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アルカディア学報

No.612

私大ガバナンス・マネジメント改革 PT調査報告⑨
変わらぬ教育理念・変わり続ける運営スタイル
―東京造形大学

研究員  両角 亜希子(東京大学大学院 教育研究科准教授)

東京造形大学は1966年に桑澤洋子氏によって設立され、「造形」という言葉を校名にした最初の大学である。設立以来、造形学部のみの単科大学として発展し、学科構成もほとんど変えてこなかった。まさに建学の精神である「社会をつくり出す創造的な造形活動の探究と実践」を追求し続けている個性際立つ大学である。今回は、私学高等教育研究所のプロジェクトの一環で2016年11月16日に田口浩一理事長に行ったインタビュー内容の一部をご紹介したい。

ガバナンス改革

2015年の学校教育法改正をうけ、東京造形大学では大きく二つの対応を行った。ひとつは教授会の役割の明確化である。審議事項の大幅な改定は行わなかったが、各事項の最終意思決定権が学長にあることを規定し、その決定を行うにあたり審議して意見を述べるものと定義したことである。もう一つは、学長が指名する副学長を3名置いたことである。週に一度、学長と副学長で構成する「学長会議」を開催している。また、副学長に担当制を導入し、その職務を明確化している。
実は、東京造形大学には、2006年7月にも訪問してインタビューをさせていただいたことがある。教学と経営をつなぐ組織として、理事長、教学のトップである学長と桑沢デザイン研究所所長、事務局長2名の全6名で構成される常務会を作り、毎週水曜日の定例会議で打ち合わせを行い、調整をうまく機能させているのが印象的であったが、2015年、田口氏が理事長に着任して、これに加えて、拡大常務会を作ったという。常務会メンバーに学内理事を加えたもので、経営的視点からの意見交換を目的に毎月1回、開催している。また、田口理事長は、実質的に理事会を回すための仕組みとして、担当理事制も導入した。学長選考についても、規程を改正した。最終的に教員投票で選ぶという基本的な仕組みは変えていないが、候補者について、①理事会からの指名の候補者を推薦できるようにした点、②より多くの候補者を立てられるように、7名以上の推薦が必要であったものを5名以上に変更した。東京造形大学も同僚制文化が強いのではないかとのことだが、そうした風土を良い形で機能させていくためにも、少しずつ無理のない形で、変化を起こしているのだという印象を抱いた。

中期ビジョン2020の策定

また、田口理事長は、着任してすぐに法人・大学の経営・運営方針である「中期ビジョン2020」を2015年11月に策定した。大学の将来構想については、これまでも理事会のもとに設置された21世紀委員会や学長の諮問機関である大学将来構想委員会などが設置され、議論はなされてきた。たくさんの議論はしてきたものの、こうした形でまとめるのは初めてのことだという。理事長は原案を作り、理事会、学長会議、拡大常務会などで意見交換をしながら策定したが、理事長個人の意見をまとめたものではなく、かつて将来構想委員会など学内で検討したこと、常務会などで話題になったが、課題として積み残された内容などを整理した。ビジョンに掲げられた課題の具体的な実行計画である「中期実行計画2020」は、職員参加型で2016年10月にまとめられた。いずれも大学のウェブサイトで公開され、誰でも読むことができる。学内の教職員からも「出してよかった」と好意的に受け止められているという。
中期ビジョン2020では、経営規模の適正化、マーケット・ターゲットの拡大(留学生、社会人など学生層・入試制度の拡大)、ポジショニングの再構築(専門高等教育機関としての特色・魅力の明確化)といった3つの方針を掲げ、それを実現させるうえでの、3つの施策の柱として、教育改革、財政基盤の強化、ガバナンス・マネジメントの強化を推進することが書かれている。経営規模の適正化では、現在の経営状態を維持していくために必要な、学生数2700名規模(桑沢デザイン研究所870名、東京造形大学1840名)の学生数と事業活動収支差額比率10%を目指すことも明確に打ち出されている。たとえば、教育改革の施策では、教育力の強化、研究の研鑽、学修環境の整備など8項目が掲げられ、それぞれの項目について重点課題が整理されている。こうした中期ビジョン、中期実行計画を策定し、学内の共有度を高めることで、諸課題の実現を目指す。

改革を実現するための管理運営人材の育成

こうした改革を実現するためにも、他大学同様に、東京造形大学でもSDに力を入れている。通常の研修のほかに、2012年11月から「職員ミーティング」を実施している。土曜日の半日を使い、各部署から1名くらいずつ、毎回7名程度が月に一度集まる会議である。現状課題について様々なテーマを設定して、政策に吸い上げる仕組みとして機能しており、提案は事務局内で共有され、検討の上、予算化される。たとえば、2014年度はトイレリニューアル工事、学内の舗装工事、2015年度は学生ラウンジリニューアル工事、LED照明の導入などが実現した。また、各業務担当者による業務報告会を毎年8月に行っている。職員数も50名程度の小規模な大学であるからこそ、業務内容の検証を重視して行っている。2013年度から業務マニュアルを作成し、2014年度から運用を開始した。それぞれの担当者が作り、学内で共有されている。2012年度から、高校訪問プロジェクトも始まり、15名程度の職員と10名程度の教員メンバーがチームを組んで高校訪問を行ってきた。大学院への入学支援制度もある。田口理事長自身、桜美林大学で大学アドミニストレーションを学んでおり、トップの理解があるからこそ、他の職員もこうした教育・研修機会に安心して参加しやすい環境なのではないかと推察される。
また、ユニークなのは、こうした人材育成、研修を他大学と連携して行っていることである。毎年8月には新潟青陵大学と職員合同研修会を行っている。1年ごとに行き来し、2泊3日の研修を行っている。2016年度は7名派遣したが、2017年度は東京造形大学で実施する。また、10月ごろには、同じく新潟青陵大学と、約1か月間にわたる職員交流を行っている。それぞれが相手校の仕事の仕方を学んで、還元できるものを検討するために始まったが、これに参加した職員は、職員全員の前で報告することも求められている。個人の能力開発と情報を組織で共有するという2つの目的を持っている。日本の大学運営には大学間で協力・共同化することで、効率化、高度化できる点が多々あるにもかかわらず、各大学の仕事のやり方のローカル化が激しいことが、それを阻んでいると常々、問題意識を感じていた筆者にとって、非常に参考になるよい取り組みだと感じた。

変わらない理念を求め、運営スタイルは変化

ちょうど10年前に訪問調査でお聞きした話と比べながら、現在の改革の話を伺った。そこには、大学が探求し続ける変わらない理念を実現するために、状況やリーダーの構成に合わせて、運営スタイルは柔軟に変化させ、よりよい形を模索し続ける姿を感じた。小田理事長時代には、創設時に19名だった理事を10名にし、理事の名誉職化をさけて、実効性のある審議と迅速な意思決定を目指す改革を行った。1992年のキャンパス移転時がバブル崩壊と重なり、一時は多額の負債を抱え財政危機に陥っており、こうした状況を打開していくための強い理事長のリーダーシップが不可欠だったのであろう。田口理事長は、担当理事制を導入するなど、理事会として意思決定するスタイルを重視し、様々な模索を続けている。どの大学にも通用する万能の運営スタイルはないというのはこれまでの大学経営研究で明らかにされてきたことであるが、同じ大学においても、過去に成功したやり方が必ずしもすべてではなく、模索し続けることが重要なのだと感じさせてもらった事例であった。