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アルカディア学報

No.655

「留学生30万人計画」の代償
―留学生の在籍管理の徹底に関する新たな対応方針―

鈴木美生(仙台大学事業戦略室)

1.はじめに

 2019年3月、東京福祉大学で学部研究生など1600人を超える留学生が所在不明となっている問題が大きく取り上げられた。東京福祉大学の留学生受入れが提起した問題は、以下の3点が挙げられている。①留学生の経費支弁能力の確認不足であったこと、②入学者選考で求められる日本語水準(日本語能力試験N2相当)より低い留学生を受入れたこと、③留学生の出席管理や在籍管理を行っていなかったことである。
 文部科学省(以下、文科省)が2019年6月に公表した東京福祉大学の調査結果(注1)が示唆しているとおり、留学生の経費支弁能力の確認を十分にせず、安易な受入れをしたことで学費未納者が増え、学費未納者を退学や除籍とした結果、所在不明者、不法残留者等が発生した。これにより、文科省と法務省の外局である出入国在留管理庁(前入国管理局)は①留学生の経費支弁能力確認の徹底、②入学時の日本語能力要件(日本語能力試験N2相当)を満たしているかの確認、③退学者、除籍者、所在不明者の定期報告を義務化し在籍管理を徹底する、といった是正措置(注2)をとった。この措置内容に関して、留学生の経費支弁能力と日本語能力の2つの問題について考えたい。

 2.留学生の経費支弁能力の確認方法とは

 留学生の経費支弁能力の確認は、ビザを発給している法務省でさえ頭を抱えるほど難しい。受入れ機関では、経費支弁能力の確認のため留学生の提出した銀行の残高証明書や所得証明書などの内容を隈なくチェックすることが求められるのは当然だが、その際、問題となるのはその具体的チェック方法についての知見の集積やマニュアルが依然十分でないことである。加えて、証明書の偽造までは見抜けない現状にあることは否定しえない。したがって、留学生の経費支弁能力に関しては受入れ機関の確認不足だとは立証しえない側面があるのが実態である。付言すれば、最終的な受入れ可否の決定にあたり、法的手続きに照らせばこの問題は受入れ機関に加え、法務省に帰する点が極めて大きいのも事実である。
 ただし、受入れ機関の抱える問題は、留学生の経費支弁能力の確認方法が十分に理解できていないことにあると多く指摘されている。その原因として、上述したとおり経費支弁能力の確認方法マニュアルがないことに加えて、受入れ予定の留学生のビザが発給できなかった際にビザ発給拒否の理由を法務省が受入れ機関に開示していないことが考えられる。ビザ発給拒否の理由が開示されれば、受入れ機関は経費支弁能力の確認方法がわかるようになるだろう。経費支弁能力が十分でない留学生の受入れの結果、不法滞在者や不法残留者の数が増加することを避けるためには、法務省による受入れ機関での経費支弁能力の確認方法マニュアルの作成やビザ発給拒否の理由を開示する等法務省と受入れ機関で経費支弁能力の確認方法の共有ができて初めて受入れ機関にも責任を問えるようになるのではないか。

 3.日本語能力試験N2はハードルが高い

 文科省の留学生の在籍管理の徹底に関する新たな方針では留学生に対し、大学入学時に日本語能力試験"N2"相当の取得を義務付けている。
 しかし、法務省では、「日本語教育機関修了後,高等教育機関(大学,専門学校)へ進学する場合には,日本語で行われる授業を理解するため,日本語能力試験N2以上の日本語能力が求められます」(法務省ホームページ参照)との記載がある。
 大学などの高等教育機関への進学に必要な日本語能力は"N2相当"なのか、"N2以上"なのか文科省と総務省の受入れ基準には相違がある。ここで、日本語教育機関の国別在籍者数と日本語能力試験合格率について表1から表4のデータを検証することを通じ考察していきたい。
 在留資格「留学」へ一本化された平成21年度から平成23年度までの3年間と平成28年度から平成30年度までの3年間の日本語教育機関の国別留学生数と割合(表1/アミは漢字圏)から漢字圏出身者、非漢字圏出身者の留学生数と割合(表2)を算出した。平成21年度から23年度は留学生全体の半数以上が漢字圏の留学生だったが、平成28年度から30年度には半数以下にまで減少し、漢字圏出身者と非漢字圏出身者の割合が逆転している。
 非漢字圏出身者のための漢字学習に関する研究が盛んにされているように、非漢字圏出身者の漢字習得は大変難しく(表3、4)、学習には多くの時間を費やさなくてはならない。日本語教育機関の在籍年数2年(最長)が定められた平成22年度と現在では非漢字圏出身者の留学生が増加しているため、漢字をはじめとする日本語学習時間も当然長くなるはずである。
 その実態を踏まえると日本語教育機関の在籍期間最長2年という定めは、日本語能力試験合格率からも非漢字圏出身者の日本語習得の難しさが窺え(表3、4)、非漢字圏の留学生が半数以上を占める現在の状況から適当な期間かという問題が示唆される。
 大学入学時に日本語能力N2相当は必要だという文科省の意見には賛成だが、法務省が定めている"日本語能力試験N2以上"は非漢字圏出身国の留学生は明らかに不利であり、高等教育機関への進学ができなかった留学生の不法残留・不法労働などの問題につながっていくことは容易に想像できる。
 この問題を対処する策として、日本語教育を行う学生との位置づけで学部研究生や研究生として留学生を大学で受入れることを認めるほか、日本語教育機関の在籍期間を延長することで高等教育機関に進学できなかった留学生の不法残留・不法労働の問題だけでなく高等教育機関への進学率減少を阻止することに繋がるだろう。

 4.おわりに

 東京福祉大学の問題は「留学生30万人計画」の歪みともいえる側面を有する。そもそも「留学生30万人計画」は少子化が進む我が国において、海外からの優秀な労働力の確保を視野に入れた政策であった。
 しかし、いつしか留学生の"質"ではなく"数"に目が向いていたように思われる。留学生30万人達成の背景にはベトナム、ネパール、スリランカなど非漢字圏の留学生数の増加があげられるが、これらの国からの留学生は日本でアルバイトをしなければ生活が困難な場合がほとんどである。
 ポスト留学生30万人計画と今後も留学生を増加させていくのであれば、①アルバイトが可能な時間を週28時間以内という上限を緩和し、学費や生活費の工面をし易い環境づくりをすること、②日本語教育機関の在籍期間を延長し、非漢字圏出身者が大学入学時に求められる日本語能力試験N2相当の取得率をあげることなど、来日している留学生の出身国・地域の経済的状況等をよく理解したうえで、留学生の受入れを考えていく必要がある。

 注1 東京福祉大学への調査結果及び措置方法―文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/__icsFiles/afieldfile/2019/06/11/1417927_1.pdf
 注2 留学生の在籍管理の徹底に関する新たな対応方針
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/__icsFiles/afieldfile/2019/06/11/1417927_2.pdf
 注3 日本語教育機関の概況 1989(平成元)年度~2018(平成30)年度
https://www.nisshinkyo.org/article/overview.html
 注4 日本語能力試験ホームページ 過去のデータ(https://www.jlpt.jp/statistics/archive.html