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アルカディア学報

No.644

借入金と私学経営(下)
借入金の限度と活用

主幹 西井泰彦

一.借入金に関する規制

 借入金の限度に関しては幾つかの規制がある。
 まず、文部科学省の大学設置等に係る寄附行為の変更申請に際して、設置母体の学校法人の負債率や負債償還率の基準が設けられている。学校法人の総資産額に対する前受金を除く総負債額の割合である負債率は0.25又は0.33以下であること、借入金等返済支出から短期借入金に係る支出を控除したものの額と借入金等利息支出の額との合計額が事業活動収入の額に占める割合である負債償還率が0.2以下であることと定められている。つまり、原則として単年度の元利返済額が収入の2割以内であり、総負債比率が4分の1又は3分の1以内であることが要件となっている。この基準に抵触する場合は少ないと見られるが、留意すべき重要な基準である。
 次に、私学事業団の融資基準においては、借入金額の上限として、事業査定額(実施する事業から算出される金額)、資産査定額(法人の純資産の30%の金額及び担保査定額(担保物件から算出される金額)が定められている。
 このほか、多くの金融機関においては学校法人の収支状況又は資産と負債の状況を考慮して貸付枠を設ける場合がある。特に、返済原資となる経常収支差額又は事業活動収支差額の一定額を確保すべきことに注目される。

二.借入れの限度

 言うまでもなく、借入金は他人資金であるために返済が不可避である。返済財源がなければ返済は困難となる。学生数の減少や人件費等の増大によって収支状況が悪化し、収支差額が減少すれば、自己資金も溜まらず、返済原資も不足する。つまり、収支差額という自己資金がなければ借入れが出来ないことになる。一方で、収支差額がこれまで僅かであり、自己資金となる金融資産が十分に蓄積されていない法人において、臨時的な多額の出費や大規模な設備投資に迫られた場合には借入金に依存せざるを得なくなる。財政的な余裕がなければ借入金導入は不可避となるが、余裕がなければ返せなくなる。このため借入金はどの程度まで許容できるかが重大問題となる。これらの事情を踏まえると、借入金の限度に関して次の点について配慮すべきである。
 第一に、借入金の限度を考えるうえで最も重視すべきポイントは、事業活動収支計算書では基本金組入前収支差額(事業活動収支差額)であり、活動区分資金収支計算書では教育活動資金収支差額である。これらが学校法人の資産更新充実の財源であり、借入金の返済原資となる。安定的な年次返済を可能とする事業活動収支差額の金額とその割合が完済時まで経年的に維持されなければ返済が困難となる。実行可能な事業活動収支計画を立てて、かつ、資金計画や返済計画を確実に実行することが求められる。資産の十分な充実を図るためには、減価償却額に加えて事業活動収支差額が事業活動収入比で数%以上が維持されることが望ましい。
 加えて、活動区分資金収支計算書においても、学校法人の本業である教育活動における資金収支差額が教育活動資金収入に対して十数%程度を確保することができれば施設整備等活動において設備投資に回せる財源が生み出され、その他の財務活動を含めて借入金等の返済が遂行できる資金収支状況となる。借入金償還の全期間に亘って返済すべき借入金の元利の合計額が毎年のキャッシュベースの収支差額の累計額の範囲に収まらなくてはならない。逆に、収まるような収支差額にするため、収支をコントロールし、特に支出の削減に迫られる。円滑な借金返済によって自己資金が増加するとともに、収支を改善させる結果となる。
 第二に、借入金の一部又は全部の返済を可能とする自己資金の金融資産が維持されていれば、収支差額の不足分を補填することができ、また、借入残額をいつでも完済することもできる。自己資金があれば災害や不時の資金需要に臨機に対応できる。自己資金をなくして借入れを行うのでなく、これを留保して借入れを行うことが望ましい。自己資金がゼロ又は僅かしかなければ、収支が窮すれば直ちに支払い不能に陥る。その場合に借換え、条件変更、追加融資を期待しても、足元を見られて、低利で良質な借入れは困難となる。
 事業活動収入の殆どを人件費などの消費的な支出や設備支出などで費やしてきた法人では僅かな事業活動収支差額しか生み出されておらず、有形固定資産の大規模な更新や新規投資の財源の蓄積が出来ていない。多少の自己資金が溜まっているとしても資産の抜本的なリニューアルを行う財源としては不足する。大学の教育内容と施設設備を魅力あるものにするためには思い切った投資を行わなければならない。しかし、資金が不足すれば中途半端な投資に陥って効果が薄い。投資によって自己資金が枯渇した上で、予定通りの学生が集まらなければ直ちに大学財政は窮することになる。長期的で安定的な借入れが必要となる所以である。
 第三に、大学は、時代と社会の変化に対応するために、教育研究や教職員というソフト面の充実強化とともに、ハード面の有形固定資産の取替更新と整備充実を継続的に進めることが必要である。その財源として十分な自己資金が生み出されることが望ましいが、不足する場合には他人資金を導入して、今後の長期財政計画を作成すること望ましい。大学産業は「箱物」であり、その比重が大きい。全大学法人の有形固定資産の簿価は現在の事業活動収入の2.5年分である。減価償却累計額が1.5年分余で、合計すると約4年分が取得価額の平均的な水準である。新設法人又は既設法人で差異があるが、現在保有する有形固定資産の全体的な取替更新のためには少なくても収入の数年分を必要とする。このような重たい箱物を維持更新し、新たな箱を新調するためには、中長期的にどの程度の資金需要が必要であるかを計算することが望ましい。その上で、今後の収支差額で蓄積可能な自己資金を試算し、その金額と現在の運用可能資産の合計額と資金需要額の差額を借入金で補填することになる。借入後の年次返済を可能とする収支状態が継続されなければならない。このように各学校法人の資産の取替更新の必要度に応じて借入金を含む資金計画と収支計画を策定することがこれからの私学経営には必要となってくる。

三.経営破綻の回避

 学校法人においては収支面で赤字傾向や赤字部門が発生することは珍しくはない。これを放置すれば、法人全体の収支が悪化する。マイナスが続くと財政的な余裕を低下させる。経営破綻に至るまでには次のような事態が生じることになる。

  • 資金繰りの悪化
  • 金融資産の費消
  • 支払不能・預金凍結
  • 銀行取引の停止
  • 債権者からの差押
  • 国税等の滞納処分
  • 抵当権の実行
  • 連帯保証人への請求
  • 私的整理・民事再生
  • 破産手続による清算

 借入金の返済を怠ることにより、最悪の場合には私立学校は廃止され学校法人は解散となる。こうならないためには借入金の返済を可能とする収支改善が基本である。

四.借入金の意義

 私立学校は、学校教育法第五条の設置者負担主義に基づいて、施設設備の取得については設置者である学校法人の自己資金によることが求められている。長期間に亘って施設設備の維持充実を図るためには相当な資金が必要となる。二度の学生生徒の急増期を経過した日本の私立大学は、これまで当座の施設設備の確保に手一杯であったため、減価償却分の一部しか金融資産として蓄積されていないところが多い。最近では、収入の伸び悩みと支出の増加によって収支状況も悪化している。自己財源の蓄積も不十分である状態で、大規模な資金支出に迫られると、自己資金では足りず他人資金の導入が必要なケースも少なくない、このように不足する自己資金を補完することが借入金の第一の役割である。これによって設備投資等の規模を拡大し、大学の一層の魅力化を図ることができる。
 併せて、借入れを行うことによって、高額な調達財源の負担を軽減し、長期間に亘って平準化することも可能となる。特に、低利の安定資金を導入することで計画的な返済ができる。私立学校の財政負担を軽減し、財政運営の計画的、安定的な遂行に役立つことが借入金のもう一つのメリットでもある。
 当然のことであるが、借入れを行うと返済義務が発生する。この結果、返済財源を確保するための収支差額の確保の必要性を関係者が認識するようになる。放漫な財政支出や収支の悪化に対する危機意識も形成され、収支を改善する自己努力を生み出す結果となる。借入債務を連帯保証する理事者も借入金のリスクを認識し、経営責任を自覚せざるを得ない。借入金を使って投資規模を拡大して大学の再生を図り、危機を克服する経営方策を実行することもできる。
 大学の持続的な発展への大学関係者の真剣な改善意識と経営努力を形成するために、借入金の活用は今後とも私立大学の重要な経営戦略である。

(おわり)