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アルカディア学報

No.634

グランドデザインを如何に読むか
―教育改革、内部質保証の前進に向けて

研究員 篠田道夫(桜美林大学教授・日本福祉大学学園参与)

はじめに

答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」(案)が発表された。答申の冒頭に明記されているように2040年に向け高等教育が目指すものは「学修者本位の教育への転換」である。数ある大学政策課題の中で、日本の今後20年余の教育発展の基本政策の中軸に学生の育成、成長のための改革、支援を位置づけた意義は大きい。  それは個々の大学にとっても同じである。重点に多少の違いはあっても、今後ますます厳しい環境の中で大学発展を実現するには、教育の質向上、進路支援の充実、学生満足度向上は避けて通れない中核事業であり、これが大学評価の源である。

答申概要と論点

この答申にはすでに新聞紙上で縷々報道されているように、様々なテーマが盛り込まれている。話題になった国公私の枠組みを超えた大学の連携、再編・統合の円滑化施策、私大の学部単位での事業譲渡、地域連携プラットホームづくり、リカレント教育、留学生獲得や国際化。これらは主に「2018年問題」と言われてきた急激な18歳人口減を意識した政策である。
そしてもう一つの柱が答申本文「Ⅲ、教育の質保証と情報公表―『学び』の質保証の再構築」以降に記述されている質向上政策の展開である。今回はこの点に絞って論じる。
 答申には素案段階からいろいろな意見がある。例えば私大連盟の見解。『日経新聞』(10月15日付)では法政大学総長が大学の類型化、私大の画一化に懸念を表明している。本紙「アルカディアの風」でも繰り返し「機能別分化は私学になじまない」、国公私の大幅格差の是正を訴えている。
さらに一般紙(例えば6月27日付『朝日新聞』「2040年の大学 変わる姿」等)では、答申には高等教育の新たな姿が提示されていない、政府関係機関の方針や従来路線の延長、予算措置が明記されていない、などが載っている。こうした論点があることは間違いない。筆者自身もWG委員として答申審議に加わり、特に私大の自律的改革推進の立場から意見を述べてきた。
しかし、冒頭に述べた「学修者本位の教育」には最後は国と大学が共通の目標として向き合わなければならない。特に現場の大学は、答申に基づく今後の法制度の改訂を踏まえながら自らの教育目標を達成するための自立的改革を進めなければならず、これを如何に推進し支援することができるかが中心課題となる。

内部質保証の確立過程

ではこうした学修者本位の教育、学習成果の可視化、内部質保証は、今回の答申で急に出てきたものかと言えば否である。すでに10年以上前の答申『我が国の高等教育の将来像』(2005年)や「学士力答申」(2008年)の頃から、3つのポリシー(以下3P)の策定、学習成果(アウトカム評価)、IR、FD、教育支援力を高めるSDなどが強調されてきた。
そして「質転換答申」(2012年)では、3Pの策定―教育課程体系化―教育方法の工夫―教育力向上―学習成果の把握―教育改善、これら全体を動かす全学的な教学マネジメントが強調されることとなる。このサイクルを構築するのが内部質保証という提起だ。
そして2017年より3Pの策定が法令で義務化された。中教審の大学教育部会では3Pの「策定及び運用に関するガイドライン」を発表した。その運用における留意点の中で3Pの策定単位(学部・学科・学位プログラム)ごとのPDCAのほかに、教員個々人、授業単位でもシラバスを起点とするPDCAによる授業改善を進めるとともに、大学全体でも計画に基づく改善施策を実行し、機関レベル、プログラムレベル、授業レベルの3層構造でPDCAを回すことを提起した。これが今回のグランドデザインでも内部質保証システムの骨格として受け継がれている。

認証評価、補助金基準の先行

こうした内部質保証重視の取り組みは2018年から改訂された学校教育法施行細則により認証評価基準で最も大切な課題として取り組むこととされた。主な大学評価機関である大学支援・学位授与機構、大学基準協会、そして日本高等教育評価機構、いずれもが第3クールから質保証を主要評価基準と位置付けている。教育の中身や方法だけでなく、それによって学生が成長したかどうか。その結果を調査・評価し問題があれば改善する取組みが、しかるべき体制を構築し実行されているかどうか。システムの有無だけでなく、実際の結果、成果で確認・評価する方向に進んでいる。
補助金選定基準も同様の動きである。私大改革総合支援事業タイプ1「教育の質的転換」から始まった教育の質向上評価の基準設定は一般補助にも及び始め、①教育評価等の全学チェック体制、②カリキュラムマネジメントの実行、③学生の学びの保障体制の充実等の柱で具体の評価項目が設定されてきている。
この背景には補助金受給大学の半数近くが5年以上続く定員割れで、こうした大学の延命策になっているなどの財務省の指摘がある。努力している大学は評価するということであるが、質向上の具体のやり方にどこまで踏み込むべきか、問題もある。

答申内容と教学マネジメント指針

では答申本文はどう書かれているのか。国際的な大学進学者の急増の中で質向上は世界共通課題だとした上で、日本は特に学習時間が短く、また改革への取り組みが二極化している。優れたカリキュラムだと言っても、その結果本当に学生が成長しているか。人材養成目標(DP)に到達しているか。この検証と評価(学修成果評価)、そして公表が必要だという提起である。これに真剣に取り組まない大学は今後撤退という事態も覚悟しなければならないと厳しい調子で警告している。
 そして、その具体策は「教学マネジメントの指針」(以下指針)で示すとする。ここで何を規定するのか、内容は参考事例として項目しか示されていないが、その一端は制度・教育改革WGの審議のまとめに見ることができる。
例えば、シラバスは記載内容のばらつきが多く準備学習に必要な時間の目安が書かれている比率が低い。GPAは多くが採用しているが進級卒業判定への活用は低い。FDは普及しているが全員参加は13%など、形はあるが徹底不十分な実態を上げ、指針でシラバス記載の目安や内容、FD受講状況の公表など実際の実行を求めるとしている。また、新たに把握や公表が法令で義務付けられる可能性のある情報例も示されている。
つまり今回の答申では、方針や制度・システムの有無から、それを実際に動かし成果を出しているか、またチェック(C)からアクション(A)の確実な実行を厳しく点検する方向に舵を切ったと言える。
指針の策定はこれからだが大学現場の関心は高い。これを統制の強化ととらえ学習指導要領化するなどの意見もある。内容が明示的でない中での懸念は当然あると思われるが、その点についてWG「審議まとめ」(「制度改正の方向性」)では「教学マネジメントは大学が自らの責任の下、各大学の事情に合致した形で構築すべき」「指針は特定の取組を大学に強制するものではない」「各大学が創意工夫を行い学士課程の質的転換に向けた取り組みを確立することが重要」としている。
肝心なのは、これらを大学自らの目標達成に如何に使うかにある。改革には当然ながら学内にも意見、批判、抵抗がある。これらを乗り越え改革の一歩前進を勝ち取る方策の中に、答申や指針を「創意工夫」し「各大学の事情に合致した形で構築」し、目標達成に迫る、この視点、立場がとりわけリーダー層には求められる。

終わりに

指針や法改訂を仕方がないからやるのか主体的課題として受け止めるか。ここに内部質保証が機能するかどうかの分かれ道がある。「学修者本位の教育」実現の立場で、掲げた教育目標の実現方策や学習成果評価の本格的な開発と、それを確実に改善につなぐ恒常的な教育充実システムの構築を進めなければならない。これが答申にある「大学全体、学位プログラム、個々の授業科目のそれぞれの単位で」総合的にPDCAを動かすことであり、この内部質保証の一層の前進が求められている。
しかしこれは言うほどにやさしくはない。学長の強いリーダーシップは不可欠だが、強制だけでは教育は成り立たない。組織と個人をいかに目標に向かわせていくか、マネジメントの究極の答えが求められている。それは内部質保証が大学の未来を創る根幹だからだ。