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アルカディア学報

No.623

大学スポーツの課題と日本版NCAA創設の意義

木村雅大(青森大学 事務局長)

1.大学におけるスポーツ指導の役割    

 大学スポーツは様々な種目で伝統的な大会が開催され、数々の名勝負を生んできた。観衆はそのドラマに感動し、多くの人がその大学を記憶に残し、やがてスポーツ名門大学が生まれていく。
 こうした「勝負の世界」がある一方、大学におけるスポーツ指導はそれ自体学生の人間形成に役立ってきた。ゲームの中で決められたルールは大学や社会で守るべきあらゆる規範のモデルとなりうるし、それがフェアプレーの精神を育み、延いては相手チームをリスペクトする健全な人間関係の構築へと発展する。
 限界まで自己を追い込む日々の鍛錬は身体能力のみならず精神力の醸成にもつながり、それがやがて人生の中で遭遇する様々な逆境に打ち勝つ原動力となる。さらに、大学に限らず教育機関におけるスポーツ振興は、地元の学校、あるいは母校を応援する気運を生み、地域への愛着や活性化にも好影響を与える。
 このように大学におけるスポーツ教育は、し烈な競い合いが生む感動とともに、日常の講義とは違った大きな教育的効果があり、高等教育において欠かせない重要な要素であるといえる。そのため、それに潜む問題を解決し、さらに振興・発展させる必要がある。

2.青森大学での取り組み         

 筆者の所属する青森大学は昭和43年に開学したが、同一法人の青森山田高校に倣う形でスポーツの強化を目指した。その背景には、スポーツ指導を通した人間形成を図ることは然ることながら、本州最北端の地で育まれた学生が全国の強豪校と張り合うことを関係者が夢見ていたこともあげられる。特に野球と卓球においてはそのねらいを果たし、野球部は平成11年には全日本大学野球選手権大会でベスト4に入り、卓球部は多くの全国大会で優勝を遂げてきた。現在は14の運動部がそれぞれ活発に活動している。
 こうした青森大学のスポーツ強化は、好成績をあげるとともに、メディアで大きく取り上げられて大きな反響を呼んだ。最近ではインカレ16連覇中の男子新体操部も各方面で紹介されることが多く、「ブランド校」と呼ばれることもしばしばある。このように大学のスポーツ強化はパブリシティという点でも学生募集上で相応の効果が見込まれる。

3.スポーツ強化に潜むリスク       

 一方、運動部の強化には経費面で相応の経営リスクも伴う。特待生獲得による奨学費支出、指導者の誘致や増員による人件費支出、そして練習環境整備のための施設・設備関係支出は「スポーツ強化3大支出」といえる。そのほか、遠征やスカウトのための旅費交通費支出や広報費支出など、副次的経費も多く発生する。問題はそういったリスクを負うだけの経営的効果が見込めるかどうかである。確かにスポーツの好成績を多くの人に称えられるのは気分がいい。しかし関係者の気分と経営戦略は全く別である。健全な学校経営を考えた場合、スポーツを強化することへのあらゆる投資が相応の効果を生むかについて慎重に分析する必要がある。
 しかしそれでも、大学スポーツは素晴らしい。大会に出てプレイする学生の表情は、教室や研究室で会う時のそれとは全く別な一面を見せることが少なくない。そのたびに運動部の価値を再認識する。大学の教職員は進んで様々な大会に赴き、学生を応援し、その表情に触れるべきである。

4.日本版NCAA創設の狙いと意義    

 ところで、大学スポーツの大学間横断的な組織として、アメリカのNCAA(National Collegiate Athletic Association)の日本版を組織しようという動きがある。平成30年2月23日に東北学院大学で行われた「大学スポーツ推進フォーラムin仙台~スポーツ改革で10年後価値ある大学づくりを~」に参加し、スポーツ庁はじめその主導的関係者の話を聞くことができた。日本版NCAA創設の狙いと意義を私なりに整理してみた。
(1)大学内のスポーツアドミニストレーション組織の整備
 日本における大学の運動部は、それぞれが独立したチーム運営を展開し、教育現場である大学とは一線を画すケースが多い。例えば、野球部が今どこでどんな大会に出場しているのか、どのような戦績なのか、大学事務局や教職員が十分に把握していない。それ以前に、それぞれの運動部がどのような指針で日々の練習を指導しているかも透明であるとは決して言えない。中には大学名の看板を借りたクラブチームと化しているケースもあり、大学のガバナンスが運動部にまで効いていないのが実情であろう。こうした大学当局と運動部の壁を取り去り、大学が組織的に運動を管理することにより、大学としての一体感や盛り上がりを図る必要がある。
(2)大学スポーツブランドの構築
 全国レベルで活躍し、その名が広く知れ渡っているチームは数多く見受けられるが、そのブランドは区々であることが多い。たとえば、ある大学で野球部と陸上部が強豪として有名だとしても、それぞれが違った色やロゴを使用しており、まったく別のブランドを形成しているケースがある。大学としての一体感、そして地域の支援を得るために、場合によっては同一のチーム名を作ってファンを増やすという方策もある。
(3)大学横断的組織による大会・イベントの実施とプロモーション・地域振興
 こうした学内のスポーツアドミニストレーション組織の整備は、延いては自治体や地域、そして他大学などの外部団体との連携によるイベントがあって初めてその価値が出てくる。当然、それには他団体との密な連絡調整や他大学の進捗状況と歩調を合わせることも同時に必要となってくる。

5.健全なスポーツ教育へ         

 大学スポーツの振興は今後厳しさを増す私学経営という点でも大きなテーマとなりうるものである。そういった意味では日本版NCAAの創設は大きな起爆剤と期待できる。しかし我々が忘れてならないのは、大学は教育機関であり、スポーツを通して学生が様々なことを経験して学び、そして将来の就職に活かすことが我々の使命だということである。青森大学の男子新体操部では、野球やサッカーといった充実したプロ組織が整備されている種目ではないために閉ざされがちな卒業後の進路を、ダンスユニットの創設や海外のエンターテインメント集団への加入などにより開拓し、学生時代の経験がその後の人生で生かせる仕組みづくりに取り組んでいる。
 大学という教育機関においては、運動部を運営する原点を見失わず、より大きな教育的効果を学生にもたらすことができるように情熱を持って指導研修を重ねることが大切である。
 同時に経営面では注ぐべきエネルギーと経費が生む効果を冷静に見極め、卒業生のみならず、地域に愛される健全なスポーツ教育を展開し続けたいと願う。