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アルカディア学報

No.666

高等教育と優遇税制
代替財源としての可能性

研究員  水田健輔(大正大学地域創生学部教授)

 ここでは、高等教育施策の実施にあたり「税制を活用する」という選択肢を考えてみたい。具体的には、就学支援における家計や機関に対する補助、あるいは施設建設費など多額の資金が必要となるケースについて、税制上の優遇措置を設けることで政府支出と同等の効果を上げる可能性を検討する。まずは、4月からの実施が迫っている高等教育無償化を取り上げる。
 日本では、住民税非課税世帯およびそれに準じた世帯に対して、所得水準に応じて3段階のグラデーションをつけた授業料等の減免と給付型奨学金が導入される。財源である消費税率引き上げ分については、法律上、社会保障関係費に使途が限定されるため、高等教育無償化を少子化対策の一環として整理した上で、予算は内閣府に計上し、文部科学省が執行する。つまり、目的の異なる税源を使用するために無理な解釈を付している。
 この施策の目的を、政治的意図ではなく、その制度設計自体から捉えると、「高等教育に進学すれば高い生産性を発揮する有為な人材を所得再分配により支援し、人的資本蓄積の充実を図る」ということになるだろう。つまり、所得再分配と経済成長を対立軸に置くのではなく、同期させようとする挑戦的な施策といえる。
 しかし、財源としている消費税は所得に対する逆進性の問題を孕んでいるため、所得再分配機能に逆行した財源を使用していることになる。よって、そうした財源をもとに特定所得層への財政支出を行い再分配するというのは、逆進性の補正を行っている分を差し引くと、理論的には効果を減じることとなる。
 なお、逆進性への対応について、日本では軽減税率が導入されたが、これは高所得者層にも同様の恩恵を与え、「簡素な税制」という租税原則の1つに反している。私見であるが、我が国の経済学者の多くは、所得税における「給付付き税額控除」(控除しきれない額を給付する負の所得税)の導入を支持していたと思われる。今回お示しするアイデアも「逆進性への対応策として給付付き税額控除が採用されていれば」という条件付きとなる。
 つまり、所得税に給付き税額控除を導入した上で、高等教育進学者を抱える家計に対して教育経費の税額控除を中心とした税制上の優遇を与えれば、可処分所得が増加し、財政支出と同じ効果が期待できたのではないかというのが一つ目のアイデアである。うまく設計すれば、高等教育進学に際して真に所得が不足している世帯には給付が行われ、今回の施策で相対的な不公平が生じそうになった中所得者層も税負担軽減の恩恵を受けることになり、一つの制度ですべてに対応できた可能性がある。そして、国税により捕捉された課税所得に応じて支援規模が決まるため、より細かな対応も可能となる。
 国が異なれば単純な比較は難しいが、この件について米国の制度を参照してみたい。米国における高等教育進学者とその家計に対する税制上の優遇措置の規模は大きく、税額控除、課税所得控除、政策減税等をすべて含めると、2017年度で約405億ドル(4兆円強・実質値)に達しており、低所得者向け給付型奨学金の代表であるペル奨学金の規模を超えている(The Pew Charitable Trusts 2019,Two Decades of Change in Federal and State Higher Education Funding)。この金額規模は、2000年度に比較すると約3倍に伸びているが、その主たる要因は「米国機会保障税額控除(American Opportunity Tax Credit(AOTC)・旧称Hope tax Credit)」の拡大である。内国歳入庁のウェブサイトによると、2020年1月31日現在の制度内容は、以下のとおりである:高等教育機関に最初に就学してから4年間、学生1人あたり年間最大2500ドルの税額控除を受けることができ、もし控除後の税額がゼロになった場合には残りの控除額の40%が最大1000ドルまで給付される。その他にも、日本の特定扶養控除に似た19~23歳被扶養者に対する課税所得控除など、高等教育就学者がいる家計に対する税制上の優遇には10を超える制度があるが、今回のアイデアに似た制度としてAOTCを紹介した。
 なお、米国の連邦議会予算局では、連邦政府奨学金を中心とした直接補助と税制を使用した支援の合計でどの所得階層に何%の支援が行きわたったかを計算して、所得再分配効果を報告している(Congressional Budget Office 2018,Distribution of Federal Support for Students Pursuing Higher Education in 2016)。今回の無償化施策が先述の目的を持つものであれば、同様の形で所得再分配効果の確認を行うとともに、所得階層別の進学率および卒業率の改善効果を計測して報告することが必要であろう。
 次に施設建設費について米国の例を検討してみよう。米国大学協会が発行するリーフレットでは、大学の施設建設財源のオプションとして以下の6つを紹介している(Association of American Universities 2018,Tax-Exempt Financing by Universitiesand Colleges):(1)自前の財源、(2)寄附金等、(3)政府補助金等、(4)新市場税額控除および歴史的税額控除(申請可能であれば)、(5)課税債、(6)免税債。日本ではあまり聞き慣れないのが4番であり、税額控除を施設建設財源としてあげている点が興味深い。
 まず、新市場税額控除(New Markets Tax Credit:NMTC)とは、2000年のコミュニティ再生減税法(the Community Renewal Tax Relief Act)の一部として実施されている投資家への税額控除制度である。低所得世帯が集中しているコミュニティにおいて、連邦財務省管轄のCDFIファンド(Community Development Financial Institutions Fund)が認定したコミュニティ開発機関(Community Development Entities:CDE)が7年間で39%の連邦所得税の税額控除が受けられる投資を募集する。投資家から調達した資金は、CDEによって適格とされたコミュニティビジネスやその他の投融資案件に提供される。つまり、大学の施設建設等がこの制度の適格とされれば、投資家から集めた資金を活用できる。
 次に歴史的税額控除(Historic Tax Credit:HTC)は、1976年の税制改正により始まった歴史的建造物の再生・再利用促進を目的とした優遇税制であり、国立公園局と内国歳入庁が所管している。再生事業を担当するデベロッパーは、適格と認められた所要経費(Qualified Rehabilitation Expenditures:QRE)の20%について連邦所得税の税額控除が受けられる。大学の場合もキャンパス内の歴史的建造物が適格となった場合、改修等の経費について連邦政府が税制をとおして一部を負担する形となる。
 NMTCおよびHTCの両方とも、民間セクターに税制上のインセンティブを与えて投資を促進するものであり、各制度の所管政府機関によって、地域経済効果等の分析結果も報告されている(US.Department ofFinance & CDFIFund 2013,New Markets Tax Credit Program Evaluation; Rutgers & National Park Service 2019, Annual Report on the Economic Impact of the Federal Historic Tax Credit for FY 2018)。
 日本では国立大学法人等でPFI/PPPの優先検討規定が設けられ、施設建設等において民間資金の活用を図る方向に力を入れている。
 米国の制度は特に高等教育を対象としたものではないが、日本においても地域開発にかかる投資促進税制の導入・充実が図られ、地方大学の施設建設等が地域開発と一体となった時に、新たな財源となる可能性が示唆されている。
 以上、今回は米国の事例を参考にしながら、アイデアの提示のみを行った。
 もちろん、これらのフィジビリティを確認するためは、より詳細な試算と検討が必要である。内容に関するありうべき誤謬等については、識者のご叱責・ご示唆を乞いたいと思う。