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アルカディア学報

No.663

高等教育におけるいわゆる
“教育費無償化政策”のひずみ〈下〉

濱名篤(関西国際大学理事長・学長)

 しかし、こうした機関要件という条件が突如打ち出されたため、経過措置として専門学校法人では初年度の収容定員充足率は6割、翌年7割、3年目で大学法人並みに8割という要件になるということですが、これらの経過措置はどの程度の緩和剤になるのでしょうか。2年制の専門学校の場合、6割の充足を翌年7割にするには翌年の新入生の定員充足率は20%のアップ(80%に)しなければ翌年打ち切り、7割から8割に上げるにはさらに20%アップが必要になり、実質的には極めて困難です。大学と比べ定員小規模校が少なくない専門学校では入学定員の縮小も簡単ではありませんし、可能ならすでに着手されていたでしょう。さらに、現在の1年生はこうした制度がどのような基準になるのか、自分が入学した専門学校の定員充足率も事前に情報公開されておらず、友人がたまたま入学した学校では無償化策の恩恵を受けられ、たまたま未充足校に入学した自分は減免を受けられないという事態が来春には多数発生することになります。
 これでは、無償化策を本当に必要としている(大学以上に専門学校のほうに多いと考えられる)家庭の学生・生徒にとっては理不尽だと受け止められることは必至でしょう。受給者にとっては、機関要件が在学中に充たせなくなった大学や専門学校に入学していたために、途中打ち切りになってしまったら学業継続ができなくなりかねません。
 なお、こうした専門学校のなかには人材不足が問題の介護福祉士の分野も含まれています。
 以下の表は高等教育の修学支援新制度機関要件の確認申請・審査状況と、介護福祉士の養成機関である日本介護福祉士養成施設協会(介養協)の会員校の機関要件の申請・採択状況です。以下、表1より専門学校に注目すると、全分野の専門学校2713校中1689校62・3%は全体と比べ10ポイント以上の低さとなっています。表2より人手不足とはいえ就業条件が悪く高校新卒者に人気がなくなっている介護系では、初年度でこうした状況では次年度は過半数が機関要件を充たせなくなり、さらに学校数が減少し、人材育成の量的確保が難しくなる可能性が高くなるリスクがあります。国家資格を持つ人材を必要とする厚生労働省と文科省や内閣府との連携がとられていなかったからかもしれません。国家資格を目指す厚生労働省認可の養成施設でありながら、現1年生も含め、学校の選び方1つで進学者の学費負担の格差が発生することが大きな社会問題化することが予想されます。
 こうした分野は各官公庁の指定養成が行われている分野で最も問題になりそうですが、それらに限ったことではないかもしれません。
日本の奨学金制度は歴史的にみて{育英}(優秀な人材の育成)と{奨学(経済的に進学しにくい者の進学機会確保)}の2つの原理に基づき構築されてきました。今回の教育費無償化政策は、少子化の一因である家庭の経済力の差による教育費負担の格差を緩和する{奨学}政策の一つであったはずが、既存のJASSO奨学金以上に相体的成績優秀者であることを求める{育英}政策になってしまったことに大きな疑問を感じます。
こうした個人や機関によっての格差が大きくなるリスクに加え、機関要件を充たした大学・短大・専門学校についても大きなリスクをはらんだ制度であることも付け加えなければなりません。
 教育機関にとってのリスクは2つあります。
 ひとつは、無償化をどのタイミングで実施するかです。給付型奨学金の対象には入学金も含まれます。入学金は、入学する権利を保障する費用という性格上、いったん納付すれば入学しなくても学校から返還されません。そうすると収入が増えるわけでもないのに入学金を免除してしまえば、学校は免除した入学金を誰からも補填してはもらえません。
 もう一つのリスクは中退者や成績下位4分の1で給付打ち切りになった学生の給付型奨学金・授業料等減免を学校が立て替えていた場合、それをどのように誰から返済してもらえるかです。現在の資料を見る限り受給者から返金してもらえなければ、学校が負担しなければならないリスクを負うことになりそうです。ここでも「成績下位4分の1」という相対的基準が気になります。従来のJASSOの基準なら成業の見込みは学校の責任で判断できる余地がありますが、相対的順位はすべての学校にリスクを負わせることになります。受給対象者が仮に全学生の2割とすれば、彼らが他の学生と同じ成績分布であった場合、その4分の1つまり5%は打ち切りのリスクがあることになります。
 このようにみてくると、今回のいわゆる高等教育における無償化政策は、趣旨・目的と実際の制度設計の矛盾があるために、学生・保護者にとってもこれまで進学しにくかった階層から仮に入学して適用対象になれたとしても、打ち切り・中退のリスク("奈落の底"への転落)を負いかねない側面と、高等教育機関にとっても機関要件未充足による"危ない学校"というレッテルづけのリスクに加え、すべての学校に学校が立て替える費用の回収ができなくなるリスクを抱えているといってもいいでしょう。
 筆者の周辺からは、高校は入試問題に気を取られ、高校在学中に対象となる生徒たちへの告知が不十分であるとか、大学等でも11月中に対象となる学生自身が登録しなければならないということが徹底されているのか、機関要件未充足校に在学している個人条件を充たした学生・生徒がその影響を理解しているのかといった状況であるといった疑問の声が多いのが現状です。せっかくの制度が機能する実施となることを願うばかりです。
(おわり)