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アルカディア学報

No.639

日米の寄附税制
試論 草の根的な寄附を支える日本 大口寄附を支える米国

研究協力者  福井文威(鎌倉女子大学准教授、コロンビア大学客員研究員)

 近年、公共的な役割を担う活動を支える寄附という財源への関心が高まり、寄附者に対する税制優遇制度(以下、寄附税制)の整備が進められている。特に、米国の大学は年間の寄附収入が私立博士研究型大学で平均1億6800万ドル(約184億円)、私立学士型大学で平均1500万ドル(約16億円)と非常に大きく、その事例は政策担当者や大学関係者からも注目されてきた。無論、寄附という現象は各国が歴史的に培ってきた文化的背景や大学機関の努力が複合的に影響するものとして捉える必要があるが、同時に、各国政府が寄附者をサポートする上で如何なる制度を構築しているか踏まえておくことは自国の高等教育システムの特質性を理解する上で必要な視点であろう。本稿では、日米の寄附税制の根底にある理念を試論として示しながら、個人寄附の拡大に制度面が貢献できる余地が日本において残されているのか検討したい。

1 大口寄附を制度面から支える米国

 米国の寄附税制を理解する上で、はじめに指摘しておきたいのが米国では寄附者全員が税制優遇措置を活用出来るわけではないという点である。米国の場合、連邦所得税の税額計算の過程においては、定額控除(standard deduction)と項目別控除(itemized deduction)という2つの方式があり、このどちらかを納税者は選択することになる。定額控除とは世帯構成等に応じて定められた一定の控除額を所得から控除する方式であり、その年度の寄附額はここでは基本的に関係ない。それに対し、項目別控除とは寄附や医療費などの控除項目の合計が定額控除を超えた場合に利用できる控除項目である。よって、項目別控除を選択するまでに至らない定額控除を選択した納税者は、寄附による連邦所得税上の優遇措置は受けないことになる。これは、寄附税制により優遇される納税者を幅広く設定し、制度面から拡大させていくという思想とは異なる。
 むしろ、米国の寄附税制の恩恵を特に受けているのは、大口寄附者である。それは、米国の寄附税制が繰越控除を認めている点や、評価性資産(株式や土地等)形態の寄附を実施した際に適用される制度の構造に典型的に現れている。例えば、繰越控除の制度についていえば、日米両国とも1年間に控除できる寄附額には限度額が決まっているが、米国の場合、限度額を超えたとしても5年間の繰越控除を認めている。そのため、限度額を超える大口寄附をした場合でも、税制優遇措置を翌年度以降に利用することができる。一方、日本の場合は繰越控除を認めていないため、ある寄附者が税制上の優遇措置を得ようとするのであれば、寄附額は自ずと制度が規定する年度の寄附控除限度額に限定されることになる。
 また、評価性資産の寄附をした場合の税制上の優遇措置を比較した時、米国では、そのキャピタルゲインに対する課税が免除されるのみならず、当該寄附資産の時価額での所得控除を認めている。これにより、米国では株式市場の拡大時に非常に大きな寄附へのインセンティブが生まれる。日本においても評価性資産形態の寄附が近年注目され、みなし譲渡所得税の非課税措置に関する手続きの簡素化等がなされているが、時価額での所得税からの控除は認められていない。株式形態での寄附をする寄附者は富裕者層に多いことが指摘されており、ここにも大口寄附者へのインセンティブを制度面から支えようとする考え方が米国に見られる。

2 草の根的な寄附を制度面から支える日本

 一方、米国と比較して日本の方が大きな税制優遇を寄附者に認めている側面もある。それは、平成23年度に導入された税額控除という制度である。寄附税制の控除方式には大きく所得控除と税額控除があり、通常、税額控除の方が寄附者に対する税制上のメリットが大きい。米国の連邦所得税における寄附税制が原則所得控除を採用しているのに対し、日本では所得控除と税額控除のどちらかを選択することが可能となっている。この制度は、特に小口寄附者への減税効果が高く、草の根的な寄附文化の醸成を促すことを目的とし導入された。寄附習慣は、将来の大口寄附に繋がるということも指摘されており、寄附募集が萌芽的な段階にある日本において一定の効果はあるであろう。
 しかし、現段階でこの税額控除制度を利用できる大学は、一定要件を満たす大学に限定されている。この要件は、PST(パブリック・サポート・テスト)要件と呼ばれ、「寄附金収入金額が経常収入金額の20%以上の法人」、または、「3000円以上の寄附金を支出した者が年平均100人以上(ただし、収容定員に応じて変動)の法人」のみが対象となり、過去の寄附実績が寄附先の団体の公共性を判断する指標として用いられている。これは当該制度が主にNPO法人を想定して設計されたことに起因すると推測されるが、変動が激しく、使途が制限される傾向にある寄附が経常収入の20%以上を占めることが大学経営上健全なのかは疑問が残るし、これから寄附募集を開始しようとする学校法人においては不利な要件となる。この問題は、大学の公共性や質をどのように担保するのかという話と関わるものであるが、学校法人に対しては設置認可制度や認証評価制度などの規制や評価体制の仕組みが構築されてきた。過去の寄附実績によってのみ判断される現在の仕組みについては寄附募集の競争環境を歪めかねないことは指摘しておく必要があるだろう。

3 高等教育における寄附税制の展望

 ある特定の社会における個人からの寄附総額は、その社会における「寄附者の人数」と「一人当たりの寄附額」を乗じた値と想定できる。この点を踏まえ、日米の個人寄附に適用される税制優遇措置の根底にある理念を非常に単純化すれば、米国の個人寄附に対する税制優遇措置は一人当たりの寄附額の増加を促す方向性で設計されているのに対し、日本の税制優遇措置は税額控除方式をはじめとして小口寄附を含めた寄附者数を増やすことを志向しているとも捉えられる。制度設計は各国の実情に合わせたものである必要があり、小口寄附者の増加を制度面から重点的に支えることも一つの考え方ではあるが、一人当たりの寄附額をいかに増やせるかという視点から制度的な枠組みを検討する余地は残されているように思う。
 なお、歴史を紐解けば、米国の寄附税制も変遷に変遷を重ねてきた。寄附の裾野を広げるために定額控除対象者に寄附控除を拡大した時期もあるし、「税の公平性」という観点から大口寄附者を中心とする富裕者層への優遇措置に一部制限がかけられた時期もある。一方で、米国の大学にとって寄附収入に占める大口寄附者の存在は非常に大きく、各私立学士型大学の平均的な状況を確認すると、3名の大口寄附者が個々の大学の個人寄附収入の約3割を占めているという事実もある。寄附先進国とされる米国もこのようなジレンマを抱えながらも、その時代の社会情勢を踏まえた議論を経て現在の制度を構築してきたことは注目に値する。
 しばしば、米国の高等教育と寄附動向はハロー効果(※1)となり、米国の大学が重視する取り組みや制度が理想形として一面的に日本で紹介されることがあるが、むしろ、米国内においても寄附文化をめぐる様々な相克が存在することを認識し、それに目を向けることが、今後の高等教育と寄附の関係性の議論を成熟したものにつなげるのではないだろうか。「人間の手になる秩序はどれも、内部の矛盾に満ちあふれている。文化はたえず、そうした矛盾の折り合いをつけようとしており、この過程が変化に弾みをつける(※2)」と歴史学者のハラリは指摘するが、「寄附文化」もその例外では無い。

※1 ハロー効果とは、「ある人が一つの面で優れていると、その人が他の面でも優れているとみなす傾向(広辞苑第6版)」のことを指す。
※2 ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史―文明の構造と人類の幸福(上)』柴田裕之訳、河出書房新社、203頁