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アルカディア学報

No.609

大学の国際化戦略
~グローバル社会での競争条件~

研究員 高橋 宏(東京国際大学学長)

 本稿では、大学の国際化戦略を大学発展のための革新的一方策として考察したい。その理由は、わが国大学が迫り来る大学教育の世界的大競争と国内受験生人口の急減という挑戦に対応するためには、わが国大学が国際社会の中で存在意義を高め、高等教育への増大しつつあるグローバルなニーズに的確に応えることが極めて有望な方途であると判断するからである。国際化戦略では留学生との交流を通じた教育・指導が枢要であり、内外の学生を対象にした人材育成を通じて、グローバル社会及びわが国社会の発展を担う多様な人材育成に向けて大学が経営的手法も駆使し新たな主導的役割を果たすことが重要である。

*大学活性化のための国際化戦略
 第一に、国際化戦略の基本的視点は、大学活性化を最も重要な目的とすることであり、その手段として特にグローバルな持続可能社会の構築と発展及び人類福祉の増進に貢献できる優れた人材育成を教育・学修国際化の核心とすることである。即ち、各大学が育成を目指す人材像を再定義し、現下のグローバル社会からの要請に真に応える特色ある教育を行うことを、各大学の建学の精神・教育理念等に即して学位授与方針(Global Diploma Policies=GDPの提示)で明確化し実施することが肝要である。
 この人材育成の対象は日本人学生に加え、広く世界の高等教育ニーズに応えて海外からの留学生にも広げ、国際的学生交流の推進の中で世界の課題解決に対応できる人材育成を進めるべきである。このときの大前提は、海外から優れた留学生を取り込み教育・指導をしていくことであり、新しいグローバル教育プログラムの具体的内容を世界に訴求していくことである。海外からの優れた留学生受入れを、留学期間の長短に合わせて既存の教育・学修システムとどのように接続・連携させ、日本人学生との交流により大きな相乗効果を如何にして実現していくかである。
 また輩出する人材はグローバルな視点とローカルな役割とを適切に理解し、「グローカル」人材として活躍できる者であることなどをGDPで明示することも必要である。

*国際化戦略で質保証強化を
 第二に、各大学のGDPで明確化した要素を卒業生が具備すべき「人材要件」として具体的に示し、その到達目標に対する達成方法=カリキュラムの仕組み・仕掛け(教育課程・教育学修制度・指導方法など)を、従来の常識・慣行的発想を超越し、グローバル水準で構築することが求められる。グローバル時代に活躍する人材として必要な能力要素・学修成果を高いレベルで修得できる教育・指導といった質保証・差別化なくして、海外の高まりつつある大学進学ニーズの取り込みにおいて、わが国大学が他国の競合相手に比して競争に打ち勝つことはできない。
 この第二の論点は、教育課程編成方針のグローバル化対応(Globalization of Curriculum Policies = GCPの確立)である。GCPは広義に捉えることが重要であり、学修分野・授業科目の中に国際コミュニケーション能力や国際理解・国際的視野の形成などを促す科目・学修を取り込む(これは主として日本人学生を対象としたカリキュラム構造での従来型対応)ことに加え、これまで国際人材の育成に成功している大学の先例に倣うと、質の高い「国際リベラルアーツ」教育・実践型学修の海外留学/研修・グローバルPBLなどの取組み(日本人学生と外国人学生の教育現場でのALによる協同学習といった教育実践・学修機会の導入)などが効果的である。
 こうしたGCP実践の評価では、一般に外国人教員比率・留学生比率・海外提携校/提携プログラム数・英語を使用言語とする授業科目の割合等が「国際化の指標」として多く用いられる。しかし、そうした外形的な指標に止まらず、人材要件の修得を確実に可能とする効果的な仕掛けを如何に作るかということが不可欠である。外形的指標では十分に捕捉できないこれらの重要な教育要素を可視化し、体系化し、達成目標・到達指標として周知することが、質保証にとっても、的確な外部からの評価にとっても、不可欠である。

*国際化戦略の可視化と適切な評価
 第三の論点は、したがって、実質的な教育・学修の可視化・定量化等によりGCP運用における効果的な教育及び学修要素・指導内容を明示的に示すとき何を重視すべきかである。例えば「海外派遣留学効果の強化」については、海外留学/研修に先立つ準備学修・事前研修をAL型の実践的な教育・学修の形で学生が主体的に取り組み、自立的に学修する指導を初年次から行うプログラムが有効である。こうした初年次からの基本的な教育・指導は、日常の活動がそのまま2年次ないし3年次からの留学準備課程としての機能も果たす。即ち、国際化戦略の手段は普段の着実な教育・指導から遊離して存在するのではなく、初年次からの優れた教育・学修の取り組み自体が留学/海外研修そのものの効果を高めうる。また、教室での指導に加え、「国際交流広場」などで外国人教員からの多角的な指導を受けたり、多国籍な学生同士の交流を行う場を提供したりする仕組みも国際化にとって有益である。こうした教育・指導・学修の内容と成果を適切に可視化し、適正な評価の基準・仕組みに繋げ、それを以ってGCPの効果検証とするといったことが重要である。
 その他にGCPの成果を達成するためには、グローバル化指標に直接係わる部分の充実に留まらず、GCP全体をグローバル教育の推進に向けて組み立てていく枠組み作りが効果的である。例えば、カリキュラムマップ/カリキュラムツリーに基づいた履修の時系列的・順次的ロードマップをグローバルな通用性のあるものとして明示し、それに沿った学修実践の内容について学修ポートフォリオとディプロマ・サプリメントを有機的に連携させ、グローカル人材要件の学修成果を具体的に定量化して示していく。このとき、グローカル人材要件としての知識・理解・思考力・判断力の向上を目指す教室での学修をALで学生の主体的な取組みとして実施することに加え、学生の意欲・態度・規律の修得等を推進できる教育プログラムが確立されていることも必要である。即ち、国際的な高等教育で一般的に行われている正課併行型学修・課外活動・社会連携教育等を適切に取り入れることで、GDPの実現が、より効果的に可能となる。
 これらを少し具体的にみると、例えば国際通用性の高いGPAシステム採用のために、現行の5段階GPA(4~0点)を11段階(4.0、3.7、~、1.3、1.0、0のような評価点)へと改革し、海外諸大学とGPAの比較を容易とする、あるいは新GPAシステムと併せてグローバルに通用するルーブリック評価を導入することで、教育・学修の質保証を裏付ける仕組みも必要である。このとき、AAC&U(American Association of Colleges and Universities)のVALUE Rubric等を参照することも有益である。

*わが国全体での取り組み強化を
 第四の論点は、大学の国際化戦略は日本の高等教育全体で組織的に立ち向かうべき課題でもある。国家的な視点からの施策として、既に大学教育のグローバル展開力強化・日本型教育の海外展開・留学生交流の充実など政府のプログラムも実施されており、多くの私学にとって、このような動向を前提としつつ、各大学の目的及び状況などに鑑みて、それぞれで実施すべき優位性の高い取り組みを自ら開発し実践していくことが可能な環境も整備されつつある。同時に、個別大学の取り組みを支援する方策を大学の諸団体が具体的に担っていく仕組みを新たに生み出すことも意義が大きい。

*経営陣の役割こそ鍵となる
 第五に、国際化戦略を展開するには、各大学の理事会が高い目標を志向し、未来を洞察し、果敢に挑戦する意思決定を行うことが不可欠である。GCPの他に、理事会の賢明な判断が求められる課題として、例えば、留学生の中で資質・能力の高い者への財政的支援・奨学金制度、学生生活基盤(学生寮という入れ物の用意に留まらず、学生生活を充実させグローバル教育実践の場を提供するソフトウェア・運営ノウハウの工夫、学生同士の交流と活動で「学生生活を築いていく場」としてのCommons設置等)、多国籍の学生が協同で参加する社会連携活動(例えば、グローバルサステナビリティ・BOPビジネス・社会貢献活動などのテーマで自主的な活動を行うPBL学修等のプログラム)の提供等も重要である。これらは、各大学が主体的に取り組むべき教育国際化・グローバル競争力強化のための環境整備であり、それをどう進めるかは大学ガバナンス・教学マネジメントの中心的な役割である。
 要するに、国際化戦略の実施を教育課程の新展開(日本人学生の国際化教育)・留学生市場の新規開拓(高等教育へのグローバルニーズ拡大への対応)・新たなグローバル教育プログラム開発(国籍を問わず世界の学生を対象とした教育課程イノベーション)など世界の高等教育における発展方向に合わせ展開していくことが肝要である。それらの教育成果の充実とグローカル人材要件を備えた人材育成を保証する仕組みを強化していくと共に、学生交流における諸外国の高等教育機関との連携強化もわが国大学に求められている。