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アルカディア学報

No.671

新型コロナウイルス感染症とアメリカ高等教育

研究員  丸山文裕(広島大学 名誉教授)

 各国の新型コロナウイルス感染症の状況と、それに対する対策は時々刻々変化している。高等教育を取り巻く環境も日々変わり、将来予測はもちろんのこと現状把握すら難しいが、4月末時点でのアメリカの状況を報告する。

学生への影響

 新型コロナウイルス感染症の影響で、外出自粛(shelter in place)や外出禁止令(stay at home order)によって経済活動がストップすると、大学進学をあきらめる学生が増加する。その場合選抜度が低い大学ほど、その影響を受けることが予想される。選抜度の高い大学は、入学合格者のうち実際に入学する学生の割合が高いため影響が少ない。
 2020年3月20日現在、アメリカ政府は外国人に対してビザの発給業務を一時停止している。よって選抜度の高い大学でも、海外からの留学生を数多く受け入れている大学では、少なからず影響が出る。大学の中には海外からの留学生がアメリカに入国できなければ、代わりに自国学生を入学させるところもある。その場合には補欠合格上(waiting list)にいるアメリカ人学生が、恩恵を受けることになろう。(Forbes Japan Mar.31, 2020電子版)
 10人以上の集会禁止等により、大学の授業はオンライン化されることになった。学生のなかには大学を離れ自宅に戻るものもいる。大学の寮、アパートなどの大学施設に居住していた学生は、大学から使用していない家賃の払い戻しが受けられる。しかし民間のアパートなどと契約していた学生は、親の元に戻りオンライン授業を受けていても、実際には空き部屋である家賃を通常1年契約期間中は払わなければならない。
 ミシガン州では3月18日に州知事によって外出禁止令が出された。それによって、リサーチアシスタントなど学内アルバイトや学外のレストラン、コンビニなどのアルバイトも削減され、学生の生活は苦しくなるものも出ている。(USA TODAY, April 21, 2020電子版)

学生ローン返済困難

 新型感染症拡大により、学生ローンの返済困難に陥っている者に連邦政府が手を差し伸べることになった。給与が支払われなくなった返済者には、雇用者との調整でこれまでの賃金が保証される。連邦政府の2・2兆ドル(240兆円)の経済対策法(3月27日成立)により、9月30日まで無利子で連邦政府学生ローンのすべての返済者に返済猶予が行われる。
 連邦政府はすでに2か月の連邦政府学生ローンの利子率をゼロとしている。同じく猶予も2か月となる。ローン返済不履行は3月13日にさかのぼって60日間猶予となる。これによって83万人分の1800億円が救済される。学生の負債額は、伸びは緩やかになっているものの、史上最高額である。さらにローン回収を政府から請け負う民間業者も回収手続きをやめることになる。(USA TODAY Mar.25, 2020電子版)

大学の経営危機

 コロナウイルスの影響により、全米5300の高等教育機関のうちの20%である1060機関が閉校の危機に立たされている。出生率の減少により10年前から大学進学人口は11%減少し、この状況はさらにあと10年続くとされる。アメリカの高等教育機関もこれに対して、授業料に対する奨学金の割合、すなわち割引率を上げざるを得ない状況に立たされている。これらの経営困難校は、選抜度の低い小規模私立大学、有名州立大学以外の中間低層州立大学、コミュニティカレッジである。これらの大学の中には、教員の一時解雇、サラリーカット、有給休暇日の削減を余儀なくされている。
 全大学でオンライン授業は必須となり、準備のできていない教職員もおり、大学は人的物的サポートに追われている。また学生に対しても授業サポートが必要となる。感染症によりアメリカの大学は大きな影響を受け、望まない選択を強いられる。すなわちクラス規模を拡大し、非常勤教員率を上昇させ、開講科目を減少させる。卒業までの期間が短縮され、学生教員間のコミュニケーションが減少し、学生中心授業が少なくならざるを得ない。
 閉校に追い込まれる大学のいくつかは、世代間で初めて大学進学する学生や、白人以外の学生を受け入れてきた大学であり、結局のところそれらの学生が貧困から脱出しミドルクラスに達する道を閉ざすことになる。(The Daily Beast, April 19, 2020電子版)

授業料返還訴訟

 多くの大学がオンライン授業を実施することになるが、大学には授業の開始以前に、学生保護者から授業料のほか寮費・食費、その他費用が払い込まれている。オンライン授業で不必要なこれらの経費の返還請求に応じることも必要となる。また授業料には図書館ほか施設使用料もふくまれるケースもあり、それらにどう応じるかも課題となる。(Forbes Japan Mar.31, 2020電子版)
 かねてから小規模リベラルアーツカレッジの経営が、困難であることは指摘されてきた。オンライン授業中での使用されない寮費の返還は、小さなカレッジの財政負担となる。今回の感染症拡大でも学生確保が難しい大学では、授業料収入の減による経営困難な状況が続く。また株式市場の暴落により寄付の減少も危惧されている。こうした大学では教職員の一時解雇や自宅待機がなされている。(Forbes Japan Mar.31, 2020電子版)
 バージニア州の宗教系私立大学のリバティ大学(Liberty University)では、感染症の拡大を受けて、オンライン授業に切り替えた後も寮食費、その他の費用の返還を拒否し、不当利益を得たとして、学生から訴訟を起こされた。オンライン後も通常授業を行っていると見せかけ、学生に費用返還を拒んだとされる。さらに訴状によれば学生に春学期の後に、大学に戻ることを勧め、学生を危険にさらしたとされた。また学長が新型コロナウイルス感染症の危険性を見逃し、大学も3月20日時点で学生に自宅待機でも、大学に戻るのも可能と、メール通知したことも学生に適切な安全策を与えず混乱させたとしている。(Associated Press, April 15, 2020電子版)

高等教育の再構築

 このような状況の中、The Week誌電子版は、アメリカ高等教育の今後の変化を以下9点ように予測している。
 ①閉校と統合 財政基盤の弱い大学は、これまでもいくつか閉校してきたが、経済不況によって入学者減、寄付金減、さらに大学独自の奨学金財源が不足し、悪循環によって在学者が減少し、授業料収入にも影響し、経営困難大学が増加する。
 ②大学スポーツの衰退 バスケットボールやフットボールのように人気のある大学スポーツも人との距離(social distancing)の奨励によって活動が縮小し、運営が赤字となる。ましてや収入の期待できない人気のないスポーツは、大学の支援ができず、活動が廃止される。
 ③キャンパス・アメニティの見直し 大学は入学者を引きつけるためこれまで豪華な学生寮、魅力あるキャンパスヤード、ボルダリング施設などキャンパス・アメニティに力を入れてきたが、これらは今後存続しないかもしれない。
 ④管理経費の削減 過去30年のアメリカの大学授業料は高騰してきた。その理由の一つが管理経費の増加であった。これが今後予算削減の対象となるであろう。
 ⑤学位の整理 将来の労働市場で金銭的に評価されない学位、すなわちリベラル・アーツなどは、さらに大学で修得開講されることが少なくなる。
 ⑥オンライン授業 外出禁止によってオンライン授業に依存せざるを得なかったが、今後これが新しい標準(new normal)となる。教材によっては繰り返し使えるので、大学はティーチング経費節減にますます利用するであろう。
 ⑦自宅通学の増加 経済不況によって、遠方の大学に希望通り進学していたものの中には、経費節減で自宅通学を選択するケースも増える。
 ⑧学生ローンの返還猶予 連邦政府の学生ローンの返還猶予が、9月末までと議会と大統領によって決定されたが、さらに伸びる可能性がある。
 ⑨大学の価値の再評価 オバマ政権時は大学のユニバーサル・アクセスが目指されたが、パンデミックによって財政難から、これが見直される可能性がある。(The Week, April 20, 2020電子版)