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アルカディア学報

No.621

IRを推進させるには
ある大学の事例から見えたIRの現状

研究協力者 堺 完(立教大学 大学教育開発・支援センター 助教)

2017年10月6日、アルカディア市ヶ谷(私学会館)において、私学高等教育研究所第64回公開研究会「私立大学のIRは何をすべきか?~中・小規模大学におけるIRの現状と課題~」が開かれた。筆者は私学高等教育研究所内の「中小規模大学におけるIRプロジェクト」に研究協力者として参加し、いくつかの私立大学に訪問させてもらった。本稿は、その訪問調査の中で訪れたある大学のIR実践例を紹介し、IRの現状や課題、推進させるためのポイントなどを改めてまとめたものである。
今回取り上げる大学への訪問調査は、2017年7月に行い、「IR導入の背景や目的、主な業務内容、組織上の位置付け」「データ収集の現状」「IRを推進する際の問題点や課題」などについて2時間程度の聞き取りを行った。
この大学は、収容定員数が3000人弱であり、政策系学部と医療福祉系などの学部を擁する小規模大学である。この大学がIRに取り組むようになったのは、経営状態の悪化に伴い、それまで法人内・学内にあった経験に基づいた運営からエビデンスに基づいた経営へとシフトしなければいけないといった危機意識からであった。そういった背景のもと、教学改革や質保証を推進し、また理事長や学長といったトップ層への情報提供による円滑な意思決定を支えるものとして、2014年度より理事長直下にIR室が設置されている。部署としてはIR責任者の教員が1名、事務責任者が1名、実際にIRを担当者する専任職員1名の3名体制であった。外部から新たに雇用するのではなく、学内事情や組織に精通し、学内データの扱いに慣れている専任職員を担当者とすることで、データの収集や管理から、集計、報告書作成などを円滑に行わせていたようである。全学的な課題として、休学・退学問題があり、当面IR室の業務はこの解決に向けたデータと資料作りがメインであった。出欠データや成績データ、個人面談時のテキストデータを分析して、休学者や退学者の増減とその要因などを探った学内向けの報告書を見せてもらったが、非常に分かりやすく、今後の対策を考える際に有益なものだという印象を持った。ただこの報告書について、IR室の担当教員が言うには、IR室が設立して間もない頃は、せっかくデータを集めて分析して報告書を出しても、教職員で受け止め方が様々であったようだ。積極的に活用して対策を講じてくれる教職員がいれば、あまり関心を示さない教職員もいるなど、結果の共有の面で問題があったとのことである。そこでこの課題に対処すべく、2016年度から、IRが出した結果を共有する場として、月に一度、学長や学部長、教務、入試、学生支援、就職、広報の各委員長らが参加するIR会議を開くようにし、大学の置かれている現状を正確に把握し、対応策などを考えさせる機会を設けたとのことだった。これと並行して2017年度からは現場レベルでのIRの普及を図るために若手・中堅職員からなる「教学IRチーム」を発足し、各部署の課題や業務で使っているデータの確認など、部署を超えて共有し、組織全体としてIRを推進しようと試みを始めている。
この大学のIRで、もう一つ印象に残ったところが、IR担当者のデータ収集と集めたデータを集計・分析できるよう作業した話である。新たなシステムを導入せず、大学にあるデータを可能な限り収集して、エクセル形式で誰もが活用できる形に整理していた。データ収集に先立って、IR担当者が行ったのが、各部署にどういったデータがあって、それらをどのように管理しているかを、データカタログに整理して、データの所在と管理方法を明らかにしていた。このデータカタログに基づき実際のIR業務で必要となるデータの提供を各部署に依頼し、エクセル形式の統合学生データを作成していた。データ収集を始めた1年目は使用目的を丁寧に伝えながらデータ提供をお願いしたり、部署によって入力方法が異なっているデータをきれいに揃えたりする部分で、かなり時間がかかったようである。そこで、2年目以降は統一フォームに合わせてデータ提供するように予め指示をして、効率化を図る工夫をしていた。この大学のように、全学で統合したデータベースが整備されていないケースでは、同じデータであっても部署ごとで独自ルールによる保管がなされていることが少なくない。いざIRで必要なデータを集めてみ
ても、データの定義や入力方法が違って、すぐには業務で使えないといったことが十分に起こりうるだろう。こういった状況に対して、IR担当者がどのように対処し、IR業務に使えるデータを集めて、整理していけばいいか、この大学の事例は参考になると考えられる。
以上が訪問調査の中で筆者が特に印象に残った部分である。この大学のIR事例は、IRを設置する目的や喫緊の課題があり、IR活動を行う上で不可欠なデータを、新たなシステムを導入することなく、部署の垣根を越えて収集・整理をし、そのデータを使って目的に応じた集計・分析を行って報告書を作成し、その結果について全学で共有し、改善を促すような取り組みを行っていた。決して多くない人員や限りある資源の中でも、やりようによっては、何もない状況からIR組織を立ち上げて、何とかして組織全体にIRを推進させられることを示している。こういったケースは、IR組織を立ち上げたばかりの中小規模私立大学にとって、今後推進していく上で示唆を与えてくれるだろう。
今回の訪問調査を踏まえて、IRを推進させる上で何が必要なのだろうか。以下の4点を挙げさせてもらいたい。1点目は、大学としてIRに何を求めるか、すなわちIRの「目的・役割」が何であるか、である。現状、大学内で何が課題や問題としてあるのか、そのためにIRが必要なのか、何をさせるのか、明確な目的と役割を与えることが、その後の円滑なIR業務を行う上で重要である。2点目は、IRの「組織・担当」である。IRも目的が定まった後、具体的に何を業務としてするのかを検討すると思うが、どこの部署に位置づけて、誰を担当者として何をやってもらうかなども予め詰めておくとIR業務が進めやすいだろう。3点目は、「データ」についてである。IR業務を行うには、目的に応じたデータが欠かせない。学内外のどこにどういった形で保管されているか、正確に把握し、集計・分析を行えるデータ環境を揃えることが重要である。その上で、大学の置かれている現状を分析結果によって誰もが理解しやすい形で可視化することも求められる。そして4点目は、IRの「認知」と活用に向けた雰囲気作りである。IR部署が何をしているところなのか、そこから出てきた結果をどういったことに活用するのか、どういう点で教職員の協力を求めるか、丁寧な説明と大学の現状を多くの構成員の間で共有を図っていく仕組みも不可欠になるだろう。
既にIR組織を立ち上げて人員を配置している大学やこれから本腰を入れてIRに取り組む大学においても、改めてこれら四つのポイントを確認しながら、全学的なIRを推進してもらえればと考えている。
大学によってIRの設置形態や業務も様々であるが、IR組織やその担当者が変わらずに求められるのは、データから大学が置かれた状況を正確に読み解き、改善を促すような働きかけを絶え間なく行っていくことである。その継続的な活動を行っていく中で、少しずつIRに対する教職員の意識を向けさせ、多くの教職員の協力を得やすい状況へと変えていくことが、IRを推進するのにまずは必要なことではないだろうか。