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アルカディア学報

No.642

実効性ある戦略プランの策定に向けて―KPI指標の活用―

研究員 鶴田弘樹(名城大学学長室事務部長)

中長期計画の課題

 昨今の高等教育を取り巻く外部環境を踏まえれば、大学は、単に「経営」に留まらず、組織の目的・目標を実現するための計画の遂行、すなわち「戦略経営」が求められる。教育改革にも経営の視点を柔軟に取り入れ、「戦略経営」の視点を持たなければ、競争時代には勝ち残れないであろう。「戦略経営」を実践する上での最初のフェーズは、その組織が何を目指し、そのために何を実行しようとしているのか、すなわち、目標・目的を含めた中長期計画の策定である。2019年1月、学校法人制度改善検討小委員会から「学校法人制度の改善方策について」が示された。同報告では、文部科学大臣所轄法人は中長期的な計画を策定するものとし、決定に際して事業計画と同様に評議員会にあらかじめ意見を聴くこととすべきであるとしており、今後、中長期計画に対する関心がますます高まっていくことが予見される。しかしながら、こうした動きとはうらはらに、大学関係者からは「中長期計画は策定したものの現場に浸透せず、うまく実行できていない」、「毎年Plan・Doの繰り返しで、成果に結びついているのか明確になっていない」、「外的要因に引っ張られて、計画どおりに進められていない」などの声がよく聞かれる。
 では、中長期計画が思うように実行できていない大学が存在するのはなぜだろうか。まず、計画を策定する側が陥りがちな罠として、内外の環境分析の結果から策定することには注力するものの、実行する側の「人」への配慮を欠いてしまうということがある。どんなに立派な中長期計画を策定したとしても、実行するのは「人」である。中長期計画を実行する目標・目的に解釈の裁量、すなわち「曖昧さ」が残されている限り、経営トップと現場との溝は埋まらず、計画が実行に移されない、あるいは実行はしたものの成果が実感できないというのが筆者の考えである。
 本稿では、このような多くの大学が抱える課題の解決のヒントとして、筆者が私立大学の職員として、「戦略経営」を念頭に、戦略プランの策定から実行に携わってきた経験や、日本私立大学協会附置私学高等教育研究所の研究員として数多くの大学を調査した結果を踏まえ、現在の私立大学における中長期計画に実効性をもたせるために、策定段階で注意すべき点について述べていきたい。
 なお、「戦略経営」においては、単に計画を立てて遂行するだけでは不十分であり、その前提となる目標・目的が明確でなければならない。以下、目標・目的と中長期計画とを総称して「戦略プラン」という用語を用いることとする。

 KPIの設定によるビジョンの明確化

 多くの大学の戦略プランでは、まずは自大学の将来像としてのビジョンを掲げ、このビジョンと現状とのギャップを埋めるための手段を計画に落とし込んでいくことになるが、ビジョンやこれに基づく目標が抽象的な表現に留まる場合には、現状との差が見えづらく、構成員からすると何をどこまで実行すれば良いのかがイメージできなくなる。ゆえに、構成員が将来なりたい姿と現状とのギャップをイメージできるビジョンを掲げ、このビジョンを実現するためにはどのような行動が必要になるのかが明確になっていることが望ましい。その意味で有効になってくるのが、民間企業でも導入されているKPI(key performance indicator)の設定である。KPIは、目標の達成に向けて進捗を測る指標を意味するものであり、最近、大学での導入も増えつつある。
 私大協会附置私学高等教育研究所の「私大マネジメント改革プロジェクトチーム」による2017年の調査では、計画の策定段階で計画の達成目標、計画指標を数値も含めて明確にしている大学は、92・3%とかなり高い率になっている。しかしながら、この内で十分に取り組めていると回答した大学は16・5%に留まり、目標や指標は明確にしているものの、活用面ではまだまだ課題があるものと考えられる。これには、目標や指標の学内での共有方法や次のアクションに繋げる運用面での仕組みなどに課題があるものと考えられるが、加えて、目標の立て方や指標の設定方法、つまりは策定段階で構成員に十分理解され、浸透しているかどうかも課題になっているのではないかと推察する。
 では、どのようにKPIを設定すれば、構成員が納得感を持ち、組織の活性化につながるのか。手順としては、最初に達成目標としてのKPIを設定するのではなく、まずは、自大学の将来なりたい姿について、学内外の環境分析を踏まえた上で、構成員を巻き込みながら検討することから始めなければならない。その上でどのような数値が上がれば、ビジョンの実現に近づくのかという視点で成果指標としてのKPIを設定すること、つまり何を実現するためにKPIの数値を上げようとしているのかを明確にすることが望ましい。ここで注意すべきは、KPIの設定が自己目的化してしまうと、数値の達成が目先のノルマになってしまうという点である。あくまでも優先すべきは、ビジョンである。よくKPIを設定する際に、指標が体系的に設定されず、場合によっては、成果指標とプロセス指標を混同している大学も目にすることがある。戦略プランを策定する際には、全学レベルだけではなく、各部署レベル等、異なった視点が存在する。それらの関係性の中で、目標となる成果指標に対して、それを達成するための事業のプロセスを管理するために用いるプロセス指標についても体系的に設定しなければならない。KPIがプロセス指標のみに留まる場合には、組織としての成果が見えづらくなり、他方で成果指標のみに留まる場合には、遠い目標となり、目標倒れで終わってしまう懸念がある。
 例えば、学生の成長実感を成果指標とした場合について考えてみたい。当該の数値は即座に上昇するわけではない。この数値に影響を与える要素を特定し、プロセス指標に置き換えていくこととなる。この成果指標に影響を与える要素は、様々であるが、例えば、一つの手段として、図書館での学びの時間を増やす事業を展開する場合、開館時間の見直しや学生のニーズに沿った図書の選定などを行い、プロセスとしての図書館の利用率を常にモニタリングすることとなる。この場合に、図書館の利用率を目的化せず、常に学生の成長実感という成果指標の目的に照らして事業を見直していく柔軟さも必要である。
このように、成果指標とプロセス指標を常に目的と手段の連鎖により、体系的に整理することは重要であるが、事業レベルにおいては、定性的な指標を設定せざるを得ない事項もあるため、こうした点を考慮することも忘れてはならない。
 さらにもう一つ重要なことは、ビジョンに紐づく成果指標、さらにこの成果指標を上げるための事業を思い切って絞りこむことである。指標が乱立し、ビジョンや目標との関係性が曖昧になった場合、構成員から見れば優先順位も不明確となり、実行に繋がらない事業も増えてくる。平等性を重視する組織においては、トレードオフの議論を持ち込むと大きな反発もあり得るが、思い切って戦略プラン自体をシンプル化し、戦略にストーリー性を持たせることが肝要である。
 筆者の勤務する大学では、現在、2026年の開学100周年をマイルストーンとする戦略プランを推進している。戦略プランを策定する際には、成果体系図を利用して、ビジョンに対する成果指標を定め、各事業レベルでは、できる限りプロセス指標を設定し、目的と手段が連鎖する形で整理することに心掛けた。具体的には、経験価値を重視し、学生に多様な経験を提供することで、学びのコミュニティを創り広げることをビジョンとして、その実現のため、学生の満足度や学生の帰属意識などを成果指標として掲げている。これらの数値を上げるために、行動目標、戦略計画をできる限り絞り込み、戦略プラン自体をシンプル化した。成果に結び付けていくという点では、まだまだ道半ばであり、課題もあるが、極力数値化することに意味はあると感じている。

 最後に

 策定した戦略プランを運用する際に重要なポイントを一つ付け加えておきたい。それはKPIの数値も含めて、あまり計画自体に囚われすぎないことである。計画の重要性を主張しておきながら、矛盾するように思われるかもしれないが、当初策定した計画が、現状に照らし合わせた時に、必ずしも正しいとは限らないという視点は持ち続けるべきである。将来が見通せる業界であれば、それほど当初の計画から外れることはない。しかしながら、今まさに高等教育を取り巻く環境は、先の見通しが難しくなってきていることを考えれば、その時々の外部環境の変化も踏まえた判断が必要になってくることは当然である。
 一年間の短期計画においても、年度当初の計画自体に囚われ過ぎると、そもそもの目標や目的が何かを見失い、思考停止に陥る。常に学内外にアンテナを張りながら変化をつかみ、期中であっても、目標・目的に照らした最適な事業計画を選択できる柔軟な仕組みをつくっておかなければならない。