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アルカディア学報

No.676

新入生への支援を検証する
初年次教育の到達点の確認として

研究員 沖清豪(早稲田大学文学学術院 教授)

 2020年1月以降、COVID-19の流行により、大学教育は大きな影響を受けている。特に春学期において多くの私立大学がその本旨である教育・授業を維持するために、遠隔授業を全面的に、あるいは部分的に導入しなければならない事態となり、リアルタイムでの授業実施の形式であれ、オンデマンド型の提供であれ、教授法の転換や評価方法が模索された。
 遠隔授業を行うためのハード面での改善や授業改善については、個別大学での取組み、あるいは全国的な教職員間でのネットワーク内での情報共有や研修などが進められた結果、一部個別授業・教員の問題はともかく、回復不能なトラブルは避けられたようである。教授法の改革に慎重であった教員の多くも、少なくとも技術的な観点からは遠隔授業の実施方法には習熟してきたものと思われる。
 しかし、地域による感染状況の違いや、大学の規模や学部の専門性の違いから、当面キャンパスの全面的な開放と教場での対面型授業を実施することが困難である大学も少なくない。文部科学省の調査でも7月1日時点で遠隔授業のみで授業を実施している大学は2割を越えている。
 こうした状況の下で、授業の「質の低下」とそれに伴う学費減免の要請、課題の多さに対する不満、あるいはキャンパスを封鎖し、対面型の授業を導入しない大学に対する社会的な批判、そしてキャンパス内での友人作りやサークル活動などが実施できていないことに対する学生からの批判もまた根強く見受けられる。こうした批判は、大学設置基準の内容、そして大学のキャンパスや授業形態がそれまでの学校段階とは大きく異なること等が、多くの学生や保護者、そして社会全体に十分理解されていないことも背景にあると思われる。また、2年生以上であれば、これまで構築してきた人間関係等を基盤としつつ、サークル活動から就職面談まで、オンライン上で様々な取組みを行い、限られた状況の中でも大学での学習や生活の充実を図ろうとしてきている。
 ではキャンパスでの生活を経験していないまま遠隔教育を受けることとなった新入生に対して、どのような支援が必要であり、あるいはそれをどのように実施すべきであったのであろうか。この点について初年次教育の内容を踏まえて改めて確認してみたい。

 現状を確認する

 新入生は、平時であっても初年次教育を通じて、高校までとは異なる大学での学び方や生活面での望ましいあり方について多様な方法を通じて学んでいる。遠隔授業であれ、正課教育の中では目的は同一である。では、コロナ禍の下で確認しておくべきこととは何であろうか。以下、いくつかの論点と課題を整理してみたい。
 ①行われた初年次教育の内容の把握
 大学・学部単位で行われている初年次教育は、演習形式のものからガイダンス等まで、方法も内容も進化してきている。今春の新入生に対して、学習スキルの習得がどの程度達成されたのかは、秋学期以降の授業への構えとして学生にとっても授業を行う教員側にとっても必要な情報となる。
 また、生活面での適応や特別な支援の必要な学生への対応といった学生支援の観点を含む取組みも、正課教育以外の領域での初年次教育として無視できない。特に教職員による担任制やポートフォリオを導入している場合は、その成果や課題を確認することが、今後の教育改善に必要な準備となりうる。
 あるいは、初年次教育がそもそも中途退学の防止を目指したものであるという歴史を踏まえると、大学への帰属意識の涵養やキャリア支援のための取組みがどの程度実施されていたかを確認することも重要であろう。
 ②現状の把握としての各種調査の実施
 多くの大学では入学時あるいは定期的に学生の生活状況や学修行動について把握し、内部質保証を実施していくための学生調査やIRの観点からの各種のデータ収集・分析が行われている。本年度は特に、遠隔授業がどのような成果をあげ、課題があったのかについて、学生自身の声を集め、過年度との違いを検証することが必要となっている。
 特に教職員が認識しうる課題以外の学生の生の声を集めるためにも、自由記述から課題を読み取り、秋学期以降の改善に活用する貴重な情報を収集し分析することが重要である。
 ③CPとDPとの整合性の確認
 教育プログラムの責任者は、実際に行われた教育実践とCPおよびDPとの整合性を確認する必要がある。遠隔授業等を通じて新入生は知識・技能を修得してきており、正課教育の目標は相応に実現できているはずである。では、正課教育以外で得られるべきと当該教育プログラムで捉えられている内容はどうだろうか。特に、汎用的な技能や態度といった分野の習得は、その教育プログラムの初年次において、どの程度進めるべきか。そしてそれは本年度どの程度まで実現できているのか。こうしたCPとDPと実際に提供された教育や経験とのずれを確認することで、教育プログラムを再検討し、到達点を確認し、今後の課題を明らかにすることが可能となる。
 また、この取組みの成果を公表することで、様々な批判への説明責任も遂行できる。もちろん、課題が明らかになったのであれば、それは今後迅速に改善していくことも必要であろう。
 ④心理相談・カウンセリング対応
 多くの大学では対面型の心理相談やオンラインによる遠隔相談の取組みが進められてきた。すでに3月11日には、日本学生相談学会が配慮すべき課題の一覧である「学生相談において遠隔相談を導入する際の留意点」を公表している。
 こうした取組みが新入生にどれほど周知され活用されていたのか検証し、必要であれば情報発信のあり方について再検討する必要がある。
 ⑤ピア・サポートによる支援
 従来から学習支援・学生支援の一環として上級生によるピア・サポートが導入されてきている。本年度は通常の活動はできなかったとしても、従来からピア・サポーターが積極的に活動してきた大学では、SNS等を利用して、上級生が積極的に新入生に働きかけ、多様な取組みを実施してきている。
 また、今回のコロナ禍は密になりやすい学生寮のあり方自体も問うものとなっており、一部の大学では入寮を延期するという事態も生じている。一方で、教育寮という側面を有していた学生寮の場合は、早期から先輩にあたるレジデンス・アシスタントが入寮予定者と積極的にコミュニケーションをとり、あるいは多様なプログラムを企画・実施している例がある。

 来春の新入生への準備として

 現在のような新型コロナへの感染状況が今後一年にわたり継続するとすれば、今秋あるいは来春入学する、未来の新入生に対する支援のあり方も視野にいれた検討が必要となる。特に、高大接続改革の影響を受けた第一世代にあたる来春の新入生は、改革の影響とコロナ禍の影響を重ねて受けている点で十分な配慮が必要となる。
 単に高校3年次の学習が十分ではないことによる基礎学力不足だけではなく、進学意欲や自己肯定感、あるいは社会や将来に対する危機意識といった多くの側面で、従来の大学進学者とは異なる層が大学に入学してくることが想定される。リメディアル教育、初年次教育あるいはIR担当者はこれらの可能性を事前に十分検討して、従来から実施している初年次教育プログラムの改善や進学者像を確認するための多様なデータ収集を進めておく必要があるだろう。
 本稿で言及した「現状の把握」とは、当該大学における教育改革の一環としての、初年次教育の成果の確認である。
 一方で、学生や保護者の一部からは、高校での学生指導や生徒指導の延長として大学教育を捉え、それに基づいた要請や不満が表明されている。残念ながら、過去20年以上にわたり大学改革が進められてきたことを、大学外の人々に理解されないと嘆いても生産的ではない。
 こうした状況の下では、社会全体に説明責任を課される大学として、その専門的観点から何ができ、何がなぜできないかについて徹底した説明を適切なタイミングで行うことが必要なのではないか。大学や学部の責任者が学生に対して耳を傾けつつ、徹底的に説明を尽くすことが、大学の意義を社会や学生自身に伝えるためにも必要になっているのである。