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アルカディア学報

No.648

トランスナショナル高等教育を巡る諸相
―我が国の高等教育機関による国際展開への示唆(上)

研究協力者 我妻鉄也(千葉大学アカデミック・リンク・センター 特任助教)

 はじめにー我が国の大学による国際展開の現状

 2018年11月に発表された中央教育審議会による答申『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン』では、我が国の高等教育のニーズが高い国に対し、大学の海外校の設置などを通じた国際展開を進めていく必要があると言及されている。そして、速やかに始めなければならない事項を中心に記載されている「具体的な方策」の欄においても、高等教育の国際展開について述べられており、海外校の設置を促進するための方策や今後の検討事項が具体的に示されている。しかしながら、大学の海外校設置の促進に関する議論は、決して最近のことではない。今から遡ること14年前、2005年に発表された答申『我が国の高等教育の将来像』においても、「高等教育の国際化の進展」という項目にて、高等教育機関において海外分校・拠点の設置などが進んでいくものと述べられている。そして、『高等教育の将来像』答申が発表された数年後(2008年)には、大学設置基準が改正され、我が国の大学等が「外国に学部、学科その他の組織を設ける基準」が新たに設けられた。
 このように、我が国における高等教育のグランドデザインが議論されるとき、高等教育機関の海外分校設置に関する事項が答申に盛り込まれ、省令改正が行われるものの、答申にて提示されている他の事項に比して、大学の国際展開、とりわけ、学士課程教育等を実施する海外分校の設置がそれほど進展していないと感じるのは、筆者だけであろうか。
 確かに、文部科学省『大学における教育内容等の改革状況について(平成27年度)』によれば、海外拠点を設置する大学は、平成21年度の101大学(大学全体の13・4%)から平成27年度の149大学(大学全体の19・4%)へと増加している。しかしながら、これらの拠点の活動内容については「現地の教育・研究事情に関する情報の収集(118大学5・3%)」「留学生の受入を目指した募集活動(107大学13・9%)」「大学の海外における広報活動(100大学13・0%)」「学生の留学・インターンシップに伴う現地での支援(90大学11・7%)」といった事項が上位を占めており(複数回答)、現地の学生を対象とした教育活動は上位に位置していない。「現地における日本語教育の提供(23大学3・0%)」「学校教育の提供(12大学1・6%)」といった現地の学生を対象とした教育活動を含む項目は下位に位置しており、限られた機関においてのみ実施されているのが現状である。調査票では「学校教育の提供」について、「現地の学生を対象に学部教育を提供する海外校、サテライトキャンパスの設置等」や「現地に駐在する日本人や海外での学校教育を希望する日本人を対象とした日本人学校の設置等」が例として挙げられているが、海外校の設置について規定した「大学設置基準第57条又は大学院設置基準第45条に基づき設置される学部、学科、研究科、専攻、その他の組織に該当する拠点であるか」という質問項目においては、「学校教育の提供」について「実施」と回答した機関の全てが「該当しない」と回答している。
 以上の調査結果からも明らかなように、我が国の大学では、学士課程教育等を提供するような学部・学科単位での海外分校設置は、未だ十分に進展していないと言えるであろう1)。
 そこで、本稿では、海外分校(国際ブランチキャンパス)に代表されるトランスナショナル高等教育に関して、その枠組みや世界的な動向、海外分校の運営を概説し、海外分校を設置・運営する際に考慮すべき点を論じることで、読者がトランスナショナル高等教育を理解する上での一助になればと考えている。

 トランスナショナル高等教育とは?

 そもそも、「トランスナショナル高等教育」とは何を意味するのであろうか。おそらくは、比較・国際教育学の研究者や高等教育機関等で国際業務に従事している教職員を除き、あまり馴染みのない用語と言えよう。
 本稿では、ブリティッシュ・カウンシルとドイツ学術交流会(DAAD)により発行された『トランスナショナル教育:国際的なプログラムや教育提供機関の移動に関する分類枠組みとデータ収集のガイドライン』2)を参照し、「トランスナショナル高等教育」の定義について論じていくこととする。本ガイドラインでは、「トランスナショナル教育」を「国境を越えたアカデミック・プログラムや機関の移動」を意味するものとしており、「国際的なプログラムや教育提供機関の移動(IPPM)」とも言い換えることができるとしている。「トランスナショナル」という用語に近いものとして、「クロス・ボーダー」「オフショア」「ボーダーレス」といった用語があるが、例えば、「クロス・ボーダー教育」の場合、「アカデミック・プログラムや教育提供機関」の移動に加え、「学生や研究者」の移動も含むものとしている。
 このように定義される「トランスナショナル教育」には、「独立型」「共同型」といったアプローチがある。「独立型」とは「高等教育機関が、国外にて提供するアカデミック・プログラムや資格に関する設計、提供、外部質保証に対して最終的に責任を有するもの」であり、「共同型」とは「国外及び受入国の高等教育機関がアカデミック・プログラムの設計、提供、外部質保証に関して共同で取り組む方法」としている。さらに、これらの「独立型」や「共同型」といった観点から、プログラムの分類が行われる(表1)。ここでは、「フランチャイズプログラム」「国際ブランチキャンパス」「連携プログラム」の定義について、説明していくことにする。
 まず、「フランチャイズプログラム」であるが、「国外の高等教育機関により受入国の学生に対して提供されるプログラム」と定義されている。国外の高等教育機関が、主として、受入国で提供される「アカデミック・プログラム」の設計、提供、外部質保証に対して責任を有しており、資格を授与する。プログラムは、対面、遠隔、あるいはブレンド型で実施される。
 次に、「国際ブランチキャンパス」であるが、本ガイドラインでは、送出国の高等教育機関(本校)によって、受入国に設立されたサテライトキャンパスであり、送出国の高等教育機関がカリキュラムを提供し、外部質保証を維持し、資格を授与するものと定義される。教育方法は、「フランチャイズプログラム」と同様に、対面、遠隔、あるいはブレンド型が用いられる。ただし、この定義は、多くの「国際ブランチキャンパス」に適用できるよう必要最小限の内容を含んだものであり、実際には各国の状況に応じた多種多様な定義があるとしている。

(つづく)

1) ただし、学部・学科等の「ブランチキャンパス」の形態ではなく、現地法人として設置された機関や、現地の機関と共同で設立された共同大学に分類される機関は存在している。
2) Knight, Jane and McNamara, John, 2017, Transnational Education:A Classification Framework and Data Collection Guidelines for International Programme and Provider Mobility (IPPM), British Council.

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