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アルカディア学報

No.664

離学率減少と修学・就労支援へ
神戸学院大で「学生の未来センター」開設

研究員  立田慶裕(神戸学院大学人文学部教授)

 神戸学院大学では、2018年に「学生の未来センター」を開設した。2019年10月19日には、「希望を育むために何ができるか」というテーマのもと開設記念シンポジウムが開催された。本稿ではシンポジウムの内容として、センターの意義や取組、そして学生の「希望」をめぐる問題を紹介する。
 同シンポジウムは、ポートアイランドキャンパスで開催され、学長の佐藤雅美氏の挨拶に続き、学生の未来センター所長の西垣千春氏より開設の意義と取り組みの説明があった。さらに、東京大学社会科学研究所教授の玄田有史氏から「20代からの仕事道(しごとみち)」と題した基調講演が行われ、神戸市兵庫区社会福祉協議会地域支援課長の長谷部治氏及び株式会社マイナビ就職情報支援本部編集長の高橋誠人氏から取組みへの協力内容の説明に続き、その後、副所長の中村恵氏と筆者を加え、参加者とのパネルディスカッションが展開された。
 まず、西垣所長による設立の背景では、学生にとって大学は最後の学校教育機関であり、離学せざるを得ない学生の半数は積極的な退学意向がないことが強調された。文部科学省の「学生の中途退学や休学等の状況について」(2014)によれば、平成24年度の中退者(休学者を含む)数は約8万人、うち私立大学は6万5千人である。在学者数からみればわずか2・65%であるが、平成19年度の2・41%から増加傾向にある。中退の明確な理由は経済的理由が20・4%と最も多く、転学と学業不振が15%前後と続く(休学の場合の理由は留学によるものも多い)。独立行政法人労働政策研究・研修機構の「大学等中退者の就労と意識に関する研究」(2015)のハローワークを利用した大学中退者の調査結果によると、大学の中退理由に学業不振・無関心が42・9%を占め、家庭・経済的理由によるものが19・3%となっている。とりあえず進学するといった曖昧な進学理由が「学業不振・無関心」の中退に結びつく傾向があり、中退が年齢を重ね本人の職業生活に影響し続ける。「退学および修学・就労支援プログラム推進ワーキンググループ報告」(神戸学院大学、2018)は、離学者の半数が2年次終了までに離学することや留年経験者に離学のリスクが高いこと、学業問題などによる大学不適応への早期発見の重要性などを指摘している。退学を未然に防ぐためにも、大学全体の取組、専門家だけではない教職員あげての体制づくりや地域の行政体や企業との連携が重要となる。退学者の研究から、大学中退が学習機会の喪失や非正規就労の長期化を招くとすれば、退学原因の緩和による卒業率の向上と能力開発による正規就労者の増加が大学の重要な役割となる。
 専門知を集結する総合大学が離学者に対して何の手立ても打たないのか、多様な研究視点で解決の道を開けないのかという問題意識に立ち、学生の未来センターは、その目的を就学・就労の支援により、退学原因の緩和から卒業へ、そして、能力開発から正規就労への道筋を開いていくことに置く。主なセンターの機能は、①全学相談窓口の設置(早期対応スクリーニング法の開発や相談体制の構築、情報分析と発信)、②修学意欲の向上(修学目的の明確化、インターンシップ、単位修得の仕組み形成)、③修学・就労支援(転学部・転学科の支援、計画的長期修学制度)、④居場所作り(合理的配慮の推進、多様な空間配置、相談コーナー設置)とする。これらの機能についての検証・評価のマネジメントを行いながら、離学率の減少と就職率の向上を図っていく。教育機関である大学の役割を見直し、以下の図に示したように地域資源を巻き込んで、学生の未来を作り出すことがセンターの大きな目的となると締めくくった。
 玄田氏の講演では、ニートの研究や兵庫県のトライアルウィークとの出会いの経験を踏まえながら、学生と社会との仲介組織として大学卒業を学生に保証する、学生に希望を生むというセンターの意義が論じられた。特に人との出会いや別れを大切にすること、歓迎会や送別会をきちんと行う企業は、人の価値を大切にする。「よく別れること」は、未来への希望につながる。希望がない理由には、先がみえない場合と先が見えてしまったという場合がある。先がみえないとは、どれだけその仕事に力を注いでも価値が見いだせない場合である。仕事には苦しい仕事や楽しい仕事に加えて、苦しく楽しい仕事もあるのではないのか。希望があることにも理由がある。大学をやめたいと思う気持ちではなく、大学にいたいと思う気持ちがあるのかも。その理由の一つが、人との絆ではないだろうか。強い絆だけではなく、弱い絆にも注目する必要がある。そうした絆作りへの期待で講演を終えた。
 長谷部氏はその経験から、希望を育くむ三つの条件を述べた。一つは生活分野として「職業」「社会」「家庭」があるとすれば、それぞれの役割への関わりである。一つしかない人は孤立予備軍といえ、一つもない人は社会的に孤立する。各分野の中に自分の居場所と役割を持つことが必要という。第二に、「社会保障教育」への取り組みである。氏は、中学生を対象とした「年金」と「健康保険」の教育プログラムの開発に取り組むが、大学生にもそうした知識が必要と述べた。社会的な孤立者の多くに無保険、無年金が広がる。高校・大学の中退者にも同じ問題がある。年金や保険についての早期学習の重要性である。最後に、相談が苦手な人が大勢いるという問題。その背景には強い自己責任意識や個人主義が隠れる。人に迷惑をかけてはいけないという倫理観より、他人に迷惑をかけて生きているのだから、他人を許す心や気軽に他人に相談してもいいという道徳観が重要とした。
 高橋氏からは、大学生の中退予防のための科学的・分析的方法としてマッチングシステムの説明が行われた。最後のパネルディスカッションでは、質疑応答とともに、消極的な退学問題だけではなく、休学における留学などの積極的な学生の人生設計、そこに関わる教職員の未来についてもセンターが応える必要性も論じられた。「学生の未来センター」が大学という閉鎖空間にとどまらず、学生と教職員の未来、そして地域の発展につながることを期待したい。