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アルカディア学報

No.624

大学に政府統制からの自由を
―無償化論議の機を捉えて―

大森 不二雄(東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授、大学教育支援センター長)

1.凋落する日本の大学

2013年、安倍内閣の『日本再興戦略』は、「今後10年間で世界大学ランキングトップ100に10校以上を入れる」との目標を掲げた。ランキングへの懐疑は脇に置き、5年が経過した現在の到達状況を見てみよう。英タイムズ高等教育誌のランキングによれば、2013年版で上位100校に入っていた日本の大学は東大と京大の2校、5年後の2018年版でも同じ2校で増えていない。しかも、東大は23位から46位へ、京大は52位から74位へ、順位を下げている。さらに、2013年版で150位以内に入っていた東工大・阪大・東北大は、2018年版では200位以内から姿を消している。
日本の科学研究も質・量共に低下している。研究成果データベース「ネイチャー・インデックス」に収録された高質の科学論文における日本のシェアは、2012年から2016年にかけて6%下落した。また、学術データベース「ウェブ・オブ・サイエンス」によれば、2015年の日本の論文数は2005年と比べ14分野中11分野で減少した。

2.大学改革の「失敗の本質」:旧ソ連的な政府統制

前述の凋落ぶりを見れば、日本の大学改革が成功しつつあるとは言えまい。なぜ失敗したのか。大学に改革を迫る政官財こそ改革が必要だからである。
大学改革は、大学設置基準が大綱化された1991年に遡る。同年はバブル崩壊と冷戦終結の年でもあった。その後、長期低迷に陥った日本経済は、幾多の成長戦略を経た今も低成長から脱していない。近年、政府や経済界は、大学にガバナンス改革を迫ってきた。だが、政府や企業のガバナンスが素晴らしければ、数え切れない景気対策によって財政赤字を先進国最悪水準へ拡大させてなお、「失われた10年」と言われた低成長経済が「失われた20年」となり、今や4半世紀を超えるに至ったであろうか。「日本病」ともいえる閉塞状況に責を負う政官財が、大学には上から目線で改革を迫り、グローバル人材育成やイノベーション創出を求めてきた。
組織の多様性や開放性がイノベーションに繋がるとの知見がある。外国人・女性・博士など多様な人材の活用において、日本の官庁や企業の課題は大きい。開放性の面でも、教員公募が一般化した大学の方がマシである。天下り、森友・加計問題、談合、不正会計等、閉鎖的な擬似共同体の病理現象(隠蔽、改竄、忖度等)が噴出している。日本的組織は、生産性・倫理両面で劣化している。いわば「日本病」の病巣が大学改革を主導してきたのである。
「日本の大学にはダイナミズム(活力)がない」。外国の学長等との会話の中で筆者が幾度か聞かされてきた言葉である。活性化の鍵を握るのは、使途自由な財源と教学・経営の自律性である。2004年の国立大学法人化は、自律性を強化するはずだった。だが、2012年に民主党政権下で始まった国立大学の「ミッションの再定義」は自公政権に引き継がれ、文系学部改廃など統制志向の逆コースは鮮明である。運営費交付金は1割以上削減され、各大学は政府に忖度しながら紐付き予算獲得にしのぎを削る。私立大学も、2013年度に始まった「私立大学等改革総合支援事業」により、IRを設置しているか、CAPを設定しているか等、内部組織・運営を事細かく点数化される補助金制度を通じ、箸の上げ下げまで指示されている。大学改革は、アングロサクソン的な市場化と誤解されてきたが、今やその仮面の下から旧ソ連的な集権志向がむき出しになっている。その結果は、日本の大学の凋落である。
政官財は大学改革の失敗を直視し、大学は政府からの自由を求めるべき時である。

3.英国の教訓:授業料無償は統制強化と予算窮乏を伴う

政治課題となっている高等教育の無償化は、政府統制の強化に繋がり得る。現に、無償化に向けた奨学金等の対象大学の要件として、実務家教員や外部理事がさも重大事であるかのように検討されている。本質的な課題から目をそらし、政策の劣化と言うのも空しい。
ここで、英国(正確には、英国の人口の8割超を占めるイングランド)の経験を参照したい。英国の大学は、1990年代末まで無償だったが、今や世界有数の高額授業料である。驚くべきことに、進学率、格差、大学予算、いずれの指標も授業料導入以降に改善し、授業料値上げを経て改善を続けている(Murphy, Scott-Clayton & Wyness 2018)。英国の改革の詳細は別稿(本紙7月4日・11日号掲載予定)に譲るが、大学への主たる資金供給を機関補助金から卒業後に出世払いする授業料へ転換することにより、高等教育の拡大と格差縮小を両立し、大学財政の改善をも実現したのである。各政策目的に目配りした総合的デザインの産物と言える。我が国の無償化論議は、制度全体の再設計の視点を欠いている。
無償化で大学予算が増えるとの誤解も語られるが、英国の経験によれば授業料無償は予算窮乏を伴う。これはロジカルな帰結である。なぜなら、政府は授業料に代わる財政措置を渋り、学生定員を抑制するからである。英国のメイ首相は、授業料を無償に戻せば大学予算減に繋がり、学生定員規制も戻ってくる旨述べている(Prime Minister's Office 2018)。無償時代の英国政府の実際の行動もロジックどおりであった。学生一人当たり大学予算(2015年基準で物価調整後)は、1999年に6500ポンド強まで落ち込んでいたが、授業料導入以降は回復を続け、2013年には9700ポンド(1999年の約1.5倍)となった(Murphy, Scott-Clayton & Wyness 2018)。

4.大学を自由にする「トランスフォーメーション」(大変革)を提案する

閉塞感漂う日本の高等教育制度の再設計は、大学の教育・研究に活力を取り戻すものでなければならない。使途自由な財源と教学・経営の自律性が活性化の鍵を握る。従来の大学改革は、政府介入による「リフォーム」(改修)であり、事態を悪化させてきた。必要なのは、世界の大学と伍していく活力を解き放つ「トランスフォーメーション」(昆虫が幼虫から成虫へ姿を一変するような大変革)である。
再設計に向けた議論を喚起するため、以下の試案を提言する。
①国立大学の学生納付金(標準額は、年間授業料535,800円、入学金282,000円、検定料17,000円)を倍増するとともに、英国の制度をモデルとするローン(貸与型奨学金)制度、すなわち、在学中は無償で卒業後十分な収入がある時に返済する「出世払い」制度を導入し、「在学中の無償化」を実現する。私立大学の学生納付金も、国立大学と同額まではローン制度の対象とする。これにより、私学側が求める国立とのイコールフッティング(同一の競争条件)に一歩近づく。
②国立大学への運営費交付金は、学生納付金収入増の半額程度減額する。この減額を行ってもなお、現行の学生納付金収入の半額程度が大学の財源に上積みされることになる。2015年度決算で、国立大学全体の運営費交付金は1兆820億円、学生納付金収入は3,433億円であった(国立大学協会2018:31頁)。単純計算では、大学にとって約1700億円の予算増、国にとって当面の財政負担が同額減少することになる。
③債務への学生の不安を緩和するには、英国の制度にならい、卒業後の返済は所得連動型とし、国の財政負担による(低所得者への)返済猶予、一定年数経過後の債務帳消し、利子補給等が必要になる。しかし、文字どおりの無償化(100%公財政負担)と比べ財政負担が軽いことは言うまでもない。
④学部等の設置・改組及び学生定員の変更について、文部科学省の認可を不要とし、大学が社会のニーズに機動的に対応できるようにし、各大学の戦略による規模拡大を可能にする。なお、英語圏等では、学部等の新設・改廃は大学の自由裁量であり、大学自身が学内に認可手続を有する。また、英国では、大学の学生数は完全に自由化されている。
日本の大学(学士課程)進学率(2015年50%)は、OECD平均(同年57%)よりも低い。また、日本の大学入学者の95%は18歳・19歳である(OECD 2017)。減少した18歳人口を分母とする進学率は、現実を覆い隠す。人口千人当たり在学者数という別の指標で見ると、日本の高等教育の規模の小ささが浮かび上がる。米64、英・仏37、独33、韓72に対し、日本は僅か30である。人口千人当たり大学院在学者数では、日本の特異さが更に際立つ。日本2に対し、米9、英8、仏9、独12、韓7である(小数点以下を四捨五入。出典:文部科学省 2017)。縮小する18歳人口のみをマーケットとし、社会人学生や大学院のマーケットが育たない現状は、日本の大学の多様性欠如と活力喪失を象徴する。
【引用・参考文献】
国立大学協会、2018、『国立大学法人 基礎資料集』(2018年1月30日).
{http://www.janu.jp/univ/gaiyou/files/20180130-pkisoshiryo-japanese.pdf}
文部科学省、2017、『諸外国の教育統計平成29(2017)年版』.
{http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/syogaikoku/1396544.htm}
Murphy, Richard, Scott-Clayton, Judith & Wyness, Gillian, 2018,The End of Free College in England:Implications for Quality,Enrolments, and Equity, NBER Working Paper No.23888(Issued in September 2017, Revised in February 2018), Cambridge, MA:National Bureau of Economic Research.
OECD, 2017, Education at a Glance 2017:OECD Indicators.
{https://www.oecd-ilibrary.org/education/education-at-a-glance-2017_eag-2017-en}
Prime Minister's Office,2018,Prime Minister Theresa May speaks at Derby Collegeas she launches a review of post-18 education and funding, Delivered on 19 February 2018.
{https://www.gov.uk/government/speeches/pm-the-right-education-for-everyone}