直面するであろう教育的・経営的課題を、このような手段を使って積極的に解決していこうとするか否かであり、そこには政策によるタイムリーで適切な誘導や支援、各大学における経営陣・リーダーシップの理解と実行、さらには高等教育を取り巻くステークホルダーの協力が必要不可欠である。
 我が国における少子化のために、入学定員を充足させることが困難になっている大学は今後も増えていくだろう。また、入学定員を何とか充足することはできていても、望ましい学力・能力を身に付けて入学してくる学生数が、年々低下しているという問題を抱えている大学・大学院も少なくない。大学への公的な財政助成については、国公私立を問わず今後増加してこといくが望まれてはいるが、コロナ禍の経済的影響も甚大であり、短・中期的に楽観できる状況にあるとは、現実的には到底思えない。
 日本における大学教育を国内外のより多くの人々に魅力的で満足してもらえるものにするためにも、各大学がオンラインやICTの教育的活用を有望な常套手段として継続・進化させていけるかが、「日本の高等教育が今後発展していくか、それとも衰退していくか」の明暗を分けることになる、と言っても過言ではないだろう。今立っているこの分岐点を、再起点にして力強く前に進み続けることができるか。日本の全ての大学が試される時である。