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アルカディア学報

No.614

中小規模私立大学のIRについて
~公開研究会 私立大学におけるIRの現状と課題に向けて~

研究員 山田 礼子(同志社大学社会学部長、高等教育・学生研究センター長)

平成26年度の学校教育法の改正により、学長、副学長そして教授会の役割の明確化が規定されることになった。また同年に、教育情報の公表の義務化に伴い大学や大学団体等の教育情報の活用・公表のための共通基盤として大学ポートレートが稼働し、教育情報の公表が進捗しつつある。大学組織のあり方や情報の活用方法への機運の高まりを受けて、大学のガバナンスを支え、経営改善や教学改革を後押しするものとして「IR」が注目されてきた。

これまで筆者は本研究所の研究プロジェクトにおいて「IRの研究」を行ってきたが、その一環として実施した「2013年私学高等教育研究所による調査」の結果では次のようなことが明らかになっている。この調査は国内の国公私立大学約600校のうち約200校の回答を得たものであるが、調査時点でのIR組織の設置状況として、全学レベルもしくは部局単位での「設置済み」が30.2%、「未設置だが設置予定」も22.9%となっていた。これらは2008年に早稲田大学教育総合研究所が行った私立大学IR調査結果と比べても、設置率がほぼ倍増しており、順調なIR組織の設置状況がうかがえる。その一方で、「設置予定無し」が48.8%と約半数あったが、IRの認知状況(81.5%)やその必要性の認識(85.8%)は8割を超えていることから見て、IRの認知・必要性と組織としての設置状況にギャップがあると指摘できる。この背景には、IRの必要性を感じながらも予算や人材の確保の難しさから二の足を踏んでいることもあろうが、各大学におけるIR組織の貢献のばらつき、言い換えればIRにどういう役割を担わせればいいのかが、定まっていないことも影響しているのだろう。先のIR調査では「データの提供」での貢献が約九割、他方で「データの分析」は8割弱、「改善策の提案」での貢献は七割弱とデータ提供より低いといった結果が得られており、データの収集や提供する役割としては概ね共通認識はあるが、データ分析やその後の改善提案は、大学によって差があることがわかる。この他にも認証評価などの対応では、データ提供などで部分的な支援を行うことも25%前後の大学で行われてはいるが、卒業生調査やエンロールマネジメント、財政的観点からのチェック機能までには及んでいる大学は少ないと推察される。

これらの結果からどのようなことがわかるだろうか。大学のガバナンスの強化への政策的および社会的な期待を受け、学校教育法が改正され、大学における組織構造や管理運営のあり方、意思決定のあり方が問われるようになり、大学側がそれに対応するように変化しようとしていると解釈できる。国立大学においては、第3期の中期目標・中期計画の履行と法人評価等でガバンナンスやマネジメントの状況をより問われるようになってはいるが、私立大学においてもガバナンスを強化するために、大学内で様々な施策をすすめていかねばならない。IRはそうしたガバナンスを進捗させるための有効なツールとしてIR先進国である米国では受け止められてきた。教育情報の提供、認証評価への対応、教育情報の分析、財務や施設情報の分析、それらを活用しての戦略計画の策定等々においてIR部門が関わっていることは、様々な文献や実証研究から明らかになっている。

これまでのIRプロジェクト研究においては、私立大学におけるIRの現状や進捗状況を調査し、かつそれらに学生調査がどのような役割を果たしているかを実証的に検証することを目的としてきた。しかしながら、各大学においては特定の課題に対応した、例えば、授業評価アンケートを始めとして、学生生活調査や学修行動調査など、数多くの調査が実施されてはいるけれど、その後の組織におけるデータの取り扱いや活用方法、またそれらが意思決定にどう貢献してきたか、具体的な動向を十分把握してはいなかった。

そこで、今回のプロジェクトでは、IRが「大学教育再生加速プログラム」や「私立大学等改革総合支援事業」を始めとした競争的資金獲得の一部として大きな意味を持つようになってきている昨今、多くの私立大学がIR部門を急遽設置している現状がある一方で、実際にはいかにIRの機能を効果的にするか、ガバナンスに役立てるかということについてなど、私立大学におけるIRの状況を訪問調査によって明らかにし、IRの現状と今後の課題を捉えなおすことも目的としている。

とりわけ規模の大きくない私立大学が総合的なIR(経営、教学、評価)を実質的に推進し、かつガバナンスに役立てていくうえで、直面している課題を明らかにし、支援策を考えるということをプロジェクトの柱にすることを企図した。2016年度においては、星薬科大学、京都光華女子大学、西九州大学、福岡工業大学を訪問させていただき調査を実施した。2017年度においては、仙台大学、東北文化学園大学、二松学舎大学の訪問調査を実施し、合計で7大学の訪問調査を終えたところである。

訪問調査の結果を踏まえて、2017年10月6日(金)の午後に私立高等教育研究所主催の公開研究会を開催する予定である。当日のプログラムなど詳細については本紙1面に記載の通りであるが、訪問調査校のうち、福岡工業大学と京都光華女子大学の2大学におけるIRの導入の背景や現状、IRの成果や課題などについて報告予定である。福岡工業大学は、10年連続志願者を増やしていることなどでよく取り上げられている大学ではあるが、その目覚しい成果の裏でどういった戦略を立てて大学経営を行っているのか、経営IRの事例としてその取り組みを紹介していただく。もう一方の京都光華女子大学については、教職協働で情報を共有しながら学生の学びやキャリア、生活といった在学時のエンロールメントを支える教学IRの事例としての取り組みをご報告いただく。

事例報告に続いて、参加者の所属する大学等でのIRの現状と課題を話し合い、IR活動の円滑な進展のためには何が必要なのか、参加者相互に意見交換して考察する機会として、グループディスカッションを中心とした参加型ワークショップを実施する。

会の後に、IR訪問調査の結果や公開研究会での様子をまとめてウェブ上に報告する予定である。是非IRに携わる多くの大学関係者に出席していただければ幸いである。