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アルカディア学報

No.628

大学が統合に向かうとき
―米国の実例から―

研究員  森 利枝((独)大学改革支援・学位授与機構教授)

米国高等教育信用格付の引き下げ

2017年12月、格付機関のムーディーズは、2018年の米国の高等教育界全体の信用格付見通しにつき、それまでの「安定的(stable)」から「弱含み(negative)」に引き下げた。12~18ヶ月程度の見通しとして、授業料収入、研究収入および州からの歳入の伸びは引き続き抑制的で、付属病院などの医療機関の収入の伸びも歳出の伸びを上回らないであろうことが「弱含み」への転換の背景として指摘されている。見通し期間中の授業料の伸びは、州立大学で2~3パーセント、私立大学で3~3.5パーセントと見込まれており、また今後2年間の高卒者の若干の減少を背景に、米国全土の学士課程の学生数の伸びは、学生募集に加えてリテンション率の向上の努力を続けても1~2パーセントであろうとされている。これらの要因から、授業料収入その他収入の伸長は鈍化し、歳出の伸長を下回るであろうことが見通しの引き下げの理由とされている。
ムーディーズは、この見通しが「安定的」に戻るには少なくとも3パーセントの収益の伸びが必要であるとし、かつ「現在のところその可能性は低い」としている。加えて、多くの州が、州立大学のシステムの合理化に動くであろうとして、その合理化の方途の例として統合や連携を挙げている。

統合は解決策か

このことからも類推できるように、高等教育機関の統合は、学生数の伸び悩みと予算の制限の対応策として、特に米国の州立システム内部の高等教育機関間でその可能性が探られている。近接する機関の統合によって、「中央図書館も、フットボール場も、事務組織も一本化」できれば「相当な経費節減と可能性の拡大が見込める」というわけである(Archibald&Feldman・2017)。コネチカット州、ペンシルバニア州、ウィスコンシン州などが、州立高等教育機関の統合計画を推進している代表例とされている。
では、実際に統合を行うと何が起きるのだろうか。近年の大規模な州立システム内の統合の先行例はジョージア州のものである。州立機関の統合は州の高等教育委員会のイニシアチブによって2011年に提言され2012年から順を追って実施されてきており、本稿執筆時点で14機関が7機関へと統合済みである。かつ、ジョージア州では、統合による大幅な歳出カットは起きていないことが報じられている。
もっともジョージア州では、8年間で8パーセントの高卒者の増加が見込まれるなどしており、統合の主要な目的は必ずしも歳出カットではなく、州立システムの総長によれば「コストを掛けずに州民への貢献を向上させること」とされている。したがって歳出カットの目標値などは設定されていなかったわけだが、そうであっても歳出カットが起きなかったという結果は興味深い。また前述したように統合は事務組織のスリム化に貢献すると思われているが、一般にそれを実証するに足る実践例はまだ米国内には蓄積されていないことや、統合で歳出カットが期待できるプログラムは設備に費用のかかるSTEM領域であり、人文学においては歳出カットは起きにくいことも指摘されている。またジョージア州の実例を見るに、統合の結果として歳出増が起きた局面もあったようだ。
たとえば、教職員の給与に格差のある2機関を統合するなら、統合後の教職員の給与スキームを一本化する必要があろう。このようなとき、「低い方にあわせる」ことがいかに困難かは容易に想像できる。ジョージア州の例でも給与スキームは「高い方にあわせる」という対応が取られ、その結果200名以上の教職員について昇給が発生したことが報道されている。統合が歳出増に繋がった例といえる(The Chronicle of Higher Education・2017年6月19日/2018年4月27日)。

●カルチャーの問題

このようなことから、統合を歳出カットに結びつけるには相応に綿密な計画とその遂行が必要であることが推測できるが、併せて考慮しなければならないのはカルチャーの問題の解決に必要なコストである。ここでいうカルチャーとは、統合前のおのおのの機関の伝統であり、学生、教職員および卒業生あるいは地域住民からの愛着であり、そしてそれがあるならば建学の精神である。これらカルチャーの問題については、何を以て解決とするかの判断が難しいことは衆目の一致するところであろう。たとえば校名ひとつとってみても、伝統と愛着の拠りどころとして、統合による変更には困難が予想される。実際ジョージア州の州立機関の統合においても、校名をどうするかは大きな問題になったようで、州高等教育委員会の委員のひとりは、各機関の方針や予算配分を決めるべき委員会の席でも、ほぼ新しい校名の話しかしなかったと語っている。また別の地域代表の委員は、過去3年間の任期中、最も多く議論されたのが校名の問題であったと述べ、「新たな機関を作るのだから校名もゼロから考えるべきだ」という他の委員の意見に対し、「そうは言っても長年培われてきたものを投げ捨てることはできない」という見解を表明している(The Florida Times-Union・2012年5月14日)。
長い議論を経て校名が決まったとしても安心はできない。ジョージア州ではオーガスタ・ステイト・ユニバーシティ(統合前年の学生数約6、700人)とジョージア・ヘルス・サイエンセズ・ユニバーシティ(約2、900人)が「ジョージア・リージェンツ・ユニバーシティ」として2012年に統合された。校名の決定は州高等教育委員会での投票による。しかしわずか3年後の2015年、高等教育委員会はこの校名を再度改め、「オーガスタ・ユニバーシティ」とすることを投票で決めた。当初の校名につき、ヴァージニア州の「リージェント・ユニバーシティ」から類似が過ぎると提訴されたことに加え、オーガスタの町への言及を欠くことが、学生、教職員、卒業生および地域住民に受け入れられなかったことが再変更の原因であった。これにより、大学の看板にもロゴにもウェブサイトにも電子メールアドレスにも再改変が必要になり、大学マスコットのジャガーはまた新しいユニフォームを誂えてもらった。なお最初の校名変更に際して二機関の看板類すべてを掛け替えるためにかかったコストは約400万ドルであったとされている。

プロアクティブな統合

このように見てくると、統合は問題を解決するだけでなく問題を生む仕掛けともなりうることが察せられるが、では、大学には幸福な統合の方策はないのだろうか。米国の教育系シンクタンクであるTIAAは昨年高等教育機関の統合に関する研究報告を刊行し、「望むらくは、統合を万策尽きた後の最後の手段とすべきではない」、「統合は、より大きな戦略計画の一部であるべきである」としたうえで、成功した統合に共通する特徴として①魅力的な統合ビジョン、②状況を理解し積極的に関与する統治機構、③適切なリーダーシップ、④必要充分な緊急性の理解、⑤強力な計画遂行システム、⑥堅牢で幅広いコミュニケーション計画、⑦統合専用の充分な資源、の7点を挙げている(TIAA・2017)。こうして並べてみるとこれらすべての特徴を備えた機関であれば、統合に成功することも、また統合しないことに成功することも可能であろうと思われるが、すなわち統合は誰かに、あるいは状況に強いられて選び取るのではなく、体力のある機関が自発的かつ積極的に選択したときに、望ましい結果に繋がりうるということであろう。