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アルカディア学報

No.647

大学教員の教育活動における倫理とは

中井俊樹(愛媛大学教育・学生支援機構教育企画室 教授)

大学教員の教育活動における倫理が注目されつつある。パワーハラスメントの一類型であるアカデミックハラスメントの用語が広く使用されるようになり、事件としてマスコミなどで取り上げられるようになってきた。本稿では、倫理的な教育活動はどのようなものであるかを考えてみたい。

 〇個々の教員に裁量がある

 まず、教育の場の特徴として、個々の教員に委ねられた裁量が大きいことがある。大きな裁量は専門職としての特徴であり、教員の教育活動は、日本国憲法によって保障される学問の自由に基づく。外部の権威から介入や干渉をされることなく、学問は自由に行われるべきであるという考え方である。
 教室の中で何をどのように教えるのか、どの学生に単位を与えるかなどは、実質的に担当する教員の判断に大きく委ねられている。また、多くの教員の労働形態は裁量労働制である。業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある職業であると考えられているからである。活動を進める上で一定の裁量を与えられるため、教員としての倫理面での自己規制が同時に求められる。

 〇学生に対して大きな力を持つ

 教員は学生に対して非常に大きな力を持つことを自覚する必要がある。ここでいう力とは、何かをさせたり、何かをさせなかったりするものである。
 教員と学生には、評価をする者と評価される者との間の非対称な関係がある。学生の成績を判定し単位を認定することは、教員の大きな力の源泉である。その力を利用することで、学生は毎週教室に来て、教員が指示した課題に取り組み、試験の準備をするという側面があることは否定できないだろう。
 この力を、学生の前で誇示すると相互の間に溝を作る可能性もある。自分を評価する教員に対して、自らの悩みや弱い部分を正直に伝えることには抵抗があるものだ。また、学生は教員の考え方に反論することにも消極的になるかもしれない。
 力を不適切に使った場合、ハラスメントになりかねない。学習と全く関係ない課題を与えたり、別の方法もあるにも関わらず苦痛を与える活動をさせたり、睡眠時間がなくなるほどの課題を与えたりすることは、倫理的に不適切と言える。

 〇非倫理的行為が隠蔽されやすい

 その他に、教育の場に特有な倫理の課題として、非倫理的行為が隠蔽されやすいことが挙げられる。教育は教室などの外部から閉ざされた空間で行われる。また多くの場合、教員は単独で授業するため、どのように授業を進めているのかは同僚の教員も知りえない場合がある。さらに、教員の間には相互不干渉主義の傾向があることも度々指摘されている。
 また、教育という活動自体に非倫理的行為が隠蔽されやすい特徴がある。「学生の学習のためになされた行為である」として、当事者の教員自身が非倫理的行為を正当化してしまう可能性がある。
 倫理的判断においては、帰結主義の立場がある。行為から生じる帰結を考慮に入れてその行為がよいことであるのかを判断するのである。たとえば、過度に執拗な叱責であっても、「結果的に学生の学習につながっているからよい行為である」と教員だけでなく学生も納得してしまい、非倫理的行為が正当化され問題として明るみになりにくいのである。

 〇学生の学習に対する責任を果たす

 それでは、倫理的な教育活動とはどのようなものだろうか。
 まずは、教員が学生の学習に対する責任を果たすことである。教育基本法に「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」と記されているように、自分が担当する教育活動に誠意をもって労力と時間を注ぐことである。
 しかし、実際は簡単なことではない。教員の中には教育活動よりも研究活動を好む者が多いからだ。また、現在の大学の教員評価の制度において、研究活動の業績が優先されるため、自身のキャリア形成という側面からも研究志向が促され、教育活動が軽視される。
 学生の学習に対する責任を果たすとは具体的にどのようなものであろうか。授業の中で熱意をもって指導するだけでなく、授業に備えて準備をしたり、個々の学生のレポートに丁寧にコメントしたり、学生の相談に応じたり、次年度の開講に向けて改善方法を検討したりするなど授業時間外の活動も含めて教育に対するあり方を教員は自問する必要があるだろう。

 〇学生の人格を尊重する

 当然だが、教育においては学生の人格が尊重されるべきだ。学生に対して差別的な発言など人格を尊重しない行為は許されるものではない。
 また、学生をある鋳型にはめ込もうとしたり、委縮させたりすることは、教育の本来の目的と照らし合わせて問題がある。教員の価値観の一方的な押しつけも、学生の人格を尊重していない行為と見なされる。教員は授業の中で自分の価値観を話すことは多い。それ自体は問題ないが、教員の価値観を学生に押しつけたり、教員と異なる学生の価値観を否定したりすることは適切とは言えない。また、一方的な詰込み型の授業も、主体的に学習したいと考える学生を尊重していない形態と見なすこともできる。

 〇必要のない苦痛は与えない

 必要のない苦痛を学生に与えることは倫理的に問題がある。しかし、苦痛を伴わなければ学生の学習を促すことができない場合もあるだろう。たとえば、医療系の教育では、患者の立場や気持ちを理解させる目的のために、身体的苦痛を伴う学習活動が含まれることがある。学生の学習の達成に向けて別の方法が見つからないのであれば、事前に活動に伴う苦痛の必要性を学生に説明して合意をえる必要がある。
 学生の苦痛は身体的なものだけではない。学生が恥ずかしいと感じたり、悔しいと感じたりする行為は避けなければならない。授業中に教員は学生に対して注意を与える場面もある。その方法が不適切であれば、倫理的な問題になる。多くの学生の前で一人の学生を長時間注意したり、学生の行為ではなく学生の属性や性格などを否定したりしたら、大きな精神的苦痛を学生に与えてしまう。

 〇多様な学生の存在を理解する

 学生の人格を尊重することは、大学にいるすべての学生の人格を尊重することである。社会人経験をもつ学生、子どもをもつ学生、障害のある学生、留学生など、現在の大学には多様な学生が存在している。さまざまな属性、経験、文化をもった学生を受け入れることで大学は活力を生み出している。
 教員はすべての学生が安心して学習できるようにすることが求められる。教育機関の制度や慣習は、多数派の集団の特徴を前提につくられている。そのため、少数派の学生はさまざまな不利益を被る可能性がある。したがって、学習に困っている学生や配慮が必要な学生がいるかどうかを確認することが求められる。
 授業の中でも多様な学生がいることを前提にして、自分の言動や使用する教材が適切かどうかに敏感になる必要がある。たとえば、すべての学生の両親が健在であるという前提、医師は男性で看護師は女性という前提、同性愛者は存在しないという前提で話をしてしまうと、特定の学生が排除されたと感じるようになってしまう。
 教員としては学習に長い時間を要する学生も気になる存在と言える。そのような学生に対しては、能力の低い学習者と見なすのではなく、学習時間が必要な学生と見なして、適切な時間外学習を与えて学習を支援していくべきである。

 〇公平な成績評価を行う

 学生の成績評価においては、公平であることが重要になる。近年では、すべての学生に対して同じ条件で一律に評価を行うことは、必ずしも公平であるとは見なされなくなっている。問題用紙を読むことに困難がある学生がいる場合、他の学生と同じ問題用紙による試験で評価すると、学生の学習成果を正しく評価することができない。その場合は、問題用紙を拡大したり、特別に試験時間を延長したりするなどの配慮をすることで、他の学生と公平な評価が可能になると考えられている。大学入試センター試験では、そのような配慮は受験者の権利として認められている。一律な評価方法では、一部の学生にとって不利になる場合があることを理解しておく必要がある。
 このような配慮は学生からの要請に基づいて教員が検討すべきことである。多様な学生を目の前にすると、なんらかの特別の配慮をしたいと考える教員もいるだろう。しかし、評価方法を考える際には、特別の配慮の方法を先に考えるのは適切ではない。まずは、すべての学生に障壁のない評価方法がないかを検討すべきである。これは、ユニバーサルデザインの考え方と共通する。たとえば、問題用紙に小さい文字が使用されている場合、視覚障害のある学生だけでなく、視力が弱い学生にとっても、文字を読むのに困難を伴う。この評価方法は一定数の学生を排除するため、拡大文字の問題用紙を別途用意する必要がある。しかし、初めから全員に配付する問題用紙の文字を大きくしておけば、特別の配慮が必要な学生は大きく減少させることができる。自分の評価方法が特別の配慮なしで多くの人が利用可能であるような形になっているのかを確認すべきである。

 〇学生の個人情報を保護する

 学生の出身地、出身高校、家族構成、人間関係の悩みなど、さまざまな個人情報を保護することも教員にとって重要なことである。「個人情報保護に関する法律」が施行されており、法律上の不適切な行為についても理解しておく必要がある。個人情報を含むパソコンや資料などの保管といった一般的な個人情報の管理を徹底する必要がある。
 また、学生のグループで授業時間外学習をしてほしいから連絡先のリストをつくりたい、優れたレポートがあったので授業中に取り上げて紹介したいなど、教育活動を進める上で個人情報を活用したい場面もあるだろう。その際には、個人情報を活用する意義を学生に丁寧に説明した上で、事前に了解をとる必要がある。

 〇倫理的な行為の重要性を学生に伝える

 教員は学生に対して倫理的な行為の重要性について、自らが模範を示して伝えていく立場にもある。たとえば、学生に集合時間に遅刻しないように指導していたとしても、自分自身が授業の開始時間に間に合わないことが多ければ、説得力がない。また、レポートでは適切に引用するように指導していたとしても、授業の資料の中で適切に引用されていなかったら、学生も重要性を理解しない。
 学生に倫理的な行為について伝える重要な場面は授業の開始時である。授業における学生の望ましい行為や望ましくない行為をシラバスに明記したり、口頭で伝えたりするとよい。教員が一方的に伝えるのではなく、学生に望ましい行為とはどのようなものかを議論させて、当事者意識をもたせるという方法もある。
 事前に伝えていたとしても、授業中に学生の非倫理的な行為に気づくことがあるかもしれない。非倫理的な行為に気づいた場合に教員は放置してはいけない。それは教員が非倫理的な行為を認めているというメッセージを送ってしまうからである。その言動がなぜ非倫理的であるかを説明したうえで、倫理的に行動することの重要性を伝えるべきである。