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アルカディア学報

No.611

【私大ガバナンス・マネジメント改革 PT調査報告⑧】
ボトムアップとトップダウンの融合
―丁寧な議論の積み重ねに基づく組織文化
―東京家政大学

研究員  杉谷 祐美子(青山学院大学 教育人間科学部教育学科教授)

今回紹介する「私大ガバナンス・マネジメント改革プロジェクト」の訪問調査校は東京家政大学である。訪問調査を受けると、「不思議な学校だ」とよくいわれるそうであるが、そのガバナンスのあり方と組織文化の醸成はたしかに特筆に値するといえる。

大学の概況

学校法人渡辺学園が設置する東京家政大学は、188年に創設された「和洋裁縫伝習所」を起源とし、1949年に新制大学として設立された。「女性の自主自律」の建学の精神の下、これまで専門職業人として活躍する女性を多数輩出してきた。現在は、大学院1研究科(人間生活学総合研究科)、大学四学部11学科(家政学部、人文学部、看護学部、子ども学部)、短期大学部2科から構成され、板橋と狭山に2つのキャンパスを擁している。2016年5月現在の学生総数は6720名、専任教員数317名、専任職員数263名である。

創立一四〇周年記念整備事業計画

東京家政大学では、2021年に迎える創立140周年の記念整備事業計画を中心に、学部改組、教育改革、施設の整備に関する取組が行われている。
第1次計画は、2011年度の130周年を契機とし、狭山キャンパスの将来計画の検討から始まった。2014年度には狭山に看護学部と子ども学部を開設し、将来計画策定のための検討会議を設置。また、後述するFD・SD活動を担当する学修・教育開発センターも設置した。この第一次計画は、2018年度に予定している看護学部の健康科学部への改組、看護学科、作業療法学科、理学療法学科の開設を終着点とする。この計画はどちらかというと、理事会主導で教学側の意向を汲み入れながら進んできた。
これと並行して、135周年にあたる2016年度から140周年の2021年度までの第2次計画が着手された。「税額控除対象法人」として認可を受け、教育充実基金・募金を開始し、将来計画総合策定委員会も設置された。同委員会では大学教育改革委員会を発足させ、そこで改組も視野に入れた大学教育の今後について検討するとともに、高度情報化検討委員会において、情報化に対してどのように大学教育を展開していくかを検討している。さらに、145周年に向けての第3次計画も2020年度から始動する予定である。すなわち、今後の10年を展望し、今度は学長のガバナンスの下に理事会がバックアップしながら、第2次、第3次と複数の計画が一部時期を重ねて動いていくことになる。

時間をかけた本質的な議論

東京家政大学の運営体制を象徴するのが、先の事業計画にみられる学部設置の過程である。学部の新設・改組はいたずらに学生確保を狙ったものではなく、大学にとって必要な分野が少しずつ増え、大学が展開してきた帰結だという。次に予定している健康科学部も同様に、これまでの家政学部での蓄積を活かしつつ、人が健康に自分の手足で生活するための補助をする作業療法や理学療法分野の必要性から計画された。
また、大学教育改革委員会の下部組織として授業改革検討委員会が発足し、大学教育の質を保証するため、単位の実質化を目指し、科目数や履修登録単位数のさらなる削減を行うことになった。そして、2019年度から新カリキュラムを施行するのに合わせて、ポリシーの改訂作業を行うことになっている。一般的には、3ポリシーの策定義務化を求める学校教育法施行規則の改正のタイミングでポリシーの見直しを図るだろうが、カリキュラムを総点検してスリム化する作業を通じて進めたほうが、ポリシーがより明確になるとの賢明な判断から行われている。
このように、時流に流されずに大学にとって何が必要か、そのためにどうしたらよいかを十分に考え、時間をかけて丁寧に議論を重ね、着実に一歩ずつ進んでいくのが東京家政大学の特徴である。

円滑な意思決定のプロセス

こうした丁寧なコミュニケーションは、意思決定のプロセスにもうかがうことができる。
東京家政大学では、学校教育法の改正に伴い、全学教授会を廃止し各学部教授会のみとした。そして、原則的には教員の意見を尊重しつつ、最終的には学長が決定するという形をとるようになった。そのための工夫が、教授会議事録の内容を学長が承認し、署名するという方式である。
教授会以外にも、各学部学科や教員の意向を確認する機会は設けられている。学長の補助機関とされる協議会がそれにあたる。協議会の構成員は、学長、学部長、研究科長、各センター所長、室長、科長等である。規程によれば、「教授会の意見・結果および教授会への報告に関する事項」が審議事項の一つになっており、学長が現場からの意見を集約して判断する最終的な決定の場として機能している。
また、この協議会の議案を整理し、そこに提案していくために、各学部との調整を図りながら学長の考えを具現化するのが五者会議である。規程上、明文化されていないが、協議会と同様、本学には置かれていない副学長職を代替しうる重要な組織である。現在では、学長、学部長、各センター所長等が出席し、五者よりも人数は多い。月1回開催され、審議は毎回長時間に及ぶ。
さらに、教学と経営の意思疎通を図る努力も行われている。教学側から理事に適宜相談するだけでなく、学内の常務理事が教学系の動きを十分に検討してから、理事会に議案が上る。事前の検討が尽くされていることから、そこではまず反対されることはない。

FD・SDを活用した組織文化の醸成

意思決定のプロセスには直接含まれないものの、改革を進めていくにあたり、教職員が納得いくまで政策や社会の動向について説明し、時間をかけて改革を受容できる組織文化を醸成している点も注目される。こうした組織文化が学長と教授会、経営と教学との良好な関係、円滑な意思決定を支えているものとみることができる。
学修・教育開発センターではFD・SD活動として、学外の高等教育研究者等を講師として招き、講演とワークショップから構成される教職員研究会を定期的に開催している。外部講師の起用は学内の教職員への効果も高いという。また、昨年度からは人事課と連携して、SDを独立して行うようになり、職員からの改善提案の発表の機会を設けることになった。現在、全学的なセンターでは教員が務める所長と事務局部長とを並列におき、意思疎通を図りながら教職協働で運営されている。
このようなFD・SD活動を通して、社会の動向について教職員の理解を深めようとするとともに、改めて、建学の精神に基づく教育を推進していこうとの姿勢がみられる。

考察

東京家政大学自らも認めるように、同大学では際立って先進的な取組が行われているというわけではない。しかし、時間はかかるものの、関係者間で十分に協議をしながら、大学にとって何が必要か、何をなすべきかという本質を見失わず、着実に前進してきたことは大いに評価できよう。もちろん、教職協働にしても、学校教育法改正への対応にしても抵抗がなかったわけではない。だが、それらを強引に押し切ることなく、時間はかかっても不満をできるだけ解消しようとの努力の跡がうかがえる。
同大学の意思決定は、いわば、ボトムアップとトップダウンが融合したようなシステムである。調査において、誰がリーダーシップを発揮したかを尋ねたところ、全学的なことについては各センターの教員が中心になるが、誰がリードするわけでもなく、まさに「阿吽の呼吸」で学部の開設なども進んでいるとの回答であった。権限をもった人物が指揮命令するのではなく、あくまでもチームで動いていくといった印象であろうか。
ともすると、法改正を梃にして、学長の強いリーダーシップを発揮しながら迅速かつ機動的に改革することが求められがちであるが、同大学の歩みはむしろそれとは逆ともいえる。しかしながら、「急がば回れ」。長い目で見た場合、現場からの信頼を得た組織文化の支えは改革を軌道に乗せていくうえでも、苦難を乗り越える際にも大きな強みとなっていくのではないだろうか。専門職養成としての伝統と自負、また定員充足している余裕もあるだろうが、同大学の意思決定と組織文化の醸成は一つの理想的なあり方と考えられる。
*本稿は昨年11月のインタビュー結果であり、その後、ガバナンスの観点から学長選考規程が改訂され、新学長のもと新たな体制でブランディング事業などに取り組んでいる。