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アルカディア学報

No.678

アメリカ校でCOVID-19に立ち向かって
~Society 5.0時代の教育を考える~ 〈下〉

研究員 高橋宏(President, Tokyo International University of America)

 次の課題は、遠隔教育・オンライン授業の潜在的な可能性を理解し、異なった指導方式をどのように組み合わせ、学生の主体的な学びを促進し、学修成果の充実を実現していくかについて、教員も学生も理解を深め、デジタル教育の持つ利点を最大限利用していくことである。日常の業務からの経験に加えて、専門家からのアドバイスや、新たな技術的・理念的な知見を広げ、深化していくことが重要な段階に入っていく。

 ◇コロナ感染の深刻化と影響

 オンライン授業の円滑な実施と学修成果の充実に向けた努力を開始して間も無く、デジタル教育の可能性について専門的研修を開始しようとした矢先に、TIUAを取り巻く情勢が恐れていた方向へと転がり始めた。それは、COVID-19の世界的な感染の深刻化であり、アメリカでも日本でも、3月中旬になってから新規陽性者数が急増を始め、医療体制の逼迫と死亡者数の増大が現実のものとなる恐れが大きくなった。それに伴い、人々の行動や生活への制限が厳しくなり、地域や国境を越えての移動に制限がかかり始めた。
 いよいよ、リスクマネジメントに最大限の注意を払い、感染者を出さず、健康と安全を確保しながらの学生指導がますます重要となった。否が応でも、「帰国」の2文字がますます強く念頭をよぎるようになった。
 アメリカでは、日本への航空便が減便となると同時に、国内フライトもキャンセルになる便が増えてきた。日本では、文部科学省からの2月下旬の通達を契機として、卒業式の中止、入学式の延期、授業開始日の延期、遠隔教育・オンライン授業への転換などの決定が次々となされたとの情報を現地で得ていた。ASP参加者にとって、アメリカでの学修がさらに厳しい条件の下で行われざるを得なくなり、生活の制約も大きくなり、何と言っても感染の恐れといった健康・生活の安全が脅かされるのではないかといった危惧が日増しに強くなってきた。
 ASP参加学生の中には、不安・懸念・心配などを伝えにくる者も出てきた。例えば、自分も感染するのではないか、遠隔教育及びオンライン授業に慣れていないので学修が思ったように捗らない、対面での会話ができないのでプログラムから得られる学びの質が悪化している、などと感じている者からの声が増えつつあった。
 このような事態の展開に対応し、3月中旬から日本側との協議を重ね、アメリカの状況を伝えると共に、ウ大とも連携を密に取りながら、プログラム継続か中止かといった難しい判断に直面することとなった。最終的には日本側経営責任者の判断として、日本への「帰国の窓が開かれている」うちに、プログラムを中断し、学生の健康と安全を確保しながら全員帰国との意思決定を行った。

 ◇帰国後の課題

 ここで話を一挙に日本に帰国してからの課題に移し、帰国の経過については省略する。
 帰国後、筆者は自らの業務課題として次の3つを念頭においた。第1はプログラムの中断時期を利用してTIUAの自己点検評価に繋がる調査を行う、第2は再開の時期がいつになるか不明ではあるがプログラム再始動をどのように進めるか、そして第3はCOVID-19対策として導入した遠隔教育の経験を広義のeラーニングと高等教育の今後のあり方を本格的に考える契機とすることである。以下では、第3の課題について考えを少しまとめてみたい。
 結論から先に言うと、本稿の冒頭で述べたように、新型コロナウイルス感染対策として実施した遠隔教育・オンライン授業は、高等教育における新たな教育・学修のパラダイム転換を推進する絶好の機会であると捉える。また、社会全体で進むDXのうねりの中で大学での教育・学修もデジタル化を余儀なくされるが、それが高等教育のかつてない質的高度化を可能とすると考える。こうした思いは、ウ大とTIUAでオンライン授業への全面転換と円滑な実施に向け、総力を挙げての努力に関与する中から強く湧き上がってきた。
 特に重要と考えたことは、我々の取り組み努力を客観的に俯瞰し、時代の流れを的確に読み取りながら、適切な方向に向けての対策を取ることである。そのためには、現在まで大学教育が進んできた改革を振り返り、DXの中でどのような技術革新と改革などが進んでいくかを理解することであった。しかし、日本に帰国し教育の現場から一歩引き下がった状況では、現状認識も、問題把握も、改革の方向性も総合的に捉えることは難しかった。
 そうした折に、外部からの連絡メールにより、JMOOCのオンラインワークショップ、NII(国立情報学研究所)のオンラインシンポジウム、そしてサイバー大学のオンラインワークショップの存在を知った(註1)。それらのワークショップやシンポジウムは単発ではなく、シリーズとしてテーマを変えて実施されており、筆者は新たな催しにバーチャル参加を申し込み、既に済んで配信されているテーマについては、非同期・オンデマンドの形で情報に接することができた。
 これらで発表された報告者・パネリスト等の方々は、それぞれ優れた専門性・知見をおもちで、オンライン授業の現場経験も豊かであり、筆者には学ぶところが非常に豊かであった。これらから学んだ重要な論点をまとめると次のようになる。

 ◇大学教育における2つの新たなパラダイム

 初めに、DXが急速に展開する現在の社会では、足元で生じている大学教育のパラダイム転換を「教育のDX化」として捉え、次のように考えることが重要である。
 1.COVID-19前のパラダイム・シフト
 参考までに、1990年台後半から生じた大学教育の「パラダイム・シフト」の特徴を振り返り、それ以前の旧いパラダイムと比較すると下の表1のようになる。要約すると、教える教育から学生主体の学びへのシフトである。しかし、ここにはeラーニングの進展や、DXの展開といった視点は明示的には入っていない。
 2.新型コロナ後における「大学教育のパラダイム転換」
 デジタル化時代の新たなパラダイム転換では、表2において、教育要素に含まれる6つの項目に加え、DXが可能とする少なくとも~のサイバー教育・バーチャル教育に関する構成軸をも考慮に入れなくてはならない。各軸の説明は割愛せざるを得ないが、現在進行中の遠隔教育・オンライン授業を捉える視点として、「対面指導が優れているか、遠隔指導が優れているか」といった狭小な二者択一は的外れであり、教育・学修の手段と目的とを混同した議論は避けなくてはならない。ましてや、オンライン授業は対面授業の「劣化版」では決してない。両者は、優れた教育・学修の実現に向かう2つの異なったアプローチであり、状況が許せば、両者の優れた部分を補完的・相互促進的に活用できるものである。

 ◇オンライン授業成功の秘訣

 教育・学修のDXを推進し、遠隔教育・オンライン授業を成功に導く秘訣は、次の6つに要約できる。
 (1)遠隔教育・オンライン授業は教育・学修の新たな可能性を開く:新たなテクノロジーの利点を活用し、対面授業ではできなかったことを新たに実現する中で、教育・学修の成果を充実させていく。
 (2)授業の設計と実施において「学生主体」「自律学修者の育成」といった狙いを堅持:オンライン授業をどのように組み立て、何をいかなる形で学修プロセスの中に組み込むか、学修者の視点にも立ちつつ、学生の積極的な取り組み姿勢と実行力に信を置いて取り組む。
 (3)大学の組織を挙げての取り組みとする:大学の全学組織・教職員・学生の三者の総合的な力を結集し、一部教職員による献身的なサポートのみに頼らない。
 (4)ハード及びソフト面でのサポート体制の充実:必要な技術・機材・機器・ソフトウェアなどの整備・充実と、円滑な利用のための研修。
 (5)デジタル技術を利用し、授業・学修の在り方そのものの再定義・再構築を実現:緊急対応でも「学生の学びを止めない」ことの優先から「学修目標・到達課題の実現に向かう学生の学びを促進する」といった学修成果を確実に得ることを最優先課題とすることへの発展。AI・ビッグデータを利用したラーニング・アナリティックス分析を活用する。
 (6)学修目標の実現を目指し、柔軟に取り組む:対面授業と同じことをオンラインで行うのではない。オンライン授業の導入は手段であり、シラバスに明示した授業の目的・成果などの達成を目指す。教員は独力のみでなく外部資源も活用し、無理なことをしない。学生にも過重な負担をさせない。
 以上は、教職員個人個人の努力と大学の組織全体としての課題をどのように融合して行くか、その融合が学生の主体的な学修に沿った方向に向けて展開していくことの重要性を指摘している。

 ◇オンライン授業を支える技術の仕組み

 しかし、教育のDXの視点からは、さらに次の3つの仕組みの確立がインフラとして重要である(註2)。
 ①「デジタルエコシステム(DE)」により、多様な学びを実現する教育情報システムの連携を作る(高品質且つ多様なサービスを、持続可能な手段で実現)。ここでDEとは、学修環境・学修過程の最適化を自動化するシステムのあり方で、ハード及びソフトからなる。DEの生み出す価値は、学修の質の改善だけでなく、加えて、安全安心、働き方改革、生涯学修履歴、人間と機械の共生、など多くの成果を可能にする。
 ②「相互運用性」を実現し、多様なテクノロジーを相互に利用できるようにする。DEにおいて利用されている様々な種類のソフトウエア・コンテンツ・一般のデータ及びビッグデータなどを、個々バラバラに利用するのではなく、システム全体としての機能を果たせるように相互の運用性(Interoperability)を可能とする。「相互運用性」の利点は、多様なテクノロジーの国際標準化を進めることで、その流通や共有、再利用、開発コストの低減を図ることを可能とする。
 ③「相互運用性」を担保するための技術としてLTI(Learning Tools Interoperability)を利用する。これはIMS Global Learning Consortium(IMS=Integrated Management System)が標準化した規格である。オンライン授業には、多様なLMS・授業コンテンツ・評価ツール・参考資料などの支援ツール・システムが存在しているが、そのままでは相互のツール及びシステムを一括して利用することができない問題がある。LMSと学修支援ツール、そして異なった学修支援ツール同士を相互に運用できるように保証する標準化技術がLTIであり、ユーザ(学生)は一度自分のLMSにログインすれば、他の学修支援ツールを恰もそのLMS内のツールであるかのように利用できるので利便性が高まる。
 遠隔教育・オンライン授業について、筆者の理解は当初のLMSとZoomをどのように組み合わせるかといったレベルから、この辺りまで深化してきた。アメリカでは8月からの新学年の開始に際し、また日本では春学期の終わりに当たり秋学期の準備を行うために、大学関係者はオンライン指導に関しさらに進んだ理解と高度な教育提供とに向けて、真に効果の期待できるデジタル教育を展開する準備を行っている。
 本稿では、詳細に及ぶ議論は割愛せざるを得なかったが、筆者の課題として教育のDXの現在の位相を的確に理解し、将来の可能性を視野に入れつつ、今後とも取り組んで参りたい。

 (註1)JMOOC「オンライン授業に関するJMOOC ワークショップ」、NII(国立情報学研究所)「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」、及びサイバー大学「オンライン授業活用のためのワークショップ」の3つのオンラインセミナー・会議。
 (註2)第5回オンライン授業に関するJMOOC ワークショップ『オンライン授業の実践から見えてきたこと』でテーマとした「ポストコロナ時代のeラーニングシステムの在り方:デジタルエコシステム・相互運用性・IMS技術標準」を参照した。
 (おわり)