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アルカディア学報

No.677

アメリカ校でCOVID-19に立ち向かって
~Society 5.0時代の教育を考える~ 〈上〉

研究員 高橋宏(President, Tokyo International University of America)

 新型コロナウイルス・パンデミックは、全世界のあらゆる人々に大きな影響を与える中で、世界の高等教育機関に対して「教育・学修の新たなパラダイム転換」を迫っている。このパラダイム転換では、従来の主流であった「対面指導が教育・学修のあるべき姿である」との考え方を根底から覆し、教育のデジタル・トランスフォーメーション(DX)によりSociety 5.0で求められる学びの在り方について「AI等の高度・先端技術を応用し、対面指導に加えたバーチャルな学修方式を導入し、学修アナリティックスを活用する」ことによる学修の個別最適化・協働学修推進こそが真に学修成果を極大化できるとの認識を一気に常識化する。
 このような認識の下に、教育・指導に携わる専門家集団は学生の主体的な学びを促進し、学生の学術能力向上と個人的な成長及び社会に貢献する人材としての育成を目指すことが重要となっている。筆者は、本年2月以降のCOVID-19への対応と高等教育のあるべき姿を模索する動きをアメリカと日本の2つの国で経験し、教育の直面する危機とその打開への取り組みについて考察を加える中で、こうした思いを強くするに至った。以下は、筆者個人としての論述である。

 ◇アメリカでの新型コロナ対応

 COVID-19の感染が広がり始めた今年2月と3月に、筆者はTokyo International University of America(TIUA)の学長としてオレゴン州セーラム市で業務に当たっていた。TIUA学長として赴任したのが昨年の4月1日であり、提携校であるWillamette大学(ウ大)の教育・学生指導の枠組みの中で1年間の業務を一巡していたところであった。
 TIUAの母体は東京国際大学(TIU)であり、ウ大はTIUが創設された1965年以来の強固な交流関係で結ばれており、TIUとウ大の姉妹校関係を基礎にしてTIUAはウ大の隣接地に1989年に開設された。TIUAの提供するAmerican Studies Program(ASP=アメリカ研究プログラム)はウ大のカリキュラムの中で特別プログラムとして運営されている。したがって、ウ大がアメリカ及びオレゴン州の発出する新型コロナ感染に対する政策・行政命令等に対応した場合、TIUAもそれに従う。同時に、TIUAは独立の組織として理事会を構成し、TIUによる支援と教育・運営方針等にしたがって活動を行う。

 ◇感染悪化と社会的距離等の要請

 日本と同様、アメリカでも新型コロナ感染の影響は人々の予測を超える速度で襲ってきた。ウ大は2セメスター制度をとっており、日本の第2学期に相当する春セメスターは1月から5月中旬までである。したがって、COVID-19感染対応として遠隔教育・オンライン授業の導入が実施された3月16日は、春学期が中間点に差し掛かっていた時であった。日本では、オンライン授業の導入は新学年へと切り替わる4月であり(多くの大学では授業開始を4月中旬ないし5月連休明けへと延期したと聞いた)、春期休暇を利用して準備を行う期間をもてたと想定するが、アメリカでは学期途中で授業を行いながら突然の教育・学修方式の変更を余儀なくされた。このため、教員・職員・学生にとって、突然の移行に伴うストレスは多大なものであった。
 ウ大は、学術面での教育に加え、ResidentialCampusとして1年次生の全員と2年次生のほとんどが学内のResidence Halls(17の学生寮)に居住しているので、キャンパスが生活の拠点であり、様々な授業外活動が学生指導の重要な役割を果たしている。感染対策としてオレゴン州知事の打ち出した「社会的距離の維持(6フィート離れる)」「一定人数以上の集会の禁止」「ステイホーム=不要不急の外出禁止」からなる対策は、大学等の教育の場における従来の学びの在り方及びキャンパス内での生活等に大幅な変更を迫るものであった。
 ウ大では、新型コロナウイルス対策会議を2月末に立ち上げ、連邦政府及び州政府の対策とその行政命令に従いつつ、また州内の他大学との連携組織とも連絡を取りながら、関係者の健康・安全を第一に学内での対策を決定していたが、事態の目まぐるしい変化にその都度対応の変更を余儀なくされた。3月中旬から、オレゴン州では飲食店における店内での飲食が禁止となり、学内でも3箇所にあった食堂は2箇所が閉鎖され、残る最大の食堂ではテイクアウトメニューだけとなり、食堂内での食事ができなくなった。また、教職員はessential worker(現業での基礎業務を担う者)以外は遠隔業務が推奨された。学業及び学生生活に大きな暗雲がのしかかってきた。

 ◇大学を挙げての対策実施

 このような突然の遠隔教育・オンライン授業、遠隔業務、行動規制などは、教育・指導及び学生の自主的な学修活動等に大きな影響を与えることから、ウ大としても制約条件下での最大の成果獲得を目指した努力を行うための取り組みを様々な部署が、全学的な基本方針に従いつつ調整を図り、それぞれの責任と権限に基づいて展開した。
 第1は、大学執行部としてCOVID-19 Response Teamを立ち上げ、学内でのリスク対応と情報提供の一元化を試みた。この会議は2月末に形成され、大学の各方面から責任者が集まり週1回の定例会議及び適時の臨時会議で、カリキュラム・学術面、学生生活、設備・居住環境、食堂、健康管理、国際教育、広報などについて多部門での理解と問題意識の共有、対応のあるべき方法などについて意見交換をした。筆者もTIUA代表として参加した。特に学生たちへの指導について、大学からホームページやメール連絡で提供する情報を読まない者が多いために根も葉もない噂話・誤った情報などが広まりがちであるので、教職員に対して授業やアドバイジングの機会にホームページのCOVID-19 Updates特設ページを必ず見るようにとの指導を心がけた。
 第2は、遠隔指導・オンライン授業を展開するための環境整備と教員への支援である。パソコン・Wi-Fiなどの機材・通信設備、Zoomとの一括契約、普段から使っているLMS(Learning Management System)や新たなZoomなどの遠隔会議システムの利用説明・研修の強化、トラブル対応の迅速化などの体制を直ちに充実させた。
 第3は、学生への指導と支援も手厚く行なった。これは、単なる技術的な指導・支援にとどまらず、新たな状況下での学びの意義・遠隔指導とオンライン授業を有意義に活用する方法・教職員や学生仲間とのコミュニケーションの取り方・自律的学修と自己管理の方法・精神面でのケアなど、居住型キャンパスでの主体的な学修及び積極的な学生生活をさらに充実させることをも目的とした。
 第4は、大学執行部から教職員へのコミュニケーションの密接化により、新たな教育・指導に関する方針を随時明示するとともに、現場での問題・懸念・要望などを汲み取り、大学全体として協力しつつあらゆる課題を乗り越えようと試みている。学長からの適時のメッセージ、プロボスト兼上級副学長からの情報提供、そして学部長の発出する連日の報告と最新動向の通知など、正しい情報を的確に伝える努力がなされた。
 第5は、教員間での意見交換と教育改善への取り組みも積極的に行われている。特に、教員組織の中にAcademic Councilという委員会があり、数名の代表教員が担当しているが、彼らが積極的に学術・教育面での推進的な役割を果たし、大学執行部と教授団との橋渡し役を果たしている。こうした役割は、遠隔指導への移行初期にとどまらず、春学期が終了する直前に、オンライン授業に関する学生からの評価を取りまとめる調査を実施したことにも現れている。また遠隔指導方式で実施する教育・指導についても、ウ大の教育が卓越性・独自性・全人教育の適格性などにおいて優れていることを再確認し、そうした優れた教育・指導をあらゆる学生に提供し、学生が大学の使命・教育理念に向かって主体的に学修活動に勤しむよう指導することの重要性を全ての教員が適切に理解し、指導に当たるべきと訴えている。

 ◇オンライン授業の目指すべきもの

 ところで、TIUAのASPは、例年2月初旬から12月中旬までの11か月にわたり開設される(7月と8月の夏季休暇を挟む)。今年は2月3日から開始され、新型コロナ騒ぎで遠隔教育・オンライン授業へと転換された3月中旬は、ASP授業と正課並行型活動等に係る学生指導が軌道に乗り始めた時期である。
 ASPは5月中旬までは英語学修を中心とした指導が行われるが、オンライン授業で英語の教育・学修が十分に行えるかという危惧を当然のこととして多くの者が抱いた。また教室外での様々な活動・指導が中止となったり、オンラインへと移行したりすることとなり、本来の機能を果たすことができるかという心配も拭えなかった。
 その上、ASPに参加している学生の多くはアメリカ人学生とルームメートとなっているが、そのルームメートの中には、寮を離れる決定をした者が少なくなかった。言い換えると、ASPに参加する大きな利点は、日本人学生が1年弱の期間であるが、ウ大生としての権利と義務を持ちながら、アメリカでの学生生活から学術及び学生生活などの多面的な経験を通じて多くの学びを実現できることである。その環境条件が突如として変わってしまった。
 TIUAの教職員は、こうした環境条件の変化に対して献身的な努力をもって学術成果・学生生活の維持・充実を図るべく通常の勤務時間を遥かに超える業務を遂行した。大学の教職員は、国の違いを超えて、学生の教育・指導へと力を注ぐものであるとの信頼に十分応える活躍であった。
 遠隔教育・オンライン授業へと移行してからの数日(3/16―3/20)にわたる経験に基づき、TIUA教職員による連日の打ち合わせ・会議等を開催したが、そこで合意した方針は、新たな状況下の教育では「対面指導と同等なものをオンラインで行う」ことではなく、本来のASPの使命と教育目標をさらに充実させるために、「どのような形と方法を用いてバーチャルな教育・指導・学修を実践することが望ましいかという課題の解決こそが重要である」との内容であった。
 為すべき課題は次の点であった。それまでも実践してきたアクティブラーニング方式での指導は、対面による授業での指導・課題の提示・宿題へのフィードバック・アカデミックアドバイジングによる個別指導を基盤とし、それらを円滑に実践するためにLMSの活用・Google諸機能の利用・アメリカ人学生ファシリテータの活用などを適切に組み合わせていくことにあった。それが、COVID-19対応として対面指導に代えてこれら一連の教育・指導をICTとバーチャル技術や電子会議システム等の新たな方式の組み合わせによって、いかに効果的に実施するかということへと移った。同時に議論になったことは、英語力測定試験や学生プレゼンテーションなど成績評価の方法も変更が必要となるということであった。
 以上の諸課題・改革は、実践経験のさらなる積み重ねに関する分析を十分に行い、問題発見と課題解決策とを慎重に検討する中から適切な具体策を出していくべきものであるが、移行直後の3月20日の段階でこうした基本的な理解と方針を共有し、同じ方向性に向かって進んでいくことの重要性について合意できたことは、次の段階の基礎固めとして一定の成果となると考えた。

 ◇学生・教員の直面した困難への対応

 ASPに参加している学生は、既に日本のTIUで少なくとも1年間の学生生活を経験し、ICT教育ではMoodleによるLMS指導に慣れている。TIUの教員によっては、Moodleで反転授業を展開し、ルーブリックを活用した学修プロセス・成績評価などを実践している者も少なくない。
 TIUAの教員は、全員が英語教育のエキスパートであるが、ウ大のLMSを利用し、また、Googleの諸機能を活用して連絡・通信・指導・ファイル共有などに当たることには習熟している。しかし、Zoomを利用しての同期型遠隔指導・オンライン授業は、学生も教員もほとんどの者が未経験であった。じっさい、学生も教職員も当初はいくつかの問題や困難に直面した。
 学生の問題は、僅かな人数ではあったが、パソコンを所有していない(大学のパソコン室・自習室で利用できるが、感染防止のための使用制限がある)、居住場所により通信環境が不安定である(その後判明したことは、通信不安定は、必ずしもWi-Fi設備やパソコンのみが原因ではなく、複数の要因が重なって生じる)、といった設備に関するものが先ずは生じた。その次に、対面授業と異なり、教員の指導時間が60分全体ではなく30分程度で終わってしまう(実際には、教員は60分の指導を行なっているが、その時間の中で学生に作業やグループワークをさせたりしながら個別に指導している時間をとっていたので、それが一部の学生には「手抜き」と勘違いされた)、あるいはバーチャルな指導では会話に入り難いとか負担に感じる、自室で一人だけで授業に臨むのは孤独である、といった声も上がってきた。
 教員は、自宅のパソコン能力・通信環境といった学生と同様の設備上の問題に直面したケースが若干あったが、これらは直ぐに解決できた。難しいことは、研究室に出られず、自宅からZoom指導に当たらざるを得ない場合や(子供の学校が休校となり、自宅で子供の世話をしなくてはならない。アメリカでは、一定年齢以下の子供には親が付き添っていなくてはならない)、自宅での個人的な用件と授業の提供とをうまく切り分けることが難しい場合などである。また、LMSを通じた事前の指導・事後のフィードバック(非同期・オンデマンド指導)等とZoomによるリアルタイム(同期)での授業との組み合わせをどのようにハイブリッドで展開するか、自由に利用できる適切なインターネット教材をいかに探し、どのように指導の中に組み入れるかを準備していく時間が当初は不足していた。
 これらの問題や困難については、それぞれに対応を行なったり、慣れていくことで解決を図った。学生も教職員も、適応力の異なる人間の集まりであるが、総じて速やかに解決できた。
(つづく)