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アルカディア学報

No.660

私立学校法改正と私大経営の未来
―第71回公開研究会の議論から―

研究員 浦田広朗(桜美林大学大学院 大学アドミニストレーション研究科教授)

 学校法人の役員の職務と責任の明確化、中期的な計画の作成、情報公開の充実、破綻処理手続きの円滑化などを改正点として、5月に成立・公布された改正私立学校法は、来年4月より施行される。改正内容についての文部科学省による説明会も実施され(本紙第2784号既報)、各学校法人では内部への周知や寄附行為の変更などを進めているところである。
 しかし、求められるのは形式的な法令遵守ではなく、ガバナンス改善を中心とする法改正の趣旨の理解であり、それを学校法人の経営改善に活かし、私立大学がこれまで以上に社会に貢献できるようにすることである。私学法改正の背景と趣旨を理解し、これからの私立大学の経営課題を議論するため、私学高等教育研究所は「私立学校法改正と私大経営の未来」をテーマとする公開研究会を10月15日に開催した。
 研究会は、今回の法改正に携わった川村匡氏(文部科学省高等教育局私学助成課課長補佐)の講演に始まった。私学法改正の背景として川村氏が指摘したのは、大学への期待に応えるための大学改革である。昨年11月の中教審答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」も、大学の経営力を強化する仕組み等の検討を求めている。骨太方針2018なども踏まえると、大学の経営力強化は、高等教育機会の確保や教育の質向上と並んで、高等教育改革の柱と位置づけられる。
 18歳人口が減少する中で私立大学経営は困難な状況にあるが、税制上の優遇措置を受けていることに示されるように、学校法人は公益性が高いものであり、社会福祉法人等と同等以上に公益性を担保することが必要とされる。こうした観点も含めて学校法人のガバナンス機能の強化等について検討するために設置された学校法人制度改善検討小委員会は、本年1月に「学校法人制度の改善方策について」として、①学校法人の自律的なガバナンスの改善・強化、②学校法人の情報公開の促進、③学校法人の経営の強化、④学校法人の破綻処理手続きの明確化を提言したが、それが今回の私学法改正の論拠となっている。
 改正された内容は、学校法人の責務の規定化、役員の職務と責任の明確化(善管注意義務や損害賠償責任の明確化、利益相反取引制限の対象拡大、監事の機能強化など)、情報公開の充実(寄附行為・役員名簿・財務書類・役員報酬基準の一般閲覧など)、中期的な計画等の作成(認証評価の結果を踏まえた計画の作成など)、破綻処理手続きの円滑化(解散命令による学校法人解散時の所轄庁による清算人選任など)であるが、改正法成立時の附帯決議や骨太方針2019などを踏まえると、なお見直しが必要であり、今後とも学校法人制度改革のための検討を行うとして、川村氏の講演は締め括られた。
 続く高祖敏明氏(聖心女子大学学長)の講演は、私立大学の特性と2004年の私学法改正以降の政策の流れを踏まえて、私立大学の経営の在り方や方向性を考えるというものであった。
 高祖氏によれば、大学組織はヨーロッパ中世のギルドに発しており、そこでの構成員による自治は、意思決定・執行・監督の全てを自らの責任とすることを意味した。この伝統は日本の大学も受け継いでおり、大学のガバナンスは大学の自主性・自律性の中核である。ただし、国立大学は国立大学法人法によって、私立大学は私立学校法によって規定されているため、国立大学と私立大学では、ガバナンスの在り方が異なる。
 その違いを例えば中期目標についてみると、国立大学の場合、国民の代表である文部科学大臣が中期目標を定め、目標を達成するために大学が作成した中期計画も文部科学大臣が認可することになっている。さらに国の評価委員会による評価を行うことで、ステークホルダーである国民の意思が法人運営に反映される仕組みとなっている。
 これに対して改正私学法は、学校法人が中期的な計画を作成する際に認証評価の結果を踏まえること、および評議員会の意見を聴くことを義務づけているが、計画の内容や期間、あるいは達成度の評価については各学校法人の裁量に委ねている。
 すなわち、国立大学とは異なり、法律で規定する範囲が限定され、私立大学の自主性・自律性が尊重されている。このため、私学団体がガバナンス・コードを自ら定め、それに則って大学を運営することが必要となる。高祖氏は、私立大学版ガバナンス・コードをこのように位置づけ、自主行動規範であるガバナンス・コードによって、大学の自主性・自律性を担保することが重要であるとした。
 両氏の講演を踏まえて行われたパネルディスカッションは、水戸英則氏(二松学舎大学理事長)、佐野慶子氏(公認会計士)、川村氏をパネリストとして、モデレーターを務めた西井泰彦氏(私学高等教育研究所主幹)からの質問に各氏が応える形で進められた。質問に対する回答のうち、主なものは次の通りである。
 今回の私学法改正で、学校法人の責務として、設置する学校の教育の質向上に努めることが定められたが、それは個別の教育・研究の内容に法人が介入することを定めたものではなく、学長の権限と理事会の権限との関係に変更を加えるものではない(川村氏)。
 私学法で定められた骨格部分とそれ以外の部分を含めて学校法人のガバナンスを理解し、自主的・自律的にガバナンスを強化する仕組みとして作成したのが私立大学版ガバナンス・コードである。今回、中期的な計画の作成が私学法によって義務づけられたが、中期的な計画に盛り込むべき内容は日本私立大学協会が作成したガバナンス・コードに例示されている。各大学でガバナンス・コードを作成することは、ガバナンスについての理解を深め、ガバナンス強化に資するものになる(水戸氏)。
 今回の改正で、役員の権限と役割の明確化から進んで、権限と責任の明確化がなされたのは重要な意義がある。権限と責任を明確にするためには、理事会や評議員会の構成を再検討する必要があるが、それぞれ私学法で定められた構成を守ることによって、実効性のあるものに近づくと考えられる。中期的な計画については、法定に関わらず当然に作成されるものであり、社会変動が激しい中では毎年見直しもなされるものである。したがって、計画が達成されないような場合は、適切な時に計画を見直さなかったことに問題があるということができる(佐野氏)。
 全体として、私立大学の自主性・自律性の尊重をキーワードに議論が進んだが、学校法人制度は会計基準に関しても他の種類の公益法人を先導する役割を果たしてきたことが確認され(佐野氏)、その公共性・公益性を守るためにも私立大学が自発的にガバナンスを強化することが必要であることが指摘された(水戸氏)。
 学生が安心して学べる環境を整備するためのガバナンスという点に立ち返るべきとの指摘もなされ(川村氏)、ガバナンス改善を通して私立大学が社会からの信頼と支援を得るための道筋が示された研究会となった。