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アルカディア学報

No.658

アクティブラーニングの現状と課題

客員研究員 土持ゲーリー法一(京都情報大学院大学 副学長・教授)

 はじめに

 2019年9月、カナダのクイーンズ大学を訪問した。
 この大学のアクティブラーニングルームは「アクティブラーニング・スペース」とも呼ばれている。また、後述の「ICEモデル」開発者の一人、スー・ヤング博士がセンター長を務める教育・学習センター(CTL)がある。アクティブラーニングとICEモデルには密接なつながりがあり、アクティブラーニングを実践するうえで効果的なツールである。
 本稿は、ICEモデルを授業で実践しているジェームス・フレイザー(James M. Fraser, Associate Professor, Department of Physics, Engineering Physics & Astronomy)博士へのインタビューを通して、カナダにおける最近の大学授業について伺い、日本におけるアクティブラーニングの現状と課題について考察するものである。同大学は、カナダを代表する大学の一つで、2015年ノーベル物理学賞「ニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ振動の発見」で、同大学のA・B・マクドナルド(Arthur B. McDonald)名誉教授と東京大学宇宙線研究所梶田隆章教授が受賞したことでも知られる。
 フレイザー博士も物理学教授で15年間教えている。数年前にカナダのベストティーチャー賞と称される「3M National Teaching Fellowship」に選出された優れた教育者である。

 ICEモデルの実践

 フレイザー博士は、CTLの研修でブルームの「タクソノミー」とは異なるICEアプローチについて学んだ。ICEとは、I(アイデア)、C(コネクション)、E(エクステンション)の頭文字からなる(詳細は、「アクティブラーニングの効果~ICEモデルの活用」本紙第2622号(2015年10月21日)を参照)。彼によれば、ブルームの「タクソノミー」が複雑であるのに対して、ICEモデルは簡潔さが魅力的であるという。授業は1年次から4年次の学生を教えているが、物理学専攻の学生は「I」だけの学びに満足せず、「C」に関心がある。なぜなら、コネクション(関連づけ)を学ばなければ、応用につながらないと考えているからである。従って、ICEモデルは「C」が最も重要である、と話してくれた。
 授業のはじめにICEについて説明するので、学生にはICEの学びに対する準備ができている。それでも2つの質問をすると、最初の「I」に関した問いは容易に答えられるが、2つ目の「C」に関した問いは混乱することが多い。なぜなら、それが「混乱(Confusing)」の原因になっているようだからである。「同じ「C」でもConfusingの「C」だ」と苦笑した。しかし、Cが難しくて混乱するのは良い兆候だと考えているとも話してくれた。
 Eについては、Eであることを学生に伝えない、なぜなら、多くの場合、オープンエンドの答えが多く、決まった解答がないので、学習者に自ら学ぶようにさせているからだという。

 アクティブラーニングと「フリーライダー」

 アクティブラーニングを積極的に進める教員の頭痛の種が「フリーライダー」と呼ばれる「タダ乗り」の存在である。この対処に関する共通の悩みについて、フレイザー博士はチャレンジングであるとしながらも対処法を共有してくれた。
 2010年、サバティカル休暇を利用してハーバード大学エリック・マズール教授のもとで、ペア・インストラクションについて1年間、学生同士で解答を考えさせる技法を学んだ。印象的だったのは、同僚の授業参観が自由にできたことで、クイーンズ大学では考えられないと振り返った。アクティブラーニングにおけるグループ活動は、学生に学びの責任を持たせることが基本であるとの考えであった。
 授業では、教室外で学習したことを教室で繰り返さないことが重要である。教員が繰り返すことがわかれば、学生は怠けて学習しなくなる。これは反転授業の事前学習でも同じである。授業で同じことを繰り返すことは時間の浪費である。学生には、授業では繰り返さないことを周知している。事前学習は事前に教材を読むだけではない。分からないことを教室で議論するための準備をさせるところであることを理解させる。
 フリーライダーの問題は、「モチベーション(動機づけ)」とも深い関わりがある。正解を探す問題ではなく、自分の意見が正しいことを主張できるようにする。そうすればできる学生とそうでない学生との温度差もなくなる。フリーライダーが存在するのは、授業で正解を競わせるからであるから、フリーライダー防御策は、正解を議論させるのではなく、自分の考えを主張させるようにすることである。
 もう一つ効果的な対策は、グループ作りに配慮することである。たとえば、バックグラウンドの異なる多様な学生によるグループ分けが望ましい。これから社会に出たら、異質(Heterogeneous)なバックグラウンドの人とのコミュニケーションが求められるからである。

 学習プロセスを重視した「のびしろ」アセスメント

 学生の「のびしろ」にウエイトを置くこともフリーライダーの「出没」を防ぐことにつながる。成績の向上だけがすべてではないことを理解させるために、学習プロセスに重点を置くようにしている。これは教員の授業戦略に関わる。すなわち、教え方が効果的であるかどうかの判断材料になる。学生には学びのプロセスを学ばせるように心がけている。これは、ICEモデルのIからCへ、さらにEへの展開につながる。 
 多くの学生は、「学び方を学ぶ」あるいは「どのように学ぶか」について知らない。それは、学生がこれまで何を学ぶかにばかり重点を置いてきたからである。大学でもI領域に重点が置かれ、C領域が手薄である。
 彼の授業でのICEモデルの到達レベルは「C」であり、それが最も重要であると話してくれた。「フリーライダー」の対策として、学生の「貢献度」を評価するという方法もある。貢献度には個人差があるが、「貢献」するという意味ではみな同じである。もちろん、「貢献度」の低い学生も出てくるが、そうした学生には最終試験を課している。このことで貢献度がいかに重要であるかということを認識させる。すなわち、グループ活動において貢献度の高い学生は最終試験が「免除」される。これは学習のプロセスを重視している証である。グループ活動で貢献度の低い学生は自ら履修を辞退する。なぜなら、筆記試験を受けなければならないからである。「のびしろ」に関しては、ビフォーアフターのテストの導入が不可欠である。

 まとめ

 フレイザー博士とのインタビューを通して、日本におけるアクティブラーニングの現状と課題が見えてきた。たとえば、北米の大学では1時間の授業を週3回(月・水・金)もしくは90分授業を週2回(火・木)行うのが一般的である。具体的には、月曜日に講義をして、水・金はグループ活動を行うという具合である。クイーンズ大学のアクティブラーニングがスペースと呼ばれているように、アクティブラーニングを講義室とは別の場所(スペース)で行っていた。教室を参観した学生たちが生き生きとグループ活動していたのが印象的であった。
 授業を週3回もしくは2回行うことはアメリカの4年制大学の単位制を導入するうえでの必須条件であった。にもかかわらず、それを拒んだのはほかでもない日本側であった。GHQ担当官ウォルター・C・イールズは「教官の毎週受持時間数は旧制大学におけるよりも多くしなければならない」と週あたりの授業回数を増やすことを提言したが拒絶されたことが記録に残っている(詳細は、拙著『戦後日本の高等教育改革政策~「教養教育」の構築』(玉川大学出版部、2006年)217頁を参照)。