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アルカディア学報

No.674

地域の私立大学を活用せよ
地方国大定員増は一面的な方策

主幹 西井泰彦

「まち・ひと・しごと創生基本方針2020」の原案に、地方国立大学の定員を増加することが指摘されている。この方策案は、新型コロナウイルスの感染拡大で、都市部への人口集中のリスクを減少することの重要性の認識が広がってきたことを理由に、一極集中是正への対策の一つとして提起されたものである。しかし、本件に関して、以下の点から、慎重な議論が必要だと考える。

1.高等教育のグランドデザイン答申による地方国立大学の定員減

 平成30年11月に発表された「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン答申」では、①国立大学については、18歳人口の減少を踏まえた定員規模の検討を行うこと、②地域における高等教育のデザインを描く際は、各地域の立地条件や産業状況、歴史的背景など特有の事情を考慮する必要があり、国が直接関与するよりは、地域が「地域連携プラットフォーム(仮称)」を活用しつつ、検討すること、と述べられている。
 言うまでもなく、18歳人口が減少する中での地域における高等教育機関の在り方は、国立大学だけでなく公立大学や私立大学を含めて総合的に検討すべきであり、国立大学の定員増のみを提起する方策は極めて一面的なものと言える。

2.地方の国公私立大学の定員充足率の状況

 2019年度の国公私立大学を含む高等教育機関の定員充足状況を調べると、次の表1のとおりであり、公立大学が定員を大きく超過しており、私立大学が最も低くなっている(「全国大学一覧」・「学校基本調査」から)。
 大都市の一極集中を避け、地方都市の大学進学者数を増やすには、地方に立地している公立又は私立の大学の収容人数を増やすことも併せて検討されるべきであり、国立大学の僅かな定員増によって大都市集中が抑制されることにはならない。現在の定員充足状況を考慮すると、公立大学は相当な定員超過であり、国公立大学よりも私立大学の方の収容能力が大きい。更に、定員増に伴う人的、物的資源の効率的な確保や費用対効果を考慮すると、民間活力活用の観点からも私立大学を支援することがベターである。
 また、高等教育の修学支援新制度の開始に伴い、私立大学に進学を希望する学生に対して保護者の所得に応じた相当な授業料減免措置と給付型奨学金が創設されており、国公立大学を過度に優遇する必要はなくなっている。
 国立大学の在り方について付言すると、国立大学は、国家社会にとって特に必要であり、かつ、民間では維持が困難な教育研究分野にける人材養成や研究開発を重点的に担うことが本来的な使命と言える。しかし、現状では、運営費交付金の伸び悩みもあり、定員超過や学生数増加に依存する状況となっている。国立大学は量的拡大でなく質的向上が特に求められるセクターであるので、定員の超過や定員を増員する方向ではなく、定員内に実員を抑制しながら優れた教育研究条件を向上させるように努力することが基本命題である。更に言えば、学部の規模拡大でなく大学院教育の充実に比重を移すことが地域や社会の期待に応えることになろう。

3.都道府県単位の高等教育機関の定員充足状況

 国公私立大学全体の定員充足状況を都道府県単位で調査し、その中で、定員を充足していない県(表2)を示すと、次のとおりである(旺文社「2020大学の真の実力」から)。
 これらの県では、国公私立大学を合わせても定員を充足しておらず、未充足校も少なくない。国立大学だけの定員を充足する必要性は特にない。それどころか、一部の大学の定員を増やせば、地域における国公私間や私・私間の入学生の奪い合いが更に激化し、小規模校の存続が困難となり、高等教育機会の縮小を招く。
 次に、私立大学の定員が充足していない県(表3)を示すと、次のとおりである(出典同)。
 47都道府県中の23道県において私立大学全体で定員を充足しておらず、未充足校もかなりとなっている。逆に言うと、それぞれの地域において私学には入学生の収容力もかなりあると見られる。地域における高等教育の進学需要には、まず私立大学を活用することが望ましい。地域ごとの高等教育の定員の状況を考慮すると、地域の高等教育機関の活用と全体的な振興を推進する施策が必要である。地方国立大学の定員のみを増加する方策は一面的であり、地域創生に有効な効果を発揮するとは認められない。

4.地方高等教育機関のオンライン授業用の活用による連携

 最近、図1にあるように、各大学ではコロナウイルス感染防止のためにオンライン授業が開始されている(文部科学省「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況」から)。ICTを活用した情報ツールによって、大学教育の多くの部分が、何処でも、何時でも、何回でも、様々な形態で提供することが可能になってきた。学生は自宅にいながら学ぶこともできるし、優れた教員の授業を共有化して、蓄積し、オンデマンドで配信することができる。このことは、一つの大学で専任教員や施設設備をすべて自前で整えるという大学設置基準の考え方の再検討を促し、弾力的な大学運営を将来的に図っていくことが可能となる。大学間の人的、物的な閉鎖性や自立性も低下することになる。国公私立間の格差や壁も縮小すべきである。高等教育の「ユニバーサル化」が本格的に展開する時期を迎えている。
 例えば、地方国立大学において、優れた人的、物的な資産があるとするならば、それをICT技術によって有効に発信し、地域や全国において共有化する施策を遂行することが期待される。国立大学としての使命を再認識し、地域における各高等教育機関の役割と意義を発揮させるために自らリードする責務を果たすことが地域を全体的に振興させることとなる。自大学のみの僅かな定員増による領域拡大は「手前勝手」に過ぎる。

PDF (アルカディア学報 No.674 教育学術新聞掲載版)