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アルカディア学報

No.665

『学長リーダーシップの条件』に込めた思い

研究員 両角亜希子(東京大学大学院教育学研究科 准教授)

 ありがたいことに、2019年12月に出版した編著『学長リーダーシップの条件』(東信堂)の紹介記事を書きませんか、とお声がけをいただいた。本書に込めた思いや本書で明らかになった内容を簡単に説明するとともに、今後の展望についてまとめさせていただきたい。
 日本の大学は、自主性、自律的な改革の重要性が指摘されつつも、奇怪なことに、その改善や強化が政策的に進められている。近年の高等教育政策では、補助金要件などを通じて、改革内容の細部にわたる統制を強め、同時に大学のリーダーである学長の権限を近年、強化してきた。実際に、学長の影響力は大きくなってきたというのが多くの大学関係者の実感ではないだろうか。
 そうした中で、どのような改革を学内で実現するかではなく、政策で示された内容を学内でどのように実現するのかを必死に考える大学経営人材が増えてきた印象を受けている。しかし、これでは自主性、自律性とは程遠く、大学は良くならないどころか、疲弊するだけで弊害が多いのではないか。こうした強い危機感から本書をまとめることにした。大学が社会から期待される役割を果たしていくためにも、大学自身が環境の変化を読み解き、今後の望ましい姿を考え、何をすべきかを考え、実現していなければならない。そうした方向に学内をリードする上でも、学長の役割はきわめて重要であるが、彼ら・彼女らがリーダーシップを発揮するために必要なのは、ガバナンス改革ではなく、人材養成であるというのが本書で最も訴えたいメッセージである。権限と責任ばかりを押し付けるのではなく、学長をはじめとする大学上級管理職のしごとの魅力を伝え、その人材育成やサポート体制の充実を支援していくことが不可欠である。
 本書は、大きく2部構成になっている。第1部では、学長を含む大学上級管理職のしごと・研修の実態について検討している。たとえば、仕事については、学長は他の上級管理職と比較しても、業務の範囲も広く、様々な能力を必要とする非常に難しい業務に取り組んでいることをアンケート調査から明らかにしている。また、学長の役割への期待が高まる中で、研修が充実してきてはいるものの、半日程度の文部科学行政、事例発表などの知識のインプットが中心で、意見交換やネットワーキングを支援するスタイルの研修や、より体系的な研修が不足していることを示した。研修機会は増えているにもかかわらず、学長や理事長など、上位層の管理職ほど研修を受けていない割合が高いことも問題点として指摘した。
 第2部では、学長たちはどう育ち、どう改革をリードしているのか、アンケート調査や学長へのインタビュー調査から検討している。学長の影響力や有効と考える能力は設置形態や規模だけでなく、在任年数によっても異なることが分かった。その一方で、学部長や執行部の経験は学長職を務めるうえで不可欠であると語られることが多いが、アンケート調査の分析からは、そうした学内役職の経験の有無は、学長としての影響力や必要な能力などに影響を与えていないことが分かった。学長へのインタビュー調査の結果をあわせて解釈すれば、同じ役職を経験しても、経験の質やその役職を担うためにした努力が個々人によって大きく異なっており、そうした努力の違いの影響力の方が大きいからではないかと考えられる。
 優秀な学長達へのインタビューからは、ビジョンを示す実現につなげる能力や覚悟といった組織目標を達成するための努力と、構成員の理解や協力を引き出すための工夫やコミュニケーションという大きく二つの側面をいずれも重視していた。また、いずれの学長達も様々な機会を捉えて、高等教育や政策、経営について学んでいた。今後の学長人材育成に対しては、学長達は自分が育った方法が望ましいと考える傾向にあったが、一定の資質がある人物に役職を与え、同時に学んでもらい育成していくのが有効という共通項があった。以上が本書の主な知見である。
 終章でも少しだけ紹介したが、私たちの研究チームでは、理論と実践の好循環を目指して、学術研究を進めるだけでなく、2018年から私立大学の新任学長セミナーを開始している。1回の試行の予定だったが、参加者からの強い要望でしばらく続けてみることになり、2019年12月26日には2回目のセミナーを実施した。午前のセミナーでは昨年の参加学長が集まり、1年間の成果を持ち寄って報告してもらった。昨年は30名の新任学長と学長就任予定者が参加したが、年末の忙しい時期にもかかわらず、この半数の15名が今回も申し込み、予定が合わなかった学長達もメッセージを多数寄せてくれた。
 インフルエンザが猛威をふるった時期で残念ながら直前に来られなくなった学長が3名おり、結果的に12名が参加した。それぞれが取り組んだ課題や成果、現在感じている課題感を話したが、1年前とは全く異なる雰囲気で、貴重な取り組みにあふれていた。さらに議論すべき素晴らしい論点がたくさん出されたのに、その時間が取れなかったのが残念で申し訳なかった。
 午後のセミナーは筆者による趣旨説明、国際基督教大学の日比谷潤子学長の基調講演の後、7名のアドバイザー学長を議長に班別討議を行い、最後に全体まとめを行った。今年の新規参加者は29名で、合計41名の学長・学長就任予定者が参加した。参加者からのアンケートでは、「班別討議が有益だった」、「学長間のつながりはあまりないので縦と横のネットワークができてよかった」、「メンバーを変えて班別討議は2回行いたい」、「1日では足りないから2日間開催してほしい」等の意見が多く寄せられた。学長としての心配事を本音で相談できるネットワークとして発展させていくことが学長たち自身から強く要望されていることを改めて感じた。
 また、同時に学長達の議論は私たち研究者にとっても現場を知り、研究を発展させ、新たな研究課題を発見するうえで非常に有益で刺激的な機会となっており、より多くの研究者を巻き込んでいけたらと考えている。学長のしごととはどこまでで、チームとしての執行部をどのように構成し、どう役割分担や権限委譲をしていけばよいのか。理事長や理事会と学長の関係をどのように整理していけばよいのか等、研究としても取り組むべき重要な課題をたくさん突きつけられる機会となっている。
 一研究者、一大学にできることには限界があり、本書で提案した発想を日本の大学全体の課題として、行政も社会も大学も共有し、持続的で組織的な実践に発展していくことを願っている。大学経営人材の育成、学長のリーダーシップの研究はまだ途上であるが、現時点で本として発表した思いはそこにある。多くの方に読んでもらい、ご意見、ご批判、ご提案等いただけたら幸いである