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アルカディア学報

No.653

大学と社会の連携
~インプットからアウトプットへ~

客員研究員  土持ゲーリー法一(京都情報大学院大学 副学長・教授)

 はじめに

 学びにはインプットとアウトプットがある。日本の学校は、これまでインプットに偏った教育を行ってきた。その結果、偏差値至上主義を生み、受験競争が過熱した。しかし、ITが普及し、2045年にはAI(人工知能)が人間を凌駕する時代が到来するとの危機感から、このままで良いのか疑問を抱くようになり、学びとは何かを真剣に考えるようになった。
 筆者は、日本の大学が「入口」にあたる「高大接続(連携)」の不毛な議論に終止符を打つべきだと考えている。大学が議論すべきは、「出口」にあたるアウトプットとしての大学と社会の連携(大社連携)でなければならない。
 大学に問われるべきは、偏差値の高い学生を入学させ、研究の「合間」に授業をするようなことは「過去の遺物」に過ぎない。これからは4年間の学生の「のびしろ」を測る「説明責任」が問われる。それがAO入試を導入した所以である。
 このような日本の大学では、社会や世界で通用しない。社会ではインプットよりもアウトプットが評価される。なぜなら、アウトプットが生産性につながるからである。

 小出監督の選手の育て方

 アウトプットを重視する考えはスポーツ界においても同じである。なぜなら、結果がすべてであるからである。陸上女子長距離の指導者として、2000年シドニー五輪マラソン金メダル高橋尚子選手ら数々の名選手を育成した小出義雄監督が2019年4月24日に死去した。80歳だった。シドニー五輪マラソンで高橋尚子選手が金メダルを獲得し、監督に抱擁する姿が脳裏に焼き付いている。小出氏の指導法は破天荒であった。どのような指導法だったのか、訃報報道の紙面から紹介する。Yahooニュースは、4月25日付のTHEPAGE記事「豪快で繊細。命がけで選手を守った故・小出義雄氏の指導哲学」と題した記事を配信した。同紙によれば、「選手を褒めて、おだてて、やる気にさせて、自信をつけさせるのが、小出流の人心掌握術だったが、その言葉を上滑りさせないのは、小出さんが、いつも選手を命がけで守る人だったからだ」と記されていた。「人心掌握術」とは的を射た表現である。さらに、「『押し付けたって人は伸びないのよ。面白いな、楽しいなと、指導者も一緒になって楽しむこと。マラソンのトレーニングなんて命を削るようなものなんだから。駆けっこは、面白いな、楽しいなって思わないと、やらす方だってやってられない。根性は大事だけど、日本の教育って、そういうところが、ちょっと抜け落ちているよな』」と述べ、「今の社会に必要な教育哲学」について語った。
 彼の指導哲学は相手を観察し、その人の良さを「引き出す」指導方法である。すなわち、アウトプットを重視した。この指導方法だと、無限の可能性を引き出すことができる。筆者は、大学院でIT関連の授業を社会人大学院生に教えている。多くの留学生もいる。成熟した社会人学生が相手である。彼らにとってはインプットよりもアウトプット、さらには商品化につながる「学び」が最優先されることは言うまでもない。

 産学連携による人材開発の重要性

 2019年3月5日、公益社団法人私立大学情報教育協会主催「第10回産学連携人材ニーズ交流会」が開催された。これまで文系の大学で教鞭を執った筆者には貴重な機会で、これからITの大学院で教えるには重要な情報だと思ったので参加した。開催趣旨によれば、「近未来には、IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットなどによる第4次産業革命が進展し、分野が融合して新たな社会的価値や経済的価値を生み出す様々な分野でのイノベーションが求められています。このような社会の変革に向けて大学教育はどのように対応していくべきでしょうか。そこで、今回は産業界から価値の創造に繋げられる人材育成の在り方について、指摘や提案をいただくとともに、オープンイノベーションによる価値の創造に向けた教育モデルの実現について意見を交換した」と記されている。
 発表者の一人、野村典文氏(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社ビジネス開発事業部長)は、「超スマート社会に求められる人材育成(産学連携による教育イノベーションの提案)」と題して、以下のように話された。
 「超スマート社会(Socety5.0)と言われる社会ではリアルな『もの』や『サービス』を『デジタル化』することで新しい事業価値が生み出され、文化、産業、人間のライフスタイルを一変させていくことが予測されている。そのような社会で求められるコンピテンシーの要素は、『データに基づく意思決定』、『ビジネスへの先端技術の適用』、『社内外の有識者とのコラボレーション』、『顧客体験のデザイン』である。その人材育成には、産学連携によるプラットフォームを設け、『企業の実データによる実践的授業』、『デザイン思考・アート思考を取り入れた大学・企業によるプログラムの開発』をバーチャルの場で実践する仕組みが必要となることから実践例を含む提案が紹介された。なお、産学連携の教育に資金をどう捻出するかが課題として指摘された」
 (出典:http://www.juce.jp/sangakurenkei/event/houkoku10.html)

 シンガポールマネジメント大学(SMU)の取組み

 日本における産学連携人材ニーズに関する発表を聞いた印象は、これで良いのかという素朴な疑問であった。多くが国に依存した産学連携事業である。優れた人材を育成するには、大学のカリキュラムが重視されるべきであることは論を待たない。大学には3つのポリシーがある。多くの大学がディプロマポリシーにしのぎを削っているが、土台となるカリキュラムが不安定では「砂上の楼閣」になる恐れがある。優れたディプロマポリシーには、優れたカリキュラムポリシーが不可欠である。卓見の限り、どの大学のディプロマポリシーも大同小異である。
 左の写真は、シンガポールマネジメント大学(SMU)である。
 SMUは世界中から注目される画期的な大学である。詳細は、『教育学術新聞』(平成28年1月11日付)および拙著『社会で通用する持続可能なアクティブラーニング~ICEモデルが大学と社会をつなぐ~』(東信堂、2017年)で紹介している。
 何がすごいか。それは産学連携がカリキュラムでつながっていることである。すなわち、カリキュラムが教授・企業担当者・学生の三位一体で議論されているところにある。

 まとめ

 カリキュラムデザインには、バックワードデザイン(逆向きデザイン)と呼ばれるものがある。これはパラダイム転換を機に、学習者中心の授業デザインの考えから生まれたものである。これからは、インプットからアウトプットという一方通行だけでなく、アウトプットからインプットの「逆向き」の視点も必要である。授業デザインもバックワードデザインで考えることで、これまでは見えなかった側面が見えてくる。たとえば、社会でどのような人材が必要かを議論し、そのためにはどのようにデザインすれば良いかを考えることである。これがバックワードデザインと呼ばれる手法で、別名「トンネル技法」とも呼ばれる。アウトプットが明確になれば、インプットもより鮮明になる。そして、両者の整合性も明確になる。