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アルカディア学報

No.622

公設民営大学という制度設計は正しかったのか
~費用負担と教育機会均等化の観点から~

研究員 濱名 篤(関西国際大学 理事長・学長)

1.公立化の主な動き

 公立化した大学を年代順にあげれば、2009年に高知工科大学、2010年に名桜大学と静岡文化芸術大学、2012年に公立鳥取環境大学、2014年に長岡造形大学、2016年に山陽小野田市立山口東京理科大学と福知山公立大学、2017年に長野大学となる。諏訪東京理科大学は2018年に公立化を予定し、旭川大学と新潟産業大学などは公立化を検討中である。公立化の対象は、公設民営大学および公私協力方式の大学、すなわち地方公共団体が設置経費もしくは運営費を支出してきた私立大学であり、純粋な私立大学の公立化は総務省が認めていない。
 一般に大学誘致の際、国立大学の新設は困難であり、公立大学には「1県1大学」の原則があって二つめは設置できなかった。私立大学は学生募集の観点から都市部を選好するため、地方地域への誘致には一定の地元負担をともなった。こうした事情から公設民営・公私協力方式の大学の多くは中小規模で、背景地域の人口が少ない、もしくは人口減少が続く地域に立地し、設立後は定員割れが続き、学生確保に苦しんでいた。

2.公設民営大学などの背景

(1)大学の地方分散政策
 1960年前後から70年代にかけて、工場三法(工場等制限法、工業再配置促進法、工場立地法)による大都市圏の過密対策が進められた。これらの法律は、首都圏などの都市部における人口・産業の過度な集中の防止を目的とし、人口等の集中をまねく施設の都市部への新増設を制限し、都市部からの移転を促進するものであったが、大学もその対象となった。1980年代ないし90年代以降、工場の海外移転、環境技術の進歩などによって立地の規制は緩和され、工場等制限法は2002年に、工業再配置促進法は2006年に廃止された。  1980年に国土庁(現在の国土交通省)は、大学・短期大学などの高等教育機関の立地を円滑にし、その適正配置を促進するため、「学園計画地ライブラリー」を設置して、大学等にキャンパスの候補地を紹介する業務を開始した。この業務はいったん休止したのち、2004年には機能充実をはかり、地域と大学等がそれぞれの資源や機能をもちいて多面的・広域的に連携するきっかけをつくり、地域の活性化に資することを目的とする「地域―大学の交流・連携支援ライブラリー」として運用を再開し、その情報提供手段としてホームページを開設したが、その後に廃止された。
(2)大学の地方分散政策の評価
 大学の地方分散政策の評価について、島(1996)は1976~93年を対象として大学の収容率と志願率の地域間格差を分析し、1976~86年には地域間格差が縮小したが、大学立地政策の規制緩和期(1986~93年)には政策の効果がみられないとした。末富(2008)は1955~2005年を対象に東京都の学部学生数を10年ごとに分析し、全国の学部学生数に対する東京都の割合が1985~95年に低下したことから、この時期には大学立地政策による規制の効果があるとした。また、東京都の割合は1995~2005年にも低下したことから、工場等制限法の廃止(2002年)は地域間格差の拡大をもたらしていないとした。上山(2011)は、1990年代以降に大学進学率の地域間格差が拡大したことから、1993~2002年になされた特定地域における新増設の制限は、地域間格差の拡大を緩和していたと評価した。
(3)高知工科大学の事例
 高知工科大学は、公設民営方式で1997年に設立された大学である。岡村(2007)によれば、県立大学とせずに私立大学とした主な理由は、法人格を持つことと教員が非公務員であることの2点であった。これらは2004年度以降すべての国公立大学に普及し、公設民営大学の利点はほとんどなくなった。創設当時に公立大学法人の制度が適用されていれば、それを採用していたと思われる。
 私立大学である高知工科大学と高知県の間に公式の関係はなく、この大学を設置した高知県知事が理事長であり、設置にかかわった教員が在籍するという人的つながりによって両者の密接な関係が保たれていた当初は、将来的に両者は、人的な関係から公的に保証される関係に移行することが期待されていた。一方、私立大学の主な収入が学生納付金であるため、県立大学の二倍の経済的負担を学生に強いていた。当時の経済状態と、自らの身を削っても子供に尽くす親の気持ちがあったので、大学の大きな欠点にはならないと思われた。しかし、地域の経済事情は徐々に悪化し、親自身の将来の年金に対する不安もあって、この欠点が地方住民にとって厳しいものとなっていったと岡村は述べていた。

3.公立大学化した公設民営大学訪問調査の結果から

 これまでに5大学、すなわち、高知工科大学(高知県)、長岡科学技術大学(新潟県)、公立鳥取環境大学(鳥取県)、名桜大学(沖縄県)、福知山公立大学(京都府)の訪問調査を行った。調査対象は各大学の教職員であるが、大学をとりまく関係者として、周辺高校の進路指導部、地元の産業関係者、設置主体である自治体関係者を可能なかぎり調査対象に含めた。公設民営大学が公立大学化したケースの特徴は以下のようにまとめられる。
(1)公立化後の状況
 公立化は設置者変更の手続きであり、教育課程の見直し・変更(改組転換)をともなわないことが原則である。財政的には、国からの収入が、私学助成から地方交付税による運営費交付金に移行し、より高額となった。地元自治体の負担を要しない事例が多かったが、自治体が大幅な補填を行っている例外的な大学もあった。学費は、ほぼ半減した。支出は、教職員給与が公務員並みに低下することもあった。運営は、従来のプロパー職員が主に担当していた。地方交付税の使途は自治体の裁量にゆだねられるため、自治体の姿勢によって公立大学への支給率には違いがあった。大学は予算編成の自由度が高まった。  学費の低額化は学生募集に即効性があり、公立大学としての威信と、受験情報が「国公立」として扱われる影響もあり、いずれの大学も受験生が急増して入試の偏差値は上昇し、全国から受験者が集まり、入学者も県外からの者が大幅に増加している。
(2)地元高校の反応
 公立化によって、地元からの入学者は減少した。偏差値の上昇によって、中堅校からの入学者は横ばいで、下位校からは合格できなくなった。入学者選抜に地元枠を設定している大学が多かった。公設民営・公私協力方式の俊工時の趣旨として地域社会の進学機会の拡大がうたわれていたが、公立化の趣旨文からは消滅していた。
(3)地元産業・地方創生への貢献  学生は入学と卒業によって常に入れ替わるが、他地域から流入した学生の数だけ、地元の人口が増加する。こうした学生は、住居費や生活費などの支出によって地元の経済に貢献している。流動人口増は、地方交付税の加算要因ともなって自治体の財政にプラスとなっている。学生すなわち若者による地域の活性化も期待されている。特に、公立化によって学生の質が向上し、地域活動に積極的に参加する姿が好意的に受け止められている事例が多い。他地域からの刺激・視点(外部者の眼)も歓迎されている。
 一方、他地域から流入した学生は、卒業時にはほとんどが転出して、地域創生人材にはあまりなっていない。設置した学部・学科を地域産業の創出につないだ長岡の例もあるが、特色ある学部・学科とそれを意識的に活用・育成していく戦略性が地域振興には必要条件となる。「若者の力」の戦略的な活用策が確立している例は必ずしも多くなく、地域産業が衰退している地域では、地域創生の直接効果は大きいとはいえない。
(4)地方にとっての大学
 公設民営・公私協力方式による私学の誘致は、地元に大学がないことへの危機感によって推進された。しかし、設置された私立大学は、地元高校生の国公立志向や学部学科選択とは必ずしも一致せず、地元からの進学先となる思惑が外れることもあった。公立大学化の効果は、学費の負担軽減と公立大学という威信(官尊民卑)に評価が左右される。公設民営・公私協力方式による設置経費は地方税によって負担されたが、公立大学法人化によって維持費は地方交付税(国税)が支えることになり、いわば公設民営大学から公設国営(総務省営)大学へ移行する側面すら見受けられる。

4. まとめ

 以上の調査結果を、課題としてまとめれば次のようになろう。
(1)公立化問題が問いかける課題
・公立大学でなければ大学が存立し得ない地域にとっての大学は確かに存在する(名桜大が代表例)。
・大学間の競争は市場原理が問題をすべて解決する訳ではない(授業料の国公私立格差の持つ影響力に既定されている)。
・大都市圏の公立大学の存在意義:何のための公立大学か、どのような学部・学科や大学院が必要とされているのかという視点は重要である。低学費であるだけにその存在意義は問われる。
・地域社会にとって大学が果たすべき機能:流動人口の持つ意味。地方における大学の消滅を避けることは重要であるが、それらが全て公立化することが必要であるかには疑問がある。
・高等教育費は誰が負担すべきか:総務省は地方交付税の一公立大学あたり単価を14%程度切り下げる予定と聞く。その後はどのように変化するのかによって公立大学の財政状態は変化する。一律に学費無償化すれば良いのか。傾斜配分を行うとしてその原理は何か。家計所得か、特定分野か、地域的配分かといった検討の結果が重要。
・公立大学の自由度をどう評価するか:公立化によって大学の自律性と自由度は高まった。公立化後の学部・学科構成は地方交付税の学科分野別配分単価によって影響され、高等教育計画が不在のまま分野別の新増設が進行している(医療保健高・人社低)。
(2)公立化からみえる高等教育戦略計画の欠如
 公立大学化は高等教育費の負担構造の問題に「官公」尊民卑の風土が加味されることに直結する。
・設置分野ごとの格差構造は何を意味するのか。公立大学は、地方交付税の単価が高い看護などの分野に集中するが、それが地方創生に貢献する分野であるのかは十分検証されていない。政府としての統一的な高等教育計画が欠如しているのではないか。
・人材育成計画なき高等教育政策がなされている。情報セキュリティ人材の不足に代表される新領域への対応は、新自由主義的な発想だけで解決するのか。M・オズボーンによれば今後10~20年のうちに、国民の半数が職種転換を余儀なくされるという予測がある。こうした将来状況下で社会人の学び直しが大量に発生したとき、どう対処するのか。私立大学が退場したあとの地域で、学び直しの機会をいかに創り出すのか。
・国公立と私立の可視化されていない格差構造をいかに解消していくのか。地方交付税の単価を切り下げた後はどうなるのか。公立大学の授業料の値上げか。また、公立大学の授業料が一律なのはなぜか。今後地方交付税が減税されれば地方税での負担を増やすのかなど公立大学化の課題は大きい。
 参考文献
上山浩次郎、2012「『大学立地政策』の『規制緩和』のインパクト」、『北海道大学大学院教育学研究院紀要』117号、55―82頁。
岡村甫、2007「公設民営大学の現状」、『IDE現代の高等教育』2―3月号、48―50頁。
島一則、1996「昭和50年代前期高等教育計画以降の地方分散化政策とその見直しをめぐって」、『教育社会学研究』59集、127―143頁。
白川優治、2007「工業等制限法における大学に対する規制の変遷―1960年代の法改正を中心に」、米澤彰純(編)『都市と大学の連携・評価に関する政策研究』平成17―18年度科学研究費補助金研究成果報告書、43―51頁。
末冨芳、2008「東京都所在大学の立地と学部学生数の変動分析―大学立地政策による規制効果の検証